第16話 月明かりの工房
寝られない!!
コチ茶が効いているのか分からないが、体の痛みはだいぶ和らいできた。肉体的にも精神的にも疲れているので、すぐにでも眠りにつけそうなのだが、何故か目が冴えてしまっている。
少し夜風にでも当たるかな。
隣の寝床では黒曜が気持ちよさそうに寝息をたてている。静かに起き上がり黒曜を起こさないように、そーっと寝床を抜け出して外に出た。
明るい。夜とは思えない明るさだ、思わず空を見上げる。
「綺麗だ」
雲一つ無い漆黒の夜空に輝く大きな満月を見て、思わず呟いてしまった。月の大きさは前の世界の倍以上もある。街灯やネオンの灯りは無いので夜空にくっきりと浮かんでいる様に見え、月の純粋な光を体で感じられる。……
◇
新参者が夜中に村の中を
工房に入ると金属臭がして自然と気持ちが昂ってくる。……少しだけ、鍛治の真似事をしてみるか。窓を開け月明かりを取り込む。
よし、これでなんとか手元が見える。後は蝋燭に火を灯してと……。ん? 蝋燭はどこにあるんだ?? 火をつける道具の場所も分からない。事前に探しておけば良かった。
待てよ、黒曜は私が魔力を持っていると言っていたな。もしかしたらあの呪文が使えるかも!
「《一時的な光》」
黒曜の真似をして手を動し、そして動きに合わせて勢いよく呪文を唱えた! ……が、何も変化はない。
顔の辺りが急激に熱くなり、恥ずかしくなって周りを見渡す。だ、誰も見ていないよね? まぁ、少々見にくいが初めての作業が月明かりってのも悪くない。
工房に置いてある道具を借りようか迷ったが、自前のを使う事にした。《万物流転》で金床と火箸、小槌を具現化する。後は……そうだ、《影法師》を呼び出してみよう。
《影法師》を召喚すると整えられた土の地面から出てきた。
「大槌を出すことは出来る?」
《影法師》は頷くと手から黒い大槌を生やした。
おーー意外に器用な事をするな。最後に《空間収納》から鉄のインゴットを取り出して、金床の上に乗せれば準備完了。
そっか、寝付けなかったのは工房を使いたい気持ちがあったからか。私がこの異世界に来る事を決めた理由だしな。
今いる工房は村人の家々から離れている。夜中に工房を使っていても騒音による苦情は来ないだろう! ……たぶん。
一流の職人がいた仕事場の空気を感じながら、《影法師》と共に鉄のインゴットを叩き出す。
鉄のインゴットは厚みがあり、熱してすらいない。そして何を作ろうとも決めておらず
私が持っている小槌と《影法師》の大槌が金属を叩き音を工房内へ響かす。叩く場所によって音が変わる。それは、楽器を演奏しているかの様でーー楽しい! 単純に金属を叩いているだけなのに何故こんなにも心が躍るのだ!!
「うお!」
いつの間にか、黒曜が《影法師》の真横に立っていた。
「大槌振り回している側に立つと危ないぞ、ヒヤリハット案件だな!」
「ヒヤリハット? 何じゃそれは? 妾は《影法師》が気になってな、始めは離れて見とったのじゃがいつの間にかこの距離に……。摩訶不思議な現象じゃよ」
何故か頷いている黒曜。
摩訶不思議なんて言葉、久々に聞いたぞ! それでいて、ヒヤリハットを知らない? あれか、この世界は回復魔法で治せるから、ちょっとした怪我は怪我じゃないのが認識の世界なのか!?
「どうした芽吹、難しい顔をして」
「いや、大したことじゃないよ。それよりも起こしちゃったね……気を使えずごめん」
「気にしとらん、楽しそうなリズムが聞こえたので見にきただけよ。五月蝿いと思ったらいくらでも対策の仕様はある。しばらく見ておったが〜」
黒曜がそう話ながら魔法の小袋に手を入れる。
「やはり入っておらんな。ちと、用を思い出した。妾は出かけてくる」
「え、今からか? こんな時間に外出している所を見られたら怪しまれるぞ。朝になって村人が来た時に、黒曜が居ないのも問題だ」
「妾を誰と思っている、問題ない。それに時間はかからん、すぐ戻る」
そう言い終わると同時に、黒曜の姿は月明かりの工房に溶け消えた。
今のは魔法か? どこに行ったか見当がつかない。そういえば私は黒曜と連絡を取る手段が無いな……。仕方ないさっきの続きをして待つか。
◇
しばらく叩いていると、ある事に気がついた。小槌に魔力纏わせて鉄のインゴットを叩くと、ほんの僅かではあるが鉄のインゴットに小槌の痕がうっすらと残った。そして、纏わせた魔力は鉄のインゴットの方に吸収されるような感覚がした。
それは叩いたら叩いた分だけ表情を変えて答えてくれ、まるで対話をしているようだった。思わず夢中になって叩き続ける。今この瞬間は、誰にも何も言われず自由で楽しい時間を過ごしている。
《影法師》も初めこそ、ここを叩けあそこ叩けと命令していたが、いつの間にか私が叩いて欲しい場所を察し叩いてくれる様になっていた。
気がつくと工房内は月明かりでは無く、昇ってきた朝日で満たされており、厚みがあった鉄のインゴットは少しではあるが形を変えていた。
「まだ、起きていたか」
「!!」
突然後ろから声をかけられる。
「こ、黒曜か。おはよう。遅かったね、どこに行っていたの?」
「妾達が元いた洞窟へ忘れ物を取りに行っていっておったのじゃがーー、探すのに時間がかかってしもうた」
黒曜が魔法の小袋に手を入れ、五百円玉程の大きさの球体を取り出し、私に渡してくる。
「これは?」
金属なのかな? それにしては軽い。
「こんな時は《鑑定》じゃぞ」
……そうでした。
「《鑑定》」
〈 名 称 〉 ミスリル
〈 分 類 〉 金属
〈 備 考 〉 軽く魔力の通りが良い
「こ、黒曜さん、これって……」
ファンタジーに出て来る、王道で超有名な金属じゃないですか!!
「昔、道端で見つけ拾いはしたものの、使い道がなくてな。洞窟の隅で埃をかぶっておったから芽吹にくれてやる。好きに使うが良い」
ミスリルの扱い軽いな! 綺麗な石ころを拾った程度の感覚じゃないか。……そもそも道端に落ちている様な物なのか?? でも、折角のプレゼント品だ。
「ありがとう、大切に使わせてもらうよ」
「ミスリルはちょっとした思い出があってな」
「へ〜どんな思い出? 話せる範囲でいいから聞きたいな」
「ならば、芽吹こっちじゃ」
促され椅子に腰をかけると、私の膝の上に黒曜が座ってきた。
「そうじゃの〜あれは妾が幼かった頃……。今の姿ではなく竜の時じゃぞ」
「分かってるよ」
「昔の妾は今よりも、ずっとずっと力が無くてな、家の中で魔法の練習に明け暮れておった。外の世界を見てみたいと思わなくもなかったが、使える魔法が増えていく楽しみに比べたら
黒曜はどこを見つめるわけではなく遠い目をしていて、少し恥ずかしそうに昔の話をゆっくりと喋り出した。
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