転生して就きたい職業? 防具職人以外ある? 幼女竜もいるよ

ぬるま湯御膳

第1話 プロローグ1

 目の前にあるスチール製の仕事机が、ドラムの様にドンドン鳴り響いている。私にとってはもはや見慣れた光景だが、今日はいつも以上に大きな音を奏でていた。


 ここがゲームの世界なら音の効果によって、演奏者にはテンションアップのバフが得られ、私にはモチベーションダウンのデバフがかかるだろう。お察しのとおり私は、パワーハラスメントを受けている。


 今進めている企画はいつものメンバーと行う、ありふれた仕事となるはずだった。ところが社内一、パワハラで有名な部長が上司として取り仕切る事になった途端、地獄に転落した。

 

 当初の予定より何故か企画の目標値が大幅に引き上げられ、それを達成させる為に日々部長の罵声と机ドラムが部署に響き渡っている。

 

 パワハラ部長の圧に耐え切れずに、私の部下達が何人も離脱してしまった。中には精神を病んでしまい会社を辞める者も出ている。補充要員は来るには来たのだが、全員パワハラ部長の息がかかった人間で、連携なんて取れるはずもなかった。課長である私がサブリーダーを務めてはいるものの、負担はもう既に限界突破している。


「テメェどうなってんだ! ここんとこの進捗が遅れてんだよ! いい加減にしろ!!」


 最初こそ反骨の精神で仕事に打ち込んでいたが、日々の御指導パワハラで心が削られ口から出る言葉は謝罪の一言だけになってしまった。


「……申し訳ございません……」

「お前もう駄目だ、いい加減腹括れや」

「……一日考えさせて下さい」


 身を引けと言い渡される。


「疲れた……。ここしばらく、肩こりがとれないしまぶたの痙攣も止まらない……」 

 

 うつむいたまま会社の廊下を歩いていると、喫煙所から話し声が聞こえてきた。


「部長、不倫バレからの離婚が決まったらしくてさ、慰謝料払うの厳しいからってえげつない数字組んだよな」

「だよなー。でもよ、達成したら相当なキックバック貰えるんだろ、あ〜俺も出世したいな〜。出世と言えばお前、近々課長に昇格だろ。飯奢れよ」


 パワハラ部長の部下達の声だ……会話の一部しか聞こえなかったが、内容は私達の企画の事だ! 寝る間を惜しんで仕事をしていたのは、部長の慰謝料のためだと? 目に掛けてた部下も病んで辞めていったのに……。


 目の前が大きく揺れる。そこから先の記憶はなく、気がついたら布団の中で泣き叫んでいた。



 目覚めると見知らぬ天井だった。


「あれ?」


 ここはどこだ? 寝ぼけ眼で辺りを見回すと、見知らぬ広い和室に居て何故だか布団に包まれている。床の間には掛け軸と生花が飾ってあり、どこか厳かな雰囲気が漂っていた。

 よく見るといつも寝ているせんべい布団では無く、包み込まれる様なふわふわな布団である。ただ、着替えずに寝てしまった様で、仕事で着ている安物のスーツがシワだらけだ。


「すいませ〜ん。誰かいますか〜」


 声を発してみたものの反応はなく、広い部屋に虚しく自分の声が響き渡った。


 なんでこんなところにいるんだろう? 昨晩ヤケになって高級旅館に泊まり込んだのか?? いやいや、そんなわけはない! ……はず。う〜ん、思い出せない。


 布団から抜け出し部屋の隅々まで視線をやるが、鞄も無ければ財布も見当たらない。……まずい、支払いどうしよう。

 

 悩みながら部屋の中をうろうろ動き回る。


 あれ? そういえば頭がスッキリしてるし、体の調子も悪くない。……そうか、夢の中か! それならば目覚めるまでの間、ここの高級旅館を満喫しよう!


 温泉に入って美味しい食事を食べて、もう一度温泉に浸かって〜最後はお土産コーナーでも覗いてみようかな。温泉楽しみだな〜仕事の日々だったから学生時代以来だ。浴衣はどこかな。


 押し入れを物色していると、突然障子の開く音がした。


「おう、起きたか」


 そう言って平然と部屋に入ってくる人物と目があった。


 悲鳴を上げなかった自分自身を褒めてあげたい。目の前にいる男は黒髪のオールバック、太く凛々しい眉に立派な髭を口と顎に生やしている。肌は赤色をしていて、甚平じんべえ姿から覗く厚みのある大胸筋。太くたくましい腕、はち切れんばかりの太もも、全てが太くて筋肉質な身長二メートルもある大男だ。


「ちょっと話をしようや、ついてきな」


 ドスが効いた声を出して、大男が入ってきた所から出ていった。


「こぇェエええ」


 何というど迫力!! この後、夢ならではの突拍子もない急展開になりそうで、正直ついて行きたくはない。でも、出入口はそこだけか……。


 うん、無視しよう。


 部屋を隈無く探したけど浴衣は無かった。しばらくスーツ姿で過ごすことになるが、旅館を探索がてら温泉を探すか。


 大男が入ってきた障子の先は渡り廊下になっている。ガラス越しに庭の景色が目に飛び込んできた。そこには大きなお寺でしか見かけない様な見事な日本庭園が広がっている。


「……凄い……」

「おい、早く来い」


 見入っていると、長い廊下の曲がり角から先ほどの大男が半身を覗かせ、痺れを切らしたように声をかけてくる。


 まだいたか、仕方がない……。

 

「すいません、今行きます」


 小走りで廊下を進む。お香の香りを感じながら角を曲がった。


 大男は縁側で腕を組み仁王立ちして池を見ていた。池を中心に広がるこれまた見事な日本庭園。池の中央にはいくつかの島があり、渡るための石橋も掛けられている。そして、色とりどりの錦鯉がゆったりと泳いでいる。


「そこに座れ」


 そう言いながら大男は池を見ながら縁側に腰を下ろした。私もビビりながら隣に座る。


「ここは何処だか分かるか?」

「申し訳ございませんが、分かりかねます」


 圧に押され、変な話し方になってしまう。


「そうか……」


 仲居なかいさんがお茶を持ってきてくれた。大男がお茶を受け取ると、あぐらを組みながら私の方を向く。私も空気を読み大男の方を向きお互い向かい合うような形になった。大男を目の前にしてあぐらをかく度胸は無かったので私は正座をしている。


「自己紹介がまだだったな、ワシは閻魔大王。そして、ここは地獄。お前と話がしたくて屋敷に連れてきた。と、言っても覚えていないだろうがな。用件を先に言わせてもらおう、お前……異世界に行ってみる気はないか?」

「はい?」


 私と話しているのは相手は、閻魔様で……ここは地獄? そして異世界? この強面の大男は何を言い出すんだ? 意味不明な言葉のトリプルアタックをくらい思考が停止する。


「少々お待ちください……」

「茶を飲め」


 言われるがままにお茶を飲む。動揺して味が分からないが、ぬるかったので玉露なのだろう……たぶん。


 一服したおかげで気持ち落ち着き、断片的ではあるが思い出してきた。


 私の名前は、芽吹 宗治めぶきそうじ。三十六歳、独身だ。仕事に追われ碌に休みを取れず、有給? 何それ美味しいの?? という日々を送っていた。最近は、罵声を浴び続けた為に頭を下げる事が仕事になっていた気もする。


 最後に記憶があるのは……。そうだ、会社の喫煙所から漏れていた話を聞いてーーー。そのあたりから思い出せない。次に記憶があるのがここだ。


 あれ? 今地獄って言ったよな。


 心臓が大きく鳴った。目の前の大男が閻魔様なら私は死んだことになる。


「返答させていただく前に、質問しても宜しいでしょうか?」


 声が震えているのが分かる。


「かまわんぞ」


 ゆっくり頷いてくれた。


「あの、私は死ん……」


 閻魔様が哀愁を帯びた表情になった。


「過労死だ」

「そう、ですか……」 


 過労死か。言葉にしてハッキリと言われると……くるものがあるな……。


「閻魔様、どうして私を異世界にお誘いするのですか? 特に秀でた能力はなく、外見も優れているわけでもありません。趣味らしい趣味も無く仕事に追われるだけの日々を送っていた、凡人たる私なのですか!」


 死を受け入れる事ができず、大きな声で当たり散らす私。力が入り過ぎて片膝まで立ててしまっている。閻魔様に当たるのはお門違い……それは分かっている。でも、止められない。


「確かに貴様は優秀と言える人材では無い! 正直気まぐれだ」

「えぇぇ……」


 ドスの効いた大声で返され、高ぶった感情が一気に冷え腰を落とした。


「と、言うのは冗談だ。詳しくは言えんがお前の様な境遇の奴を送る事が決まってな、それなりの人数に声を掛けている。行きたく無いと言えば、当初の予定通り輪廻転生してもらう。無論、今ここで話した会話は覚えておらんから安心しろ」


 一転して優しい口調で語るように話してくれたおかげで、少し冷静さを取り戻せた。……異世界。どんな場所なのだろうか? 全く興味が無いといえば嘘になる。


「それに、異世界の情報が無いままに、行くかどうか判断しろと言うほど鬼じゃない。ワシは閻魔大王だからな」


 豪快に笑いだした。こちらはまだ距離感が掴めず、愛想笑いしかできない。


「お前に行ってもらいたい異世界は、剣と魔法が飛び交う世界だ。どうだ行きたくなったろ!」


 説明みじか!


「あ、あの。もう少し細かく異世界について聞きたいのですが」

「食いついて来たな、よしよし。ならば少し語る、足を崩して楽に聞け」


 閻魔様がお茶を飲み目を閉じた。

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