第13話 鑑定と慧眼
「メブキさん?」
「失礼しました。では、お預かりします」
アドニスさんが片手で差し出してきた丸盾を両手で丁寧に受け取る。
想像以上のズッシリとした重さが両手にかかった。重い……これが金属盾の重さか。アドニスさんは自身が先程開けた窓際へ移動して、こちらを監視する様に見ている。
金床の側まで移動して丸盾の状態を見る。盾の表面は全体的に傷が付いており、数カ所の凹みが見受けられた。裏面の持ち手も消耗していて、長年使い込まれてきたのが分かる。全体的に飾り気はなくとてもシンプルな盾だ。
「《鑑定》」
〈 名 称 〉 ライトシールド
〈 分 類 〉 防具
〈 備 考 〉 買い替え推奨
分かっていたけど《鑑定》で得られる情報は少ないか。
ん〜、表面の傷と多少の凹み程度で《鑑定》のスキルが買い替えを推奨するか? 私の練度が低い《鑑定》では表記されない何かがこの盾にあるんだろうな。早めに《鑑定》の練度を上げなければ……。
いや、待てよ。もう一つスキルを持っていた! 防具職人専用スキル《慧眼》だとどう表示されるんだ? こっちは《鑑定》みたいに、(微)と表記はされていないよな。
両手で盾を持ち上げ、
「《慧眼》」
〈 状 態 〉 亀裂有り
スキルの《慧眼》を使うと、肉眼では見えなかった亀裂があることが頭の中で分かった。それと同時に、盾が突然光り出す。
「ウォ!?」
あぶない、驚きのあまり盾を落としそうになったよ。修理依頼で持ってきたのを、直す人が傷付けてしまっては目も当てられない。
「どうしました?」
「あ、いえ。思いの外、使い込まれていたので驚いただけです」
……適当な返答をしてしまった。
アドニスさんの様子に変化が見られないな。黒曜は工房に入ってすぐの壁に寄り掛かり、ずーっと黙っている。この盾から発せられる光りは私だけが見えているのか? 改めて見ると全体的に青く光っていて、所々に黄と赤の光も出ていた。
これは……、色のイメージ的に青の光は軽度な損傷で、赤の光は重度な損傷か? しかし、こう全体的に光っていては分かりにくいな。光った部分の選別出来ないか? 盾に意識を高めれば変化が現れるかもしれない。意識を高めろ集中しろ……。
自然と目を閉じていた様で目を開けてみると青の光は消え、黄と赤の光だけになっていた。……盾の裏面はどうなっているんだ?
裏面は赤の光しか無い。ただ、表面とほぼ同じ場所が赤く光っているな。……そうか! 損傷が裏まで伸びているということか。
指先に神経を集中して、赤く光っている部分を何度もなぞっていくと、修理方法がパラパラと頭の中に浮かんできた。それを順番に繋ぎ合わせていく。さながら、バラバラになった子供向けの絵本をストーリー順に並べ綴じている様な感じだ。
どれくらい時間が経ったのだろう。修理の一連の流れが分かった。ただ、
「アドニスさん。盾の大部分は軽度な傷ですので気にしなくてもいいです。ですが、ここと、この部分」
私にしか見えない赤い光、重度の部分をなぞる様に指さす。これが原因で《鑑定》結果が、買い替え推奨と出たのだろう。
「分かりにくいですが、亀裂が入っていて裏面まで達しています。火床を使えば手直しできますが、いかがいたしますか?」
「現状、火床の燃料は無い」
「そうですか……。それですと手直しをする事は難しいです」
「ダメか、仕方ないな」
「……お返しします」
「物のついでだ、防具では無いがこれは手直しできないか?」
アドニスさんは私から盾を受け取った後、鎌を出してきた。
鎌か……どうなんだろう、修理することはできるのかな? 取り敢えず試してみるか。
「拝見します」
鎌を受け取ると、再び金床へ移動する。
「《鑑定》」
〈 名 称 〉 鎌
〈 分 類 〉 農具
〈 備 考 〉 経年劣化
ここまでは、想定の範囲内。
「《慧眼》」
〈 状 態 〉 切れ味低下
盾に《慧眼》を使った時は、赤、青、黄と三色の光が出たのだが、今回は刃が白く光っているだけ。でも、切れ味が低下している部分があることは分かったぞ。
ここからもう一段階集中だ。切れ味を回復させる断片的な作業が、頭の中にぼんやりと浮かんでくる。
しかし、いくら時間をかけても先程の盾の時とは違い、最初から最後までの流れは浮かばなかった。所々抜けてしまっている。……防具ではないから全体的に曖昧なのかな? でも、なんとか手直しはできそうだ。
「アドニスさん、その桶半分ほどの水が欲しいのですが」
「水だな、少し待ってろ」
アドニスさんが部屋の隅に置いてある桶を持ち、外で待機している鍬を持った男に声をかける。程なくして鍬の男が戻りアドニスさんに桶を渡した。近くに井戸があるのか戻ってくるのが早かった。
《万物流転》で砥石を具現化して、水が入っている桶に入れる。砥石に水を充分に含ませてから鎌の刃を研ぎ、裏側は軽く研ぐ。
《慧眼》の効果で作業工程を把握しているからか、それとも具現化した道具を使っているからか分からないが、初めての作業にも関わらず、落ち着いて作業をする事ができた。
これで切れ味は戻った! ……はず、不備がないか一応確認をしておくか。
「《慧眼》」
〈 状 態 〉 歪み有り
あれ? 先程と違う状態が出てきたぞ。職人ランクが低いから、一度に表示されなかったのかな? 切れ味低下が先に表示されたのは、優先度が高いからだろうと勝手に仮定をしておくか。
先程と同じ様に意識を高めて、歪みを直す方法を得る。《万物流転》で小槌を具現化し、部屋にある金床に鎌を置いて、鎌の背中を軽く叩き整える。この動作も難なくこなせた。
「《慧眼》」
〈 状 態 〉 問題無し
「《鑑定》」
〈 名 称 〉 鎌
〈 分 類 〉 農具
〈 備 考 〉 切れ味が良い
これでよし。
「鎌の手直し終わりました」
アドニスさんが鎌を受け取り、刃先を見ている。
「まずまずの手際だな。最後にこの剣見てくれないか? もし、直すことが出来たら費用を払う」
武器か……防具職人なんだけどな。《鑑定》や《慧眼》でどう表示されるのか興味あるし、駄目元で一度確かめてみるか。
「専門外で期待に応えることができないかも知れませんが〜」
と、保険をかけつつ剣を預かって金床へ戻る。
「《鑑定》」
〈 名 称 〉 鉄の剣
〈 分 類 〉 武器
〈 備 考 〉 手直し推奨
ここまでは、盾や鎌と同じ様に表示されたが次はどうなる……?
「《慧眼》」
〈 状 態 〉 ー
《鑑定》を使った時に手直しが必要であることが分かったのだが、《慧眼》を使っても修理すべき場所を指してくれる光が出てこないな……それに修理方法も全く浮かばない。適性が無いとここまで無力になるのか。
いや、職があわなくても経験で手直しを行なっている者もいるだろう。スキルに頼り過ぎると、痛い目を見るかもしれないぞ。
ただ、今回は正直に話すしかないか。
「武器に関してはまだまだ力不足で、具体的な方法がわからず、修理できそうにありません」
「そうか残念だな。腕を磨く旅をしていると言っていたな、村で受け入れをするかどうかの相談をして来る。それまでここで休んでいてもらえないか。戻るまでの間に何か用があれば外にいる奴に声をかけてくれ」
「分かりました」
剣は修理できないと断ったが、アドニスさんはさしてがっかりした様子を見せなかった。
ひと段落したので、深呼吸をする。防具、その他、武器でスキルの現れ方の違いもわかったし、大きな収穫を得たな。
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