第8話 溢れ出る想い

 黒竜は地面に座り、物音ひとつ立てずに私の方を見ている。


《無垢の者》を召喚すると念じると、地面から白く光輝く人型がゆっくりと音を立てずに出てきた。少々ホラーな感じだがマネキンと言えばわかりやすいだろうか。背丈や体格が私と瓜二つである。


「……ぉお」


 静寂を破り黒竜の感嘆が鳴り響く。


 召喚した《無垢の者》に動くように念じてみると、おぼつかない足取りで歩き始めた。ホラー感はすっかり消えてマネキンがよちよち歩きをしている……でかい赤ちゃんか!


 見守っていると《無垢の者》が転び頭をぶつけた。そして立ち上がろうとしているのだろう、もぞもぞと動いているが、自力では立ち上げれないでいる。


「のう、それを妾の方へ歩かせてくれるか」


 側に行って起こすと黒竜から注文がきた。


《無垢の者》を転ばないように足元を意識して歩かせるが、頭が重いのかふらふらと歩行をしている。再びバランスを崩し転びそうになるが、今度は黒竜が翼を伸ばし優しく受け止めてくれた。


「あ、ありがとう」


 黒竜は無言で、《無垢の者》の全身を翼で撫でくりまわしている。


「何しているの?」

「静かにしろ」


 黒竜から今まで聞いたことのない冷淡な声が発せられた。


「《蝕す鎖エクリプスチェーン》」

 

 黒竜が魔法を唱えると、何も無い空間から黒い鎖が五本出てくる。


 出現した鎖は私が瞬きをする間も無く、両手と両足を縛った。体内にも侵食しているのか、手は黒く染まり縛られている手や足の感覚がない。


「すまぬな」


 その声を聞いた後、最後の鎖が私の首を拘束し、口まで侵食され声を出すことは叶わなくなった。


 黒竜が何か呟くと、小さな平面の魔法陣が一個浮かび上がってきた。平面の魔法陣は《無垢の者》を中心に低速で公転をしている。


 鎖を通じ私の体の中に冷たい何かが流れてきた。何をされているのか分からなく恐怖でしかない。全力で抵抗しする体が一切動かない。黒竜を説得したいが、声も出せず見ている事しか出来ないでいる。



 体がダルい……辛いよ……解放してくれ。……どれほどの時間が経った? 黒竜は私の事など眼中に無いようで、今もなお《無垢の者》だけを見つめている。


《無垢の者》は仰向けに寝かされ、側面を六個の小さな魔法陣が取り囲むように公転している。その上空に外側から大、中、極小と大きさの違う三枚の魔法陣が浮いていた。


「きたか」


 黒竜の緊張感のある声が聞こえ、続けて何かが軋む音が鳴り出す。いつの間にか大きな魔法陣に無数の亀裂が入っている。


 割れる? 私がそう思うと同時に、乾いた音を響かせながら大きな魔法陣は光の粉になり舞い散った。


 黒竜はその光の粉を口で吸い込み、目を細める。


「……成る程、であるならば。《無に還す闇トゥリターンナッシングダークネス》」


 地面からシャボン玉の様な透明な膜が現れ《無垢の者》を覆った。


 二枚目の魔法陣が低く鈍い破裂音を出し飛び散った。破片が透明な膜に掛かると、そこから黒く変色していく。……地震? いや、空気の振動?? 洞窟が小刻みに揺れて、それに連動して私の全身も細かに震える。膜が黒く染まる程に振動は大きくなり続け……漆黒の球体となった時、振動は収まった。


 黒竜はいったい何をしているんだ? もしかして、姿の見えない何かが私を助けに来て、その過程で攻防が発生している!?


 最後の一枚、極小の魔法陣が小爆発を起こす。《無垢の者》の側面を取り囲んでいた六個の小さな魔法陣は全て吹き飛び跡形もなく消え去るがーー、漆黒の球体は傷一つ付いていない。


「ふっ」


 黒竜は勝利の笑みとも実験の成功ともとれる声を出し、満足そうに頷いている。


 ……助けが来たわけではないのか。


 私の心が落ち込むより一瞬早く、漆黒の球体から水のはねる音が一つ微かに響いた。そして……波紋が広がる。


「ぬ?」


 一転、場違いとも思える水のはねる音が、連続して鳴り出す。まるで子供が水溜りで遊んでいるようだ。


「ば、ばかな。なぜじゃ、なぜじゃーー!!」


 一際大きな音と共に漆黒の球体は弾け飛んだ。……静寂が訪れる。


 固唾を飲む私と黒竜。


 突如、私の全身に激しい痛みが襲いかかってきた。それだけでは無い、頭の中で何かが絶叫している。いや、これは私自身の叫び声? 脳内で声が反響して何も考えられない。頭が頭がーーー。ああぁぁぁあああーーーーーー。



 目を覚ますと黒いマネキンにお姫様抱っこをされており、そのマネキンの足元にはボロボロの服を着て座りながら泣いている子供がいた。


「何これ? どういう状況?」


 思わず声が出てしまった。


 戸惑っているとマネキンは丁寧に私を地面に下ろしてくれた。『キュン』とはしないが紳士である。私が立ち上がると、マネキンは地面に吸い込まれるようにして消えていった。


 一方、泣いている子供は幼い女の子。艶のある黒髪で背中に掛かるくらいの長さ。褐色肌で黒く短い鱗の付いた尻尾も生えている。


「お嬢ちゃんどうしたの? 大丈夫?」


 泣き止まない、どうしよう。


「一人なの? 誰とここにきたの?」

「……抱っこ」


 顔を上げ、幼女が座りながら涙目で腕を広げている。元の世界なら、ボロボロの服を着た幼女を抱き抱えていては通報されても仕方がないが、ここは異世界だし大丈夫だろう。


 抱き上げると見た目通りとても軽い。身長は私の腰程で顔は幼いながらも整った顔立ちをしており、左右の頬ボネ辺りに漆黒の小さい鱗が一つずつ付いている。金色の瞳がとても綺麗だ。


「かかったな! 特別にお主を妾直属の眷属にしてやる。光栄に思うがぁーー」


 幼女の手が私の額に触れるより早く、私の顔の横から黒い何かが幼女の頭を掴み、勢いそのままに私から奪い取った。


「何をする! 放すのじゃ」


 空間から黒い腕だけが出て、幼女にアイアンクローをかけている。……その後、ゆっくりと全身が出てきた。黒い腕の正体は、先程私を抱きかかえていた黒いマネキンだ。


「い、痛いやめろ。やめるのじゃ」


 幼女が両手で黒い腕を掴み足をバタバタさせているが、微動だにしない。


「うゔぁああぁ……」


 苦悶の声を上げた後、幼女の腕。いや、全身から力が抜けた。


 黒いマネキンは私の方を振り向き、アイアンクローをかけたまま幼女を渡そうとしてきている。


「ぇ、えっと。助けてくれてありがとう」


 幼女を両手で受け取ると、黒いマネキンは先程と同じく地面に吸い込まれる様に消えていった。


 し、死んで無いよね? 異世界にきていきなり罪に問われるのはごめんだぞ。幼女の胸を見るとわずかに上下に動いている。……良かった。私も体の力が抜け、地面にへたり込んだ。


 たぶんだけど、この幼女の正体は……。



 幼女が意識を取り戻し、腕の中で目を覚ます。


「ぴっ!?」


 私と目が合うと悲鳴を上げそのまま硬直した。てか、今の声どっから出したの!?


 幼女を優しく地面に下ろし、そのまま目線を合わす。


「お嬢ちゃん、もしかして黒竜?」


 質問をしたら小さく頷いてくれた。


「えっと……何があったの?」

「妾が《無垢の者》を調べていたのは覚えておるか? 何ものにも染まっておらぬ超高純度の魔力の塊。見た瞬間に未知を既知にしたいと欲望が止められなくなり思わず……そしてこの姿になってしまった。お主には本当にすまないことをした」

「話が見えないんだけど」

「万が一に備え幾重にも魔法防壁を張りつつ、《無垢の者》の構造を調べ解析をしておったのじゃ。じゃが、その防壁をいとも簡単に突破し、更には警告をしてきおった。即仕掛ければいいものを、なんたる余裕。そしてなんたる侮辱! 逆に楽しくなり燃えてきてな」


 興奮のせいからか、黒竜の説明はいまいち要領を得ない。


「過剰とも思えるほど対策をしたのだが、《無垢の者》は全て突破しおった。……そして妾の魔力をごっそりと持っていった。その反動でお主に苦痛が伴ってしまったわけじゃ。妾は何故か人に近い姿、お主は知らぬだろうが有鱗族とほぼ同じ容姿になってしもうた」


 参った参ったと笑う黒竜。


「あれは深淵なんかと比べ物にならん! 結局表層を撫でる程度にしか解析できんかった。この姿になった後、気を失っておったお主を調べれば何か情報を得られるのでは無いかと思ったのじゃが、あの黒いのが出て妨害してきたのじゃ……」


 私が気絶している間も、壮絶な攻防があったんだろうな。


「しかし、妾の防壁を破った一癖も二癖もある魔法構築。昔、何処かで見た様な……」


 正規では無いルートからの接触を察知し、防御プログラムが発動って感じか。しかも、黒竜の魔力を奪い取る程の効果。《無垢の者》も相当凄いスキルって事なのか?


「お主、黒いのを召喚してもらえぬか?」

「その前に、黒竜!」

「何じゃ?」

「黒竜には恩を感じていたんだよ。こっちの世界にきて不安を抱えていた私に色々教えくれたり、見たことない景色も見せてくれて。でも……信じていた相手に突然拘束されて、口を塞がれた時の気持ちわかる?」

「……本当にすまなかった。妾は昔からそうじゃ、惹かれるものがあると周りが見えなくなって、突っ走ってしまう。そして今回は芽吹に迷惑を……」


 目の前で幼女が泣き出した、その姿で本気で泣かれると心が痛むよ……。黒竜の頭を撫でながら、


「スキルを見たいと言ってくれれば、好きなだけ見せてあげるから。ただ、危険が伴うのは無しだからね」


 優しく伝えたら抱きつかれた。……なんか行動まで幼くなってないか?

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