第10話 本音
「この冥現の珠。黒竜にあげるよ」
「ばか言うでない! それはおいそれとやる物ではないぞ!!」
口ではそう言っているが、目はニッコニコだ……。
「黒竜はこの珠の価値分かるんだよね? 私では使い道わからないからあげるよ。ただ、悪用しないと誓うのならばね。あんな事されたけど黒竜には感謝しているんだよ」
「芽吹……」
「ほら、飴玉じゃないから間違って食べるなよ」
「ば、バカにするでない!」
両手で受け取り、キラキラした目で無邪気にはしゃいでいる。幼女になってしまった黒竜の年齢通りの行動を見て、なんだが微笑ましくなってきた。
「黒竜ってもしかして、竜の時から幼女の年齢だったの?」
「な、何を言っておる! そんなわけあるまい、うら若い年頃じゃぞ。しなやかに伸びておった尻尾は特に自慢じゃった。今はあれだ……姿がこうなってしまい行動も若干引っ張られているだけじゃ!」
そ、そうなのかな? まあ私もおっさんから若返りしたわけだけどね。
雰囲気を壊す様に黒竜のお腹がなり出した。
「あ〜。話が大分逸れちゃったけど、そろそろ食事にしようか。この桃、魔法で半分に切れたりする?」
「その程度なら、いくら魔力を奪われた妾とてできるが〜。前みたくかぶりつけばよかろう」
「そこまでお腹空いてないし半分でいいかなってね。残すのも勿体無いから食べてくれると嬉しいな」
桃を黒竜に差し出す。
「し、仕方ないやつじゃな。それならば食べてやるか」
黒竜は片手で桃を受け取ると、空いている手の指先を素早く動かして桃を切り落とした。
……甘い香りが辺りに広がる。
半分を受け取り、一口かじると美味しさのあまり顔が緩んだ。遅い時間なのもあってか、食べ終えた黒竜は頭が船を漕ぎ始めている。
「今日はもう寝ようか」
洞窟の壁にもたれかかり、二人寄り添うように眠った。
◇
泣き声が聞こえ目が覚める。
冥現の珠を両手で大切に抱き抱え、うずくまりながら黒竜が泣いていた。
「……黒竜」
いつから泣いていたのだろう、目が腫れている。
「自業自得なのは分かっておる。珠まで貰っておきながら恨みつらみを言うのは、お門違いなのも重々承知している。ただ、今だけは……今夜だけは許してくれ……」
泣いている彼女をハンカチで拭う。吐き出される言葉を聞きながら、私は彼女の背を優しく叩いた。
◇
朝、目を覚ますと黒竜はいなかった。変な体勢で寝たのか体のあちこちが痛い。
「起きたか」
ボロボロの服を着た幼女が岩の上で胸を張って立っており、私を見下ろしている。いつから登っていたんだ!?
「ふふふ、この姿ではまともに食料を取って来ることができぬ。今日、いつぞやの約束通りお主を人里まで連れて行こう」
《万物流転》と《影法師》のスキルは、ある程度使えるようになった。後は工房に弟子入りして実務経験を積み、防具を作ってみたい。黒竜が人里へ連れて行ってくれるのは非常に嬉しい話。
だけど……。
「凄く嬉しいよ。でも、黒竜はどうするの?」
「妾は……」
黒竜は口を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返している。そして、
「妾も……妾も一緒に連れて行ってくれぬか。お主……いや、芽吹の使う《万物流転》と《影法師》を側で見て解析したい。未知を既知にしたいのじゃ! それだけではない。二つのスキルを使い芽吹がどの様な防具を生み出していくか側で見続けたい!」
振り絞るように声を上げた。
突如、頭の中に鐘の音が鳴り響く。この音はまさか!? 閻魔様が言っていた解決してほしい問題や相談が発生した時のお知らせ音か?
でも黒竜が私に興味を持たなかったり、異世界で最初に飛ばされた場所が人里なら発生はしなかった。偶然に偶然が重なった……か。
突然のことに驚きはしたが、答えはすでに決まっていた。
「黒竜、一緒に行こう」
その言葉を聞き不安がっていた幼女の顔が、無邪気な笑顔へと変わる。その勢いで岩の上から飛び降りてきたので、慌てて両手で受け止めた。
「そうじゃ。芽吹! 一緒に旅をするのじゃ。黒竜ではなく、妾に名前をつけて欲しい」
顔を輝かせながら言う黒竜。
「前は何と呼ばれていたの?」
「昔の名なぞ、とうに捨てた。好きに呼ぶがいい」
ほんわかしていた空気が一瞬で凍った。これは地雷を踏んでしまったのか? 異世界の試練はいつも唐突に訪れるなぁ。
◇
「それなら、黒曜と言う名前はどうだろう? 黒竜の鱗と同じ深い黒色をしていて、光の当たり方で独特の輝きを放つんだ。加工によっては非常に鋭利な刃物にもなる。元いた世界では美しさと鋭さが一体となった宝石の名だよ」
時間はかかりはしたが、良い名前出てきたと思う。後は気に入ってもらえるかどうかだけど。
「ほう、なかなか良い名ではないか。よし、これから妾のことを黒曜と呼ぶのじゃ! お主の事は、芽吹と呼ぶからな」
名前、気に入ってもらえて良かった。てか、少し前から芽吹と呼んでいたぞ! それは無粋なツッコミか。
「これから人里に降りるにあたって、黒曜の服装をどうにかしないとだね」
流石に幼女がボロボロの服を着ていては、いらぬ誤解を生み出しそうだ。と言っても私のスーツ姿もこの異世界では異常だろう。
「服? おお、そうじゃった。すっかり忘れておった、ちと降ろしてもらえぬか」
「ん? おぅ」
「《影法師》に魔力を奪われ、今の姿になったと同時に妾はこの服を着ていた。服を調べてみたら魔力でできておってな、一晩寝て魔力がある程度回復した今なら、この様な服装にもできるぞ」
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