第7話 異世界の景色

◇ 


 ……ダメか。まぁ、そうだよね。完成品をそのまま生み出せてしまったら、職人では無く武器屋や防具屋になるよね。例外的なのか斧なら出すことができたけど、内心安堵したよ。チェーンソなどの電動工具も出す事は出来なかった。


「《万物流転》を使って具現化した道具を、人前で使わない方がいいかな?」


《万物流転》のスキルは黒竜は絶賛していた。それが他の者たちにどう映るか……。将来性を感じ強引なオファーが来るかもしれない。それならまだいい、高性能のスキルで嫉妬から嫌がらせを受けたり、最悪命を狙われる可能性もある。


「《万物流転》を使い出した道具を使っても、色々な道具を出せる便利なスキル。としか認識せんじゃろう。そして潜在能力がわかる者など世界広しと言えども、一握りもおらんじゃろう」


 ならば、どこかの工房に弟子入りしても平気だな。


「しかし、未知のスキルはいくら見ても見飽きぬな。……探究心を刺激する」


 こ、黒竜の目が怖いよ。


「昨日より、少しじゃがスムーズに具現化する事ができたな」

「そうだね、なんとなくだけどコツが掴めた気がするよ。ただ精神疲労がね……」

「精神的に疲れるのは魔力の枯渇による症状じゃ。疲労している状態のまま無理に続ければ、体が動かなくなり気を失ってしまう事もある。魔力の高い物を食すか、寝れば回復するから安心するんじゃ。鍛錬してコツを掴めば魔力効率が上がり、かつ具現化にかかる時間も短縮されよう」

「成る程ね。コツを簡単につかむ裏技的なものはあったりするの?」


 代償として、寿命や魂など要求されたら絶対にやらないけど……。


「妾が知っている魔法やスキルであれば、外部から魔力の流れを強制的に制御して体に覚えさせる事も出来る。じゃが、お主のスキルは唯一無二じゃからな。仮に強制的に制御して失敗すれば、体の内部で魔力の飽和が生じ最悪の場合、爆発する」

「爆発って……でも黒竜ならうまく調整できるんじゃないの?」

「出来るぞ。どうしてもと言うのならーー、三十年貰った後になるがな」


 そこで、前の話に戻るのか!


「さてと、もういい時間じゃ。妾は食事でも獲ってくる」

「気をつけてね、いってらしゃい」


 黒竜は颯爽と出かけて行った。さて……戻ってくるまで鍛錬しますか。


 ◇


「戻ったぞ。……さっそく魔力を使いすぎておるな」

「ぉ、おかえり」


 具現化の練習中、急に体の力が抜けてうつ伏せに倒れてしまった。起き上がる気力すら湧かない。


「脆弱なんじゃから、無理するでない」


 黒竜がため息をつき、その風で私の体が半回転し仰向けになった。仰向けのまま黒竜の方を横目で見ると、拳大の大きさの琥珀色の物体が浮かんでいる。


「今晩の食事じゃ、疲れた体にはこれが一番じゃて」


 何その物体、ちょっと不安。


「待って。その琥珀色の物体、鑑定させて」

「構わんぞ」


「《鑑定》」


〈 名 称 〉 クイーンビーの蜜


〈 分 類 〉 甘味


〈 備 考 〉 非常に栄養価が高い


 蜂蜜か! ならば食べられそうだ。変な物じゃなくてひとまず安心する。


「黒竜の食べる分は?」

「体をろくに動かせない状態なのに、妾の心配をするとはお主は変わっておるな」


 何故か楽しそうだ。


「ほれ、口を開けろ。特別にこのまま食べさせてやる」


 黒曜が魔法で琥珀色の蜜を操り私の口へ近づけてくる。寝ている体勢が良く無かったのか、口に入ると味を感じるまもなく飲み込んでしまった。魔力を消費しすぎた事による疲れのせいか、胃に適度な重さを感じたせいかは分からないが、急激な眠気が襲ってきたので応えるようにそのまま瞼を閉じた。


「今日はもう休むが良い、起きたらまたお主のスキルを見させてもらうぞ」



 目が覚めると、黒竜の体に寄りかかっていた。


「おはよう、昨日何も言わずに寝てごめんね」

「気にするでない、体調はどうじゃ?」


 体を動かすと昨日よりも軽く感じ、心なしか頭もスッキリしている。


「快調だね」


 ここまで、調子がいいのは本当に記憶がない。クイーンビーの蜜、恐るべしだな。


「それは良かった」

「一つお願いがあるんだけど……」

「何じゃ、改まって。言うてみい」

「洞窟の外の世界を見てみたいな」


 洞窟の中は広く、魔法の光源もあり窮屈な感じはしないのだが、外を……異世界の景色を見てみたい。


「そんな事か、ならば妾が空からの景色を見せてやろう」


 すんなりと私の希望を聞き入れてくれて、黒竜が洞窟の出口へ向かい歩き始る。少し遅れて私がその後を付いていく。洞窟の外はどんな感じなのだろう。期待に胸が躍った。


「ん?」


 出口へ近づくにつれ冷気を強く感じる。想像以上の寒さにおのずと足が鈍くなっていく。


「ちょ、ちょっと待って。洞窟の外から流れてくる冷気が冷たすぎて耐えられないかも」

「何じゃと!? 脆弱にも程があるじゃろ」


 いやいや。黒竜が特別なんですよ。

 黒竜が出口を塞ぐように座り込み、冷気の侵入が遮断され寒さが和らいだ。


「しばし待て」


 そう言うと黒竜は目を瞑った。時折頭が動いている、考え事でもしているのだろうか?



「……これでいいじゃろ……」


 三分程度は待っただろうか? 黒竜が目を開く。


「今から息を吹きかける、体を楽にするがよい。《温度保護テンパランチャープロタクション》」


 座ったまま息を吸い込み、七色に輝くブレスを私に向け吐いてきた。ブレスを浴びた瞬間、頭の天辺から足の爪先まで薄い膜に包まれたような感覚に陥った。


「これである程度の寒暖から、体を守ってくれよう。ただし、永続的ではない。十日程かの」


 黒竜が立ち上がり出口へ足を進める。冷気が再び洞窟内へ入って来たのだろうが、寒さは感じなかった。


「私の為に魔法考えてくれて、ありがとう」

「これしきの魔法、大したことはない」


 照れ隠しからか、少しツンツンとした口調だけど、尻尾を振って嬉しそうだ。


 洞窟の出口手前で、一度足を止めて目を閉じる。異世界の景色は閻魔様に飛ばされてきた時の一瞬しか見れなかったので、これから目にするのが初めての異世界の景色と言ってもいいだろう。


 ドキドキしながら目を開けて前へ踏み出す。


 曇り空の中、眼下に広がる景色は炭化した木や立ち枯れた木々。大地に出来た大小のクレーター、植物の緑は僅かにしかない。空は鳥一匹として飛んでいなかった……。


 そして、この洞窟は切り立った崖の途中にあった。


 そういえばこの世界、終戦してからそんなに経ってないんだっけ。広大な草原や樹海、巨大な川、空には見たことのない生き物が所狭しと飛んでいる。そんな想像していただけに……残念だ。 


「そこに立ち、力を抜くが良い」


 黒竜にとっては見慣れた景色のようで淡々としている。


 言われた場所に立って力を抜いていると、黒竜の尻尾が私に体に巻きついてきた。


「え、まさか……」


 そのまま空へ飛び立つ。てっきり背中に乗せてもらえると思ったのだが……。足が宙に浮いていて安定していなのは何とも言えない怖さがある。


「もう少しキツくできる?」

「ふむ、こうかの?」

「ゲヒュ! ……ご、ごくりゅうざん……ゆる……めで」


 ……中身が飛び出るかと思った……。  


 洞窟があった所は標高が高く、他の山々を見下ろしている。遠方には暗雲に覆われている別の山が見えた。しばらく飛行すると、雲の隙間からお城と城下町が見えてきた。他の方角には日本ではあまり見かけない外国風の建物が見受けられる。見た事の無い景色を実際に目の当たりにして、異世界に来たと改めて実感した。


 洞窟の反対側には火山活動で出来たのだろうか湖が見え、その湖の中には大きな島が浮かんでいた。島全体が緑で覆われており、島の中央には天に昇る巨木が一本そびえ立っている。その一角はとても神秘的で見入ってしまった。よく見ると湖から少し離れた場所に小さな村もあった。


 楽しい時間は早く過ぎる。洞窟に戻ってきても私の興奮は冷め止まなかった。


「どうじゃった空の旅は」

「最高だったよ! ありがとう!!」


 未知の景色を見ることはこんなにも興奮するものなのか! もっとじっくりと見たい、なんならその場所に行ってみたい!! ……そっか、黒竜が私のスキルを見て興奮しているのもこんな感じか。


「まだ使っていないスキル、《無垢の者》を使ってみるよ。気になるでしょ?」

「おおお! 願ってもいない事じゃ! じっくり見たい故、今からお主の食料を見繕ってくる」


 黒竜の声が一段階高くなり、嬉しそうなのが分かる。


「それならば戻ってくるまでに、洞窟奥の水が湧き出てた場所に行きたいんだけど」


 黒竜が指を鳴らし、前と同じ周囲を照らしてくれる光の球を出してくれた。

 

 私がお礼を言う前に黒竜は飛び立ち、姿は既に小さくなっていた。あの様子だと、すぐ戻ってきそうだな。


 急いで洞窟の奥に行き、湧水で水浴びをして足早に戻ったが黒竜は既に待機してた。


「ふふふ、今日は特に良いものが取れたぞ! 事を終えたら出してやる、ほれほれ」


 ウキウキ声で急かしてくる。我慢できない子供か!


「じゃあ、《無垢の者》を使うよ」

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