第18話 世間話は大変

 私と黒曜が村の入口に着いた時、ルレイさんは既に待っていた。この速さ……私の返答を予想して、あらかじめお弁当を用意していたな。

 側にネイツさんもいて、馬を一頭連れ待機していた。馬には斧と太い荒縄それと少量の荷袋が載せてある。


「コクヨウちゃん、馬に乗って行くかい?」

「大丈夫じゃ、芽吹と共に歩く」

「そっか〜。少し遠いから、歩くのに疲れたらいつでも言ってね」


 ネイツさんは気配りもできるいい男だ。


 四人と一頭で目的地へ向かう。先頭にルレイさん、その後ろに私と黒曜、ネイツさんが横並びといった布陣だ。黒曜を背負い村を目指していた時と違って、心にゆとりがあるからか周りを見る余裕も出てきた。


 村を出て結構歩いたが、相変わらず木は少なく背の高い植物も無い。足首程の高さの植物がポツポツとある程度だ。ただ種類は多い……以前、黒曜は《鑑定》を使い調べていけば精度が上がると言っていた。

 調べるのは何でもいいのかな? それこそ、そこらに自生している植物なんかでも? 試しに片っ端から《鑑定》してみたい。……だめだめ、今はルレイさんにネイツさん。二人と仲良くすることが最優先、我慢我慢。


 ここで社会人としての必須スキル第三弾! 《世間話》を使用してみよう。


「フィル村は今何人程生活しているんですか?」

「二十人だ」


 ルレイさんが答えてくれたけど、二十人では村として存続出来ない気がする……。


「元々は百人程いたのですが、終戦と共に村から街へ人が流れてしまい、人口が大きく減少してしまったんですよ。その後も色々ありましてね、最終的には今の人数になってしまいました」


 ネイツさんが補足してくれた。


「そうなんですね」


 ……終戦からわずか五年で人口が五分の一になるか? パッと思いつく範囲だと、戦争で住む場所を失ったり、食糧問題だけど。古い建物は多く健在していたから食糧難か? まぁ、向こうが濁してきたし、これ以上触れない方がいいな。

 

 この話題は良く無かった気がする、話を変えねば。当たり障りの無い話題、話題……。あ! 黒曜と空の旅で見た景色の中に、一つ気になる場所があったな。


「そう言えばフィル村の近くに湖がありますよね。湖には島と巨木が一本そびえ立っていて、とても神秘的でしたよ。あそこは何か特別な場所なのですか?」

「そんな場所は無い。この辺りの木は大体立ち枯れ、しかもまばら。視界を遮る物も無く見通しが良い。巨木があれば気がつくはずだ」


 ルレイさんの返答に同意とばかりにネイツさんが頷く。


 あ、あれ? おかしいな。上空から見た時は、あんなに目立っていたのに……。でも、二人とも嘘をついている様にも見えない。

 空の旅で見た時は、速度がかなり出ていて景色の流れも速かった。それで勝手に反対側と思い込んで居ただけかもしれない。思い返せば、黒曜を背負いフィル村を目指していた時も湖や巨木は見かけなかった……。


「歩き疲れて勘違いしたのかもしれません。あはははは」


 どうした私、話題振りが下手だぞ。社会人としての感覚が鈍ったか?


「メブキ。視界を遮る物が無い中、少人数でノコノコ歩いていると山賊に襲われる危険性がまして危ないよな」

「そうですよね〜。でもルレイさんなら周りを意識して、見てくれている様な気がして安心です」

「……へぇ」


 妙な沈黙が流れた。……なんで??


「き、昨日から何も口にしていないので、今からお弁当楽しみですよ」

「今回の弁当は特別だと村長が言っていたからな。もしかしたら、肉が入っているかもしれんぞ」

「肉じゃと!?」


 今まで一言も発して無かった黒曜が、ルレイさんからの肉というワードに食いつき声をあげたよ……。この元竜さん、そんなに食いしん坊キャラだったっけ? なら肉から話を広げるか。


「普段、皆さんはどの様な肉を食べているんですか?」

「メブキ達が住んでいた場所と、大きくは変わらないんじゃないか」

「そうかもしれませんね。ただ、私は平地育ちですし、ここは住んでいた場所からだいぶ離れてますので、違うのかな〜と思いまして」

「ほう、平地育ちなのか。俺は平地を拠点として、それなりの地方を渡り歩いていたが〜メブキが着ている様な服装は見かけなかったな。何処出身なんだ?」


 ぐ、ルレイさんからきつい返しをもらった。どうしよ、地名なんて知らないぞ。


「ル、ルレイさん、メブキさんを困らす質問は良くないですよ。最近めっきり獲れなくなりましたが、基本的には兎や鳥などの小動物の肉を食べています。大物だと猪や熊になりますが素材も取れて一石二鳥ですよ。そしてごく稀に、はぐれオークを狩る時もありますが〜強くて一苦労しますよ。ただ、とても美味しいですし何と言っても貴重な素材が取れますからね」


 ハハハと笑うネイツさん。


 ふーー、今回はネイツさんのフォローで助かった。この世界の一般的常識を全く知らないから世間話すらまともにできない、話をすればするほど墓穴を掘ってしまう。怪しまれる前に何処かで一度、情報を得たいものだけど……。

 現状を考えると、ソワ村長に相談して色々教えてもらうのが一番かな? ただ既に住む場所も提供してもらっているし、これ以上新たに借りを作るのも……。いや、いつまでも無知なのはまずい、頭下げてお願いするか。


「着いたぞ」


 え、もう? 全然和やかな道中にならなかったぞ。


 ルレイさんとネイツさんの二人は、途中黒曜が疲れて乗馬すると思っていたみたいで、最後まで遅れる事なくついて来た事に驚いていた。まぁ、見た目は幼女でも中身は元竜ですからね。


「ここら一帯は、立ち枯れた木が珍しく纏まっていてな、伐採する時は大抵ここに来ている」


 ルレイさん達は早くも伐採する木を決め、その前で何か打ち合わせをしている。


 当初、私の手伝いは前にルレイさん達が伐採した木の枝払いをする事だったが、《影法師》を使ってみたかったので、お願いして個別に行動をとらせてもらう事にした。


「よし、この木にするか」


 初めての伐採なので、ルレイさん達に迷惑がかからない様に、安心安全の距離を取って作業する事にした。木が突然吹き飛んだりしない限り問題は起きない。


《影法師》を召喚して斧を出させる。


「て、黒曜近いよ。危ないからこっちで一緒に見よう」


 いつの間にか黒曜が《影法師》の真横に立っている。


「大丈夫じゃ。もし妾に木が倒れてきたとしても、その程度なら木っ端微塵にできる」


 そう言って笑いながら黒曜は指を振る仕草を見せた。


 爆発音が轟く。


 砂埃を撒き散らし、伐採しようとしていた木と《影法師》が吹き飛んだ。


「は???」


 待て待て、今何が起きた? ……立っていた位置によっては私もまとめて木っ端微塵だったような……。


「んんん!?」


 落ち着け、落ち着くんだ芽吹。相手は幼女、場合によっては死んでいたとはいえ大人の対応をしなければ! 


「こ・く・よ・う・ちゃん」


 笑顔で優しく声をかける。


「今の魔法は何かな〜? お兄さん、説明して欲しいなー」


 私を見て何故か黒曜が後ずさる。


「ち、違うのじゃ、芽吹。やめろ、《影法師》を近づけるでない」


 吹き飛んだ《影法師》と同一個体なのかは分からないが、私の側に《影法師》がいて黒曜との距離をジリジリと詰めている。


「耳鳴り酷くて黒曜の声、良く聞こえないよ〜」

「完璧なタイミングで答えているではないか! やめてくれ……芽吹〜〜」


《影法師》のアイアンクローが黒曜を捉えた。

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