第2話 プロローグ2

「その異世界はな、豊かな国が多く比較的平和な世界だった。ある日、小さな国の国境線で小競り合いが起きた。その地域では日常茶飯事の出来事で、いつも通りすぐに終わると誰もが思っていた。ただ、その時だけは違った」


 閻魔様の声のトーンが下がった。


「不運に不運が重なり、争いはみるみる拡大していき、小競り合いから国同士の争いに発展した。近隣諸国にも飛び火をし、最終的には全種族が参戦する争いまで発展していった。そして争いは四百年にも渡って続き、前線では地獄の修羅道を具現化したような酷い有様だった……。短命な種族は争いの発端ほったんすらわからず、言われるがまま戦場に赴き命を散らしていったよ……」


 日本で考えると江戸時代から今まで戦争が続いている感じか、途方もない話だ。


「泥沼と化し終わりの見えない戦争だったが、竜族の参戦により戦況は大きく動いた。そして、最終的に竜族の王が最前線に現れ争いを終わらせた。さほど後腐れを残さない見事な手腕で、後始末まで行ったよ」


 閻魔様が私を見つめた。


「お前が行くのは終戦から五年後。新しい時代が始まり期待と不安が入り混じった混沌とした場所だ。決して平坦では無い。軽い気持ちで行くと返事をすれば後悔する事になるかもしれんな」


 混沌か……それならば尚の事、私に声をかけるのでは無く、政治力がある人やカリスマ性に富んだ人を選んだ方がいいのではないか? 話し合いで決まったとは言っていたが……真意が分からない。


「今の話を聞いた上でも異世界へ行ってみたいと言うのであれば、ワシが日常生活に不自由しない最低限のスキルを三点授けよう。読み書き話すことができる《世界言語》、物を大量に入れられ持ち運べる《空間収納》、最後は調べる事によって特徴を知ることができる《鑑定》だ! それと異世界で就きたい職も特別に選ばせてやる。異世界は元いた世界と違い、職でできる事が大きく変わってくるからな。ただし、この場で決めてもらう」


 おお! まさにファンタジーの世界だ……子供の頃、剣と魔法の世界で主人公が仲間達と大冒険をするゲームに心が躍った。その世界へ私が行こうとしている。ただ、戦後で疲弊している世界。どちらかと言えば世界を立て直す冒険になるだろう。


 私は物語の主人公では無く縁の下の力持ち……何故だかそう思った。そして、いつの間にか行く事を前提に物事を考えている私がいた。


「お勧めの職は幾つかあるが……王道とも言える勇者や剣聖はどうだ? 強大な力で世界の希望になれる。賢者もお勧めだぞ! 絶大な魔力と知性で世界の魔法常識を一変させる事も可能だ。王や大商人の職を選べば大いなるカリスマと頭脳で世界を統べる事もできるぞ」


 王も職扱いなのか……。でも、閻魔様が提案してきた職は何故か胡散臭く感じる。終戦してまもない世界だというのに、新たな火種になりそうな職ばかりを薦めてきている。これは……試されているのか?


 考え込んで黙っていると、さらに閻魔様が続ける。


「悩んでいるのか? ならば特別に望むスキル三点授けよう。すぐ死なれても意味ないしな。どうだ?」


 やけに気前がいい気がするが……その世界ではスキルがなければ、いや、有ったとしても死が身近にある世界なのだろう。前の世界での生活は、生きているのか死んでいるのかも分からない状態だったし、それならば新しい世界で新生活をスタートするのも悪くないかもしれない。


「異世界へ行くお話、お受けいたします」

「そうか。では職は何にする」


 剣や魔法を使った大冒険か……憧れはするが、ゲームの攻略本に載っている盾や鎧のデザインを眺めるのも楽しかったな。子供の頃、見よう見まねでダンボールや新聞紙を使って、盾や兜を作って遊んだりもしたっけ懐かしい。


 閻魔様が言った職とスキルがある異世界ならば、私の手で防具を作れるかもしれない。屁理屈かもしれないが職人を選択する事も出来るのではないか? 戦争が終わり盾や鎧など防具は需要が減り先細りになるだろうが、今度の人生は好きな様に生きてみたい。


 よし、駄目元で言ってみるか!


「職は……防具職人を希望します」

「ふむ、防具職人か。いいのか? ワシが提案した職と比べると言い方は悪いが地味だ、華がない。事前に異世界の事を知り、スキルも自分で選ぶことができる。その様な幸運な事はまずないぞ! 折角なのだから世界を動かすような事はしてみたいとは思わないのか?」

「お心使いありがとうございます。しかし私は争いは好まないですし、人前に立ち旗を振るのはもう疲れました。それが国単位なんてとてもとても……生活の基盤である衣食住。その衣に当たる部分で生計を立てつつ、時折気ままな小さな冒険をしていけたらと思います」

「……そうか、では望むスキルを三点言え。ただ、スキルはある程度、職と連動していないと駄目だ」


 選ぶ職に近いスキルじゃないとダメなのか……三つのスキルは慎重に選ばないといけないな。


「少しお時間をもらえませんか」



「決まったか?」

「……はい」


 閻魔様に返事はしたものの、汎用性の高い無難なスキルしか思い浮かばなかった。柔軟な発想ができる頭が欲しかった……。


「まず一つ目のスキルですが、防具を作成している時や冒険に出た時、有毒物を浴びて体が毒に侵されるかもしれません。そして疫病に食中毒などが怖いので、それらを防ぐ様な健康体でいられるスキルが欲しいです」

「よかろう。後二点言ってみろ」


 閻魔様は手に持っているしゃくに筆を使い希望を書き込んでいる。私がスキルを何にするか悩み始めると、仲居さんが笏と筆を持ってきた。


「二点目は、私の分身を出せるようにして欲しいです。作業などの補助をさせようかと思います」

「現地で雇うのでは駄目なのか?」

「前世で同僚が突然音信不通になった苦い経験がありまして……」


 そうかと、苦笑いしつつ笏に書いている。


「最後だ! 望むスキルを言え」

「異世界で生活していて私の力ではどうにもならない困難に直面した時、一度だけ手助けをしてもらう事はできないでしょうか?」


 正直、この願いは最初に思いついた。


 困った時パワハラ上司に相談しても、自分で考えろと突き返され手助けは一度もなかった。それ故の渇望かもしれない。


 ただ、スキルと言えるのだろうか? そして、スキルとして授けられ、実際に困難に直面したとしても果たして使う事ができるだろうか? 使った後に、残しておけば良かったと後悔するんじゃ……などと色々考えてしまい結局使えないままの気がする。けど、あれば心の支えになってくれる。


 ゲームでの話だが使い切り型の貴重なアイテムが手に入っても、勿体無くて使えずにそのままゲームをクリアしまうことが多々あったな……。


 閻魔様はスキルの返答に悩んでいるのか、沈黙が訪れた。



「手助けの内容次第では叶えることができない。と言う条件付きでよければ、スキルとして授ける事は可能だが、どうする?」


 神頼みならぬ閻魔頼み。条件付きでも十分だろう。


「お願い致します」

「よかろう、まず防具職人としての職を授ける。そしてワシが言ったスキル三点と、お前が望んだスキル三点を付けて異世界へ送り出す」


 閻魔様が何か呟くと、笏が黄金色に光り輝き出した。


「体を楽にして受け入れろ」


 輝く笏が閻魔様の手元を離れ、そのまま私の体に中に入ってくる。


「これは餞別の魔法の小袋だ、見た目以上の容量がある。それと、中にアイテムを数点入れておいた。自由に使ってもらって構わない。魔法の小袋に手を入れれば、中の物の情報が頭に流れ込んできて取り出したいと思う物を選べば取れる」


 懐から魔法の小袋を取り出し、使い方の説明してくれた。どう見ても巾着袋だが……名前と見た目のギャップがある袋だ。


「ありがとうございます」


 受け取った魔法の小袋は、アイテムが入っている様な重さは無く膨らみもない。


「《空間収納》も使いたいと思いながら手を伸ばせば頭の中に情報が流れ取り出せる。そして容量はかなりある。魔法の小袋と違う点は、入れた時の状態を維持し変化しない事だ」


 ほほー、折角だから《空間収納》を試してみるか。


 魔法の小袋を手に持ちながら《空間収納》にしまいたい。そう考えながら腕を伸ばすと、手首から先が何もない空間に溶けるように消え、腕を引くと持っていた魔法の小袋が無くなった。何とも不思議な光景だ。


 生まれて初めてスキルというものを使ったが、昔から使っていたかのように自然と使うことが出来た。


「異世界で生活をしていく中で、お前に相談事を持ちかける人物も現れるだろう。その中で特に解決すべき相談が持ち込まれた時、お前にだけわかる音が自然と鳴る。その時がきたら、できれば力を貸してやってくれ」

「分かりました」


 閻魔様が満足そうに頷いた。


「だが、お前は防具職人であり普通の人だ。それゆえ、依頼を受ける時は自分の力量でこなせるか否か考えて受けるが良い。無理はするな。無理した結果どうなったかは前世で思い知っただろう。今から行く世界では、もっと命は軽く扱われている」

「ご忠告ありがとうございます」


 異世界へ転送される時がきたのか、私の体が薄くなり始めた。……ふと気になり閻魔様に質問をする。


「もし私が、勇者や賢者などの職を選んでいたら、どうなっていたのですか?」

「なんだ気になるのか? 今ならまだ選択を変える事ができるぞ」


 首を横に振る。


「それでいい。ようやく平穏になった世界だ。尖った能力を持つ異世界人は刺激が強すぎて、欲しておらん。それを選んだものはお引き取りしてもらっている」


 ……笑顔が怖いんですけど。


「もう一つお聞きしたいのですが、閻魔様と異世界はどの様な関係なのですか?」

「それは……」


 初めて閻魔様の目が泳いだ。


「お前は知らなくていい」


 体の輪郭がぼやけ目の前が明るくなる。


「芽吹、お前には期待をしていない。好きに生きろ! ただ、感情に飲み込まれるな」


 光が体全体を包み込んだ。

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