第6話 初めての食事


「何じゃと! お主では硬くて食べることができんじゃと!?」


 何度も説明してようやく誤解を解くことができた。でも何か大事なものを失った気がする。


「動物や植物なら食べれるけど、物質は無理だよ。そもそも黒竜は食べられるの?」

「妾自身が食べられ無いのを、わざわざ獲ってくるわけなかろう」


 まぁ、そうだよね。


「肉ならば食べれるのであろう?」

「ある程度なら食べられると思う」

「となると、予備で獲ってきた獲物を出すか……少し待て」


 黒竜が尻尾を使いクリスタルゴーレムを壁際に寄せて、出口に向かった。そして、尻尾で何かを掴み戻ってくる。


 こ、これもまた凄い有名なモンスターだ!


「これはどうじゃ? これ一体で色々な味が楽しめてお得な魔獣じゃぞ!」


 そう言って、尻尾で掴み運んできた獲物を私の前に置いた。


 獅子と山羊とヒドラ、三つの頭を持っている魔物だ。翼は退化したのか申し訳ない程度にしか無いが、変わりに蛇の尻尾が三本生えている。体長は五メートル位有りそうだ。


「《鑑定》」


〈 名 称 〉 ケイブ・キマイラ


〈 分 類 〉 魔獣


〈 備 考 〉 獰猛で知能が高い


 ケイブ? 洞窟って意味だっけ?? まさかこの洞窟にもこんな恐ろしい魔獣がいるのか? しかし、その魔獣すら餌の一つにすぎないんだな……黒竜どれだけ強いんだよ。


「えっと。このままではちょっと食べれないかな……大きすぎるし、それに生はちょっと」


 他にもツッコミどころは色々あるのだが、とりあえず控え目に要望を伝える。


「そうなのか? ならば、《黒嵐殲滅ブラックストームエクスターミネイション》」


 黒竜が呪文を唱え前足を少し動かすと、地面から黒い風の柱が天井に伸び、横たわっているケイブ・キマイラを一瞬で飲み込んだ。


「ひ、ひぇ」


 凄まじい音と目の前の光景に圧倒され、なんとも情けない声が出てしまう。


「ほれ、これで細かくなったぞ。口に入るじゃろ」


 黒い風が消え現れたのは、砂まみれのミンチになった肉。それを黒竜は前足の爪を使って拾い集め、笑顔で差し出してきた。


「な、生はちょっと……」


 なんとか声を振り絞って答える。


「そうであったな。《黒焔魂喰ブラックフレイムソウルイート》」


 そう唱えると今度は、黒竜の前足の爪先に黒い魂の形をした焔が一つ現れた。


 爪を振るうと、黒い焔がミンチとなった肉に目掛けてフワッと飛んでいく。肉と接触するとおぞましい音を出して、それは燃え出した。


 ……あれ、何だろう。全身から脂汗が出る、それに震えが止まらない。



「ぅ、う〜ん」

「気が付いたか」


 黒竜のお腹が私の首から下に覆い被さっていた。どういう状況なんだこれは。


「えーっと……なんで私、黒竜のお腹の下にいるの?」

「《黒焔魂喰》の影響でお主は生気を奪われたのじゃ。それで、冷たくなりかけておったから腹で温めていた。妾が回復系魔法が使えれば、すぐに症状を改善できたのじゃがサッパリでのう」


 何だろう軽い感じで言ってるけど、かなり危ない状態だったんじゃ……。洞窟の外は明るくなっている、いつの間にか日が昇っていた。


「それでじゃ、出来上がったぞ。しかし人族はこのようなものを食すとは知らんかった。集めるのにちと苦労したが、ほれ食すがいい」


 腹の下から這い出ると、黒竜が前足の爪を器用に使って燃えかすを私の目の前に持ってきた。……何故か急に肌がピリピリと反応し出す。何だろ……食べたら死ぬと本能が告げている。


「せっかく調理して貰ったけど、ちょっと食べれないかな。お肉はもう少し大きめに切ってもらって、火加減はかなり抑え目でお願いしたいな……」

「む、そうなのか? うまく出来たと思ったのじゃが」


 尻尾が垂れ下がり、悲しそうな表情をしている黒竜。ちゃんと説明しなかった私が悪いの、だから露骨にテンション下げないで!


「普段どうやって食べているの?」

「妾か? 獲物は丸ごとかぶり付くぞ、血が滴り美味い。それが作法であり強者のみに許された特権じゃ」


 恍惚こうこつに浸っているのがわかった。これは種族間の認識が違いすぎるなぁ。


「この辺りに飲み水と木の実がある場所って知っている? 私でも行けたらいいなと思ったのだけれど」

「水ならば、このまま洞窟の奥に進めば湧いてる場所がある。途中で道が幾つか分岐しているが、真っ直ぐ進めばたどり着けるじゃろ。決して間違えるでないぞ」


 道を間違ったらどうなってしまうんだ。念を押されて思わず気になってしまう。


「そうじゃ、これをやろう」


 黒竜が前爪を丸く動かし魔法を詠唱する。


「《一時的な光テンポラリーライト》」


 呪文が洞窟に響き渡るともう一つ明かりが灯り周囲を照らした。


「この光の魔法はお主の後を追従し、洞窟内を照らしてくれよう。お主が洞窟の奥から戻って来るまでには、妾は何かしら食べ物をとってこようではないか」

「ありがとう。気をつけて、行ってらしゃい」

「気をつけて。か」


 何故だか楽しそうに出かける黒竜。今の会話、どこかに刺さるポイントあったのかな。


 黒竜と別れて一人で洞窟の奥へ進む。それにしても洞窟の割には歩きやすい気もする。普通もっと段差や凹凸がありそうなものだけど。

 しがない会社員で仕事尽くしの生活だったから、その辺の事には詳しくないが、誰かが人工的に作ったのではないかと勘繰る程に道は整っている。


 黒竜が話した通り、途中いくつか道が分岐をしていた。分岐の先には何があるのか気になりはしたが、言われた通りに、ひたすら真っ直ぐ進んだ。道を間違えたのではーーと不安になりかけた頃、水飲み場に辿り着いた。

 

 岩肌の一部が窪んでいて、そこから透き通った水が湧き出ている。手ですくいそのまま口をつけた、久々の水はとても美味しく体の隅々まで染み込んでいく感じだ。


 ……そういえば、しばらく風呂に入ってない。人里に行った時に臭ったら困るし、ついでに体も洗っておくか。 



 思ったより時間がかかってしまった、行きに歩いたルートを間違えないように足速で帰る。黒竜はすでに戻っていて、ピンク色をした丸い果実が黒竜の足元に置いてあった。


「遅かったではないか。桃ならば食べれるじゃろ」


 黒竜が爪を鳴らすと、私に追従していた光の球が消える。


 この世界にも桃があるんだ! 桃が存在していたことに感動しながら、手に取って匂いを嗅ぐ。桃の良い香りに思わず気持ちが和んだ。前の世界の桃と全く同じ匂いがしたがここは異世界、類似品の可能性もあるから一応鑑定してみよう。


「《鑑定》」


〈 名 称 〉 百年桃


〈 分 類 〉 果実


〈 備 考 〉 非常に高価な果実


 うん、まぎれもなく桃だった。


「これ、食べてもいいの?」


 頭の中に流れ込んできた鑑定結果に、非常に高価な果実と表記されていたことが気になって聞いてみる。


「お主の為に採ってきたのじゃ、食べないでどうする」


 それもそうかと、黒竜に促され桃を一口かじる。……口の中が甘くてフルーティーな味わいに満たされた。桃はみずみずしく、湧水を飲んできたばかりだが潤っていくのを感じる。同時に空腹感も少し満たされた。


「これすごく美味しいよ。採って来てくれてありがとう」

「それはよかった」


 美味しいの一言で黒竜の尻尾が高く上がり振られている。


「食事の事で困らせてばかりでごめんね」

「そう思うのであれば、スキルを使用して妾に見せるのじゃ!」


 食事の対価がスキルのお披露目かよ! まぁ、いいけど。


「《地への願い》は、一回しか使えないスキルだから流石に使わないよ」

「分かっておる。また《万物流転》を使って具現化を見せてもらおうか。あの魔力の構築……たまらん」


 折角だから昨日とは別の物を出せるかチャレンジしてみるか。そうだな、消耗品は出せるのかな? 釘を試してみよう。


 黒竜に見守られながら、今までと同じように頭の中で釘を念じる。黒いモヤは集まりはするが、……形をなす気配を感じられない。気持ちを切り替え、糸を念じてみるが〜結果は同じ。消耗品は出せないのかな。


 次は、剣や盾など完成品を出せるかどうかを試してみよう!

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