第14話 村長と対面

 ん……? そういえば、この工房に来てから黒曜は一言も喋っていない。さっきまで壁に寄りかかっていたけど〜いないな、何処へ行ったんだ?


 不意にズボンの裾が引っ張られる。見ると黒曜が満面の笑顔を浮かべて、私のズボンの裾を握っていた。


「《万物流転》で具現化した砥石と小槌じゃが、中々良かったぞ。やはりスキルは使ってこそ、輝くというものじゃ!」

「よ、喜んで貰えたようで何よりで……」


 黒曜は尻尾をブンブン振っている。私の切羽詰まった心情とは裏腹にのんきな奴め。でも、怪我はもう大丈夫そうだな。


「それはそうと。あの男が芽吹を見る眼、気に食わん……灸を据えるか」


 あ、黒曜も気がついていたのね、のんきとか思ってごめん。


「この村、門や柵がボロボロだから、外部との交流があまり無かったんじゃないかな? そこに見ず知らずのうちらが軽装で訪れたのだから、アドニスさん達が警戒したとしても頷けるよ」

「アドニス? 誰じゃそれは」

「え? 何言ってるの? 今さっきここにいた人だよ」

「お〜、そうじゃった、そうじゃった。その様な名前じゃった」

「……まさか人の見分けがつかないの?」


 黒曜が私から視線を逸らす。


「黒曜ちゃん? 聞いてますか?」

「し、しかたあるまいて。妾は人族とは友好的な関係であったわけではない。村の入口にいた三人は、どれも似たり寄ったりの力しか感じんかった。それで判断しろとは酷なことでは無いか? 逆に問う。妾が竜の姿で竜の群れの中にいたら、芽吹は妾の事を見つけられるかの?」


 竜の群れか……、それはそれで一度見てみたい。黒曜が群れの中にいたとしても、綺麗な鱗にすらっと伸びた尻尾を持っているから見つけられそうな気もするけど……似たタイプがいるかもしれない。

 見つけられる、見つけられない。『はい』『いいえ』の二択で答えない方がいいな、ここは社会人スキル《自然な話逸らし》を発動!


「それなら何故、私の事はすぐ分かるの?」

「ほ〜う、その様な事を言うか。そうか分かった……言わせたいのだな。致し方ない、ならばしかと聞け!!」


 こ、これは……この先の台詞を聞くと色々と後悔しそうだ。


 何とも言えないゾワゾワした感情が噴き出してきた。


「ごめんなさい、やっぱりいいです!」


 黒曜に太ももをツネられてしまった……。


「村の入口や洞窟でも話に出ていた、有鱗族ってどんな種族なの?」

「それはじゃな〜鱗を持つ種族の総称での、代表的なのはリザードマンじゃな。奴らは剣士や武道家など前衛職で大部分が構成されておるので、魔導士である妾は珍しいんじゃろう。あ奴らと一括りにされるのは癪じゃが、正しても致し方あるまい」

「……確かにね」


 鱗を持っている種族だと、鱗が防具代わりになって軽装で戦うのかな? どんな防具を身につけているんだろ? 会ってみたいな。


「この工房、道具が揃っているのに埃といい火床の燃料が無い事といい何故なんだろう?」

「前は一流の鍛治屋がいたんだがな……」


 アドニスさんがいつの間にか戻っていて、私の疑問にボヤくように答えてくれた。


「村長が二人に会いたがっている、案内をするから付いてきてくれ。それと、ネイツ!」


 建物の外にいた、鍬を持ったイケメンの男が入ってきた。


「ネイツと申します、改めてよろしくお願い致します。メブキさん、コクヨウちゃん」


 ネイツさんが私達に会釈をしてくれた。


「ルレイに通常業務に戻るよう伝えてくれ」

「分かりました」


 ネイツさんは返事をして小走りで出て行った。


「二人はこっちだ」


 再びアドニスさんを先頭に村の中を進む。


「木造の建物は住人の家ですか?」

「そうだ」

「結構、建ってますね」

「そうだな」


 ……会話が終わってしまった。入口では柔らかく接してくれたのに、どうしたんだろ。


 村長さんに紹介してもらえるということは、鎌しか直せなかったけど修理の対応はそこそこ上手くいったのかな〜と、前向きに考えてアドニスさんの後ろを歩く。しばらくすると小高い丘の上に建物が見えてきた。


 年季は入っているが、途中で見かけた木造の家より大きく思った以上に立派だな……村長宅だから当たり前か。


 アドニスさんに続いて私と黒曜が家に入り、そのまま応接間に案内される。


「今、村長を呼んでくる」


 アドニスさんが応接間から出て行った。


 応接間は窓が無く使い込まれた机と椅子が置いてあり、明かりの灯った蝋燭が壁に幾つか掛けられている。一見、無機質な部屋の様だが、唯一の飾りとして刺繍をあしらったタペストリーが壁に掛けてあった。


 この刺繍……緻密で立体的な葉っぱのデザイン。蝋燭のゆらめきを受け輝きを放つ様は、夕立を受けた葉を連想させる。


「……凄い……」


 タペストリーに見入っていると、奥から人影が出てきた。


「お待たせしてすいません。初めまして、ソワと申します。フィル村へようこそいらっしゃいました、どうぞおかけ下さい」


 挨拶してくれた村長さんは、垂れ目で黒の瞳、白一色の髪が背中まで伸びている。整った顔だちの三十代前半位の女性だ。胸元の緑色に輝くネックレスが印象に残る。


「挨拶が遅れました。私は芽吹と申します。防具職人で腕を磨く為、旅をしております。こちらは私の護衛をしています魔法使いの黒曜です」


 ソワ村長が黒曜をじっと見つめたまま固まっている。まさか黒曜の正体がバレたか……? 


「まだ小さいのに護衛として活躍されるなんて凄いですわ」


 焦ったが、ソワ村長は先程と変わらぬ物腰柔らかな口調で話を続けている。


「滞在を希望されていると聞きました。宜しければ先程お使いになられた工房と、隣接する空き家をお貸しいたします。ただ、火床を使うことができず、メブキさんにとって、もの足りなく感じるかもしれませんが……。滞在期間、家賃代わりと言ってはなんですが、村人の依頼を受けていただけないでしょうか? もっとも、防具職人としてより雑務の方が多くなってしまうかもしれませんが」


 家を貸してもらえるのならば文句などあるはずも無い。それにこの村にいる間、世界の一般常識を学んでいきたいな。


「お借りさせていただきます。ありがとうございます」


 アドニスさんが応接間に戻ってきて、飲み物が入った木のコップを私と黒曜の前に置いてくれた。


「この様な小さな村ですが御二方を歓迎致します。それと、お二人とも怪我をされておいでですね、その飲み物はフィル村の薬草で作られたコチ茶です。傷の回復を早め、痛みを和らげる効果があります。是非お飲みになられて下さい」

「大変嬉しい限りです。いただきます」


 コチ茶を一口飲む。

 

「!?」 


 こ、これは……不味い。なんとも言えない苦さが口の中全体に広がる。良薬口に苦しってレベルじゃない、不味すぎる!! コップ一杯飲み干すなんて無理、今すぐにでも吐き出したい。


 何故、話がまとまった後にこのお茶を飲ます? ソワ村長も私を試しているのか! いや、あの悪意を一切感じさせない笑顔……、たまたま異世界の飲み物が口に合わなかっただけかもしれない。


 どちらにしろ、顔に出してしまっては相手に不快な思いをさせ、良い結果にはならい。ここは踏ん張りどころ、人生最高の作り笑顔に、褒め言葉を絞り出すんだ!!


 気合を入れ、残りを一気に飲み干す。


「ど、独特の風味が口の中いっぱいに広がりますね〜」


 これが限界です!!

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