この因習の向こう側 前編
目が覚めると私は自分がシナリオを描いたゲームの世界にいた。
こんな物語のようなことがあってもいいのだろうか。
これは現実逃避した私の妄想だ。きっとすぐに目が覚める。そう思っていたが、一向に目が覚めることはなかった。
『美しい自然にやさしい住人。この村はとてもいい人ばかり……』
そんな書き出しで始まる私のシナリオはとうとう日の目をみることはなかったけれど。
それがこうやって目の前に現れた。
この感動は何者にも代えがたい。
私はこの世界での日常を全力で楽しんだ。
本格的な日本家屋に細部にまでこだわった草花の造形。
日本の伝統的な因習村だ。
とくに夕方には村が夕焼けで真っ赤に照らされそれが徐々に闇に包まれてぽっかりと穴が開いたような暗闇になる表現は何かに恋したときを思い出すような美しさがあった。
まあ、それらがこのゲームがリリースされなかった主な原因なのだが。
そう、あまりにも細部にまでこだわりすぎたせいで、予算が消え、リリースまで行きつかなかったのがこのゲームだ。
ホラーゲームなのに美しく、移住したくなる村というのがコンセプトだった。
実際、事件を起こさずにプレイするとそれは日常もののゲームのように、家を改築したり作物を育てたりと永遠に遊び続けることができる要素満載だ。
そう村の禁忌をやぶらなければ……。
ただ、一度でも村の禁忌を破ると日常RPGはホラーゲームに様相を変える。
夜、一人で出歩かないという簡単な要素なのだけれど、ついクラフト系に夢中になってしまうと家に帰るのを忘れて、ホラーゲームが始まってしまう。
ホラーゲームが開始されると、ゲーム内の時間は加速度的に短くなっていく。
でも、さすが因習村。
村の住人達はみな素直で村の掟を破って、出歩くものなんていない。
このまま永遠に楽しいほのぼの日常ゲームが続いていくと思っていた。
こだわりぬかれたこのゲームの世界は悪くない。
睡眠も食事もろくにとれず、その上やりがいまでも搾取されるどころか奪われた私にとってはこの村は天国のようだった。
美味しい食事にきれいな景色。
うるさい子供はいない。
そして、一番のお気に入りはカフェだった。
住民投票という機能を活用して、私は村にカフェを作った。
住民とコミュニケーションを十分にとってあらかじめ作りたい方向性なんかをはなして、一定数以上の住民から賛同を得られると施設や家具を追加できる。
ホラーゲームとしては斬新、日常ものではありきたりな機能だ。
こういう要素を盛り込むことばかりしていたから、リリースまでいたらなかったと、カフェが完成したときに思った。
木のぬくもりがあたたかなカリモクのソファーに淡い色のガラス瓶が並べられた窓辺、その窓の奥にはまだ土地の余裕があって、園芸まで可能になっていた。
私はこのゲームを永遠にクリアもゲームオーバーも迎えないと決意したのは言うまでもなかった。
スローライフでストレスから解放された日常。
たとえこれが夢だとしても可能な限り目覚めたくないと思うのが人情だ。
でも、そんな日常がある日、突然くずれさった。
原因は……最近ひっこしてきた新しい住人、有瀬歩惟のせいだ。
住人がひっこしてくる昨日なんて聞いていないけれど、この村の住人はすこしずつ増えたりする。
ゲームとしては友達がつくった村に遊びにいけるという、大御所ゲームでもある機能だが悪くはないと思った。
だけれど、有瀬さんが引っ越してきてから、村の中でホラーゲーム化の兆候が見えるようになった。
まず、一番顕著なのが、時間の進みがあっという間になった。体感の話をしているようで、実際に変化が一番測りやすい。因習村化が始まると実際に一日にとれる行動のが目減りしてしまう。とは言ってもユーザーからの不満がでないように、一コマンドの中にある複数選択しが徐々に選べなくなっていくという工夫をしているのだ。例えば、今までは畑に行けば耕したり、新しい植物の観察、害虫退治、もぐらたたきや宝探しのミニゲームなんかができたのが、主にとれる行動が収穫になってしまう。食物があっという間に育つのでそれを収穫するようにと人の注意はそちらばかりに向いてしまうのだ。これじゃあ、スローライフ系ゲームとしてのだいご味が大きく失われてしまう。
その他にも、カフェにいくという行動はとれるが、そこで住人とおしゃべりをしたり、常連になると新メニュー開発なんかのイベントが起きるのが、ただ食事や飲み物を注文して音楽が流れるだけで終わってしまう。
私が大好きだったゲームは非常につまらないものになってしまった。
それでも、私は自分が作り上げた村を毎日歩き回った。
好物の果物ばかりが育つ果樹園。
新メニュー開発をなんども繰り返したカフェ。
家の中だって、伝統的な日本家屋であることを生かしつつ、モダンに仕上げ、お洒落な古民家カフェ風に仕上げてある。
どれもこれも私の最高にお気に入りのものに囲まれた生活だった。
目が覚めてしまう前に少しでもこの世界を味わおうとした。
この夢にはなぜだか夫もずっと登場しつづけている。
ときどき、姿を消すが、たいていは私のスローライフにつきあってくれる。
スローライフ系のゲームを二人でまったり家のリビングでプレイした日々を思い出して懐かしくなった。
「この家具カワイイ! けど高すぎる」
私がゲーム画面の前でそんなことを言って悶えていると、夫は関心のない顔をしながら、ちゃっかりその家具を交換で手に入れたり、ダウンロードカードを買ってきてプレゼントしてくれたりした。
そんな彼と、実際にゲームの世界に入り込んで過ごす日常。
夢だとしてもいままで頑張って仕事をしてきた私に神様からのご褒美だと思った。
でも、そんな日常も長くは続かなかった。
日々の減っていくコマンドのなかでやりくりして少しでも夫との思い出を増やそうとしていた矢先、私はあるものを見つけてしまった。
村の入り口の祠が壊れている。
そもそもこの祠は通常では壊れるこのない、破壊不能オブジェクトだった。
人がぶつかったり、わざと武器のようなものをもって殴りかかっても壊れることのない祠。
その祠が村の入り口である花畑で無残な姿になっていた。
この祠が壊れると迎えられるエンドは二つに絞られる。
一つは村、全滅エンド。ガチでヤバイ因習村は、外から来た人によって滅ぼされ、二度とその因習も村も復活することはありませんでしたというこの世界自体が消滅するエンド。
もう一つは、バグエンド。特に珍しいことは起きないけれど、一度そのバグエンドを迎えると永遠に他のルートのエンドをみることなくこの因習のある村が永遠に続くという私にとっては夢のようなエンディングという名の永遠のゲーム生活の始まりだった。
もちろん、目指すのはバグエンドだ。
全滅エンドなんて悪夢はごめんである。きっと、そんなエンディングになれば私も現実で目を覚ましてしまう。
夢であったとしても、もう少し夫とこの楽しいゲームで遊んでいたかった。
私は必死に思い出すことを試みる。
バグエンドを迎えるための条件を。
バグエンドというくらいなので、通常は行われないプレイヤーの行動の積み重なりで発生する。
この因習村のゲームはかなり作りこまれているから、プレイヤーの行動としては様々なものを網羅している。
因習村らしく、禁忌を犯したり、自然の中で命を落とすというものから、村人と結婚したり、嫌いな殺すことまでできる。
オープンワールドのゲームほどの自由はないけれど、プレイヤーにその自由から錯覚してもらうことも目標の一つだった。
その中で偶然に生み出されたバグエンド。
プレイヤーがやりそうでやらなさそうな行動。
発生させるのはかなり難しいないようだったと思う。
普通にプレイしていては思いつかない行動をとらないといけない。
そのバグエンドを見つけたのが私の夫だった。
村の入り口の祠が壊れたら、全滅エンドのはずだった。
だけど、たいていのプレイヤーはそこまで話が進めば村の入り口にいくことなどまずない。
美しい青い花畑というだけで他に特別な魅力がないから。
プレイヤーがその祠が破壊されていることに気づくのは、エンディングの直前、村から脱出するときぐらいのはずだ。しかも、脱出途中だから気にも留めない。
たぶん、これだ。
この祠がバグエンドを迎える条件だったような気がする。
そうだ……バグエンドを迎えるためにはこの祠を立て直すこと。そして、もう一つは村人からの好感度の合計値を一定まであげることだった。
村人からの好感度を一定以上あげなければいけない。
通常であれば、何度も会話をしたり、相手の好きなものをプレゼントすればいい。
だけれど、それは時間がかかるし特定の村人だけしか仲良くなることができない。
一体どうすればいいのだろう……。
方法がないわけではなかった。
一気に村の男性たちからの好感度をあげる方法が。
この村の因習は誰が為に 華川とうふ @hayakawa5
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