第3話 ステータスオープン

 包まれていた光が薄くなって徐々に周りの景色が見えてきた。地獄から何処に飛ばされたんだろう? 辺りには立ち枯れた木々が見受けられ、飛ばされた場所が外だという事はだけは分かった。

 

 この世界は終戦して間もない世界だっけ。これから何処へ行こうか、とりあえず人がいる所へ向かった方がいいよな。


 今後の事を考えていると、後ろから鋭い気配を感じて振り……返れなかった。耳を貫くような雄叫びが周囲に鳴り響く。

 咄嗟に手で耳を塞ごうとするも、激しい目眩に襲われて立っている事が出来ず、地面に両手をついた。体が震えて吐き気も込み上げてくる。


「オェ」


 今まで生きてきた中で一番大きい声を聞いたな。パワハラ部長の怒鳴り声よりも大きい声だ……。



 目覚めると見知らぬ天井だった。


「あれ?」


 辺りを見渡すが暗くてよく見えない。体を起こす時に手に触れたのは布団では無く、冷たくゴツゴツした岩肌の地面、寝心地としては最悪だ。


「起きたか」


 声が聞こえると同時に辺りが一気に明るくなった。さっき触れたゴツゴツした地面と同じ色の鍾乳石が天井から垂れ下がっている。ここは洞窟の中か? 私の視界の範囲には水源などは見受けられず、地面も凸凹してはいるがおおむね平だ。


 異世界でもスーツ姿で相も変わらずシワだらけ、いつの間にか革靴を履いている。記憶も曖昧だし頭がふらふらする。


 背後から聞こえた声の主の方に振り返る。……そこにはとても大きな竜がいた。首を動かさないと全体を見ることができない、体長十五メートルはあるんじゃないか?


 漆黒の体で大きな翼、そしてスラリと伸びた尻尾。金色に輝く瞳は思わず見入ってしまう程に綺麗だ。ただ、体のわりに角が小さく少しバランスが悪いような気もする。

 

 私と竜の間に光の玉が浮かび、そこから周囲を照らしていた。


「先程はすまなかったのう。散歩中に突然の轟音ごうおんでな、襲撃かと思い警戒しておったら、光の中から異常とも言える力を感じ、思わず威嚇の雄叫びを上げてしまったのじゃ」


 竜の笑い声で地面が振動して揺れている。向こうは何故だか笑っているけど、雄叫びを聞いて嘔吐をしたこちらとしては笑えない。

 ……よく考えたら、竜の言葉を普通に理解できている。これが閻魔様がくれたスキル《世界言語》の効果なのか!?


「でじゃ……。お主の様な脆弱がその程度の軽装ではここまで来る事は到底できぬ。どうやってこの地に来た?」


 竜の雰囲気が変わった。全身に圧を感じてピリピリとした痛みが走り、気づいた時には両膝が震えていた。


 何か情報を得ようと再度周りを見回す。竜の後ろに光が見えた。あそこが洞窟の出口だと思うが距離がある。竜の横を通って、出口まで逃げるのは無理だろう。


「イタタ」


 胸から特に大きな痛みを感じ、耐えきれずに手を当てた。情けない声を出して地面に膝を付く。


「む、そこまで強く掴んだつもりはないのじゃが……本当に脆弱じゃの」


 ため息まじりに呆れたセリフを吐かれると、痛い程に感じていた圧が弱まった。


 掴む? もしかして……シャツのボタンを外して胸を見ると、肌に鱗を押し付けてついた跡が残っていた。この竜、尻尾で私を掴みここまで運んだのか!


 まだ、睨まれてはいるが相手が本気ならとうに殺されているよな……。敵意は感じないし、ここは正直に異世界に来ることになった話をした方が良いのだろうか? ただ、突拍子もない話で信じてもらえない気がする。


 私なら、何を言っているんだこいつ……。と、ドン引きする自信がある。


 かといってこの世界の常識も何も知らないし、目の前の相手は人ですらない。下手な受け答えをして機嫌を損ねたらどうなるか……一抹の不安を覚える。


「どうした、はよ答えんか」


 私が反応しない苛立ちからか、再び圧がかかり始める。このまま黙っているのもまずいな。


「失礼しました。現状が把握できず混乱しておりました。失礼ですが、お名前をお伺いしても宜しいでしょうか?」

「ほう、まさかと思ったが、本当にわらわの言葉が分かるとは。……名前など好きに呼ぶがよい」


 妾!? 一人称が妾という事はこの竜は雌なのか? そう思うとどこか愛嬌を……愛嬌が……いや……うん。


「では、黒竜様とお呼びしても」

「様はいらん」


 何が気に障ったのか、少し不貞腐れるようにその大きな体を横にして寝っ転がった。大きい分圧迫感が凄い。そして、黒竜が横になったことで後ろの光が見えなくなり、洞窟の出口へ続く道も塞がれてしまった。


 考えろ私! どうやっても逃げる事は出来ない。ならば、相手は何に興味を示し、そして何を欲しているか察せ! 選択の誤りは死へ直結する。……いや、もう一回誤っているか。


 竜は……多かれ少なかれ私に興味を示している、だから殺さずにこの洞窟に連れて来たのだろう。こちらの世界に来る事になった理由を話して、誠意を見せれば穏便に済ませてもらえるかもしれない。


「私の名前は芽吹宗治と申します。元々は別の世界で暮らしていたのですが、ひょんな事からこの世界に来ることになりました。その時に防具職人の職に就きまして、それに付随したスキルを幾つか授かりました」

「どんなスキルを貰ったのだ? いや、この世界に来たばかりと言ったな。ならば《ステータスオープン》と言ってみるのじゃ。極々限られた者だけが自己のステータスを見ることができる。お主なら見れるやもしれぬ」


 正直に話した事が功を奏したのか、黒竜の反応は悪くないものだった。しかし、《ステータスオープン》だと!? ゲームによくあるパラメーターを見る事が出来るコマンドじゃないか!


 ファンタジーの世界に来た事を実感して、この様な状況下でも思わず心が躍ってしまう。

 

「《ステータスオープン》」


【 名 前 】 メブキ・ソウジ(芽吹・宗治)

【 年 齢 】 十八

【 種 族 】 人

【 職 業 】 防具職人

【 スキル 】 慧眼・世界言語・空間収納・鑑定(微)・状態異常耐性(中)

【固有スキル】 無垢の者・万物流転ばんぶつるてん・地への願い(一度のみ)

【 称 号 】 黒竜の雄叫びに耐えし者


「うぉおお!」


 プロフィールみたいな表記だ! 年齢の所を見ると三十六歳だったはずが、なんと十八歳に若返っている。嬉しいです、閻魔様ありがとう!! でも、そのせいなのか自身が浮き足立っている気がする、前はもう少し考え方とか落ち着いていたはずだけど……。


「見られました! えっと、何をどう説明すれば宜しいでしょうか?」

「種族は人じゃろ、職業は防具職人。その次から順に説明するのじゃ」

「所持しているスキルは《慧眼》……。《慧眼》って何かわかりますか?」

「《慧眼》は職人専用スキルで《鑑定》では見えない所を別視点で捉える。注視した部分の状態が分かるものだ、中々良いものを持っているな」

「ぉお、そうなんですね! 他には《世界言語》《空間収納》《鑑定(微)》《状態異常耐性(中)》があります」

「そうか」


 こっちは反応薄いなぁ。私としては《状態異常耐性(中)》のスキルを授けて貰えて嬉しかったんだけどな。あれ? ……そういえば。


「こちらの世界にきて、雄叫び聞いた後に目眩、嘔吐といった体調不良が出たのですが、《状態異常耐性(中)》は発動しなかったのですか?」

「妾の雄叫びを浴びたのじゃぞ、弱き者はそれだけで死ぬ。《状態異常耐性(中)》程度で防げるわけあるまい、むしろよくその程度で済んだと感心した位だぞ」


 黒竜が呆れたような表情でさらっと、恐ろしい事を言ってくる。


 ステータスオープンで表示されている情報をよく見ると、一番下に【 称 号 】とあった。


「《黒竜の雄叫びに耐えし者》の称号があるのですが、これは何ですか?」

「称号は戦いで生き延びた時など、一定の条件下で手に入るものだ。運良く手に入れられたな、称号の種類によって様々な効果が発動される」


 称号の黒竜って、どう考えても目の前にいる黒竜の事だよな。雄叫びを浴び死なないで済んだのは、ゲームでよくある転送直後、一定時間無敵のバリアみたいな効果があったからか?  

 ……タイミング次第では第二の人生、スタート直後に終わっていたかもしれない。閻魔様が命は軽く扱われると言っていたが、あまりにも軽すぎる。


 腹がキュゥウと鳴って変な汗が出てきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る