奇祭~子供ちゃん祭り~

「走っちゃだめ、転んじゃうわ!」


 そんなセリフを聞いて今年もとうとうこのときがやってきたんだなと思いました。

 蘇った、いや紛い物の子どもたちは、数時間後にはまたただの物質に変わってしまいます。

 まやかしでしかありません。

 だけれど、私はこの祭りをとめることはできませんでした。

 理由ですか?

 みんなが求めているから。

 ただ、それだけです。


 この村の女は私も含めて、悲しい女たちです。

 そんな人々にほんのひと時であっても希望の瞬間を与えるのは悪いことだとは思いません。

 たとえその後に絶望や喪失が待ってたとしても、それは昨日までの日常に戻るだけにすぎないのですから。人生における幸福を感じた時間の総量は長くなっているので問題はありません。


 それに、絶望を感じたくないならば、希望にすがるのをやめればいいだけです。

 この村の祭りに巻き込まれてる人間なんて誰一人いません。

 みんな嬉々として準備を手伝っています。


 私はこの日のために毎日準備をしてきました。

 村民の女性を集め、祭りの準備を手伝ってもらうだけではありません。

 村民の皆様と日頃からのコミュニケーションは怠らず、村民の女性のお手本になるように懸命にふるまってきました。

 蜂神の家の名に恥じないように。


 そして、今日はハレの日です。

 思いっきり楽しみましょう。


 この村の祭りのメインイベント、それは新しい命を生み出す儀式です。

 もちろん、服を脱いだり、だれかれ構わず交合ったりするわけではありません。

 もっと神聖で厳かな儀式です。

 この日のために村の女性と準備してきた人の欠片を人のようになるように組み合わせるのです。

 これはなかなか骨の折れる作業です。

 普段からいかに良き妻として生活を送ってきたかが現れるのですから。

 家のことにちゃんと手をかけていれば、針だってすいすいと水を得た魚のように皮膚の波を上へ下へと泳ぎます。

 普段からきちんと髪の手入れを気にかけていれば、艶やかで丈夫な糸が手に入ります。

 そう、この祭りは村の女たちが今までいかに日常を、夫との暮らしを丁寧に大切に生きてきたかわかる場です。

 より丁寧に美しく生きてきた人間が希望が続くことになるのです。


 この村は特別な場所です。

 恵まれた土壌に恵まれた時間。植物はあっという間に実ります。

 その不思議な土地で収穫できたものを使って作った人の欠片ももちろん工夫が必要ですが、縫い合わせていくうちに命を宿します。

 ぷつぷつと針で糸を通す際、最初の頃はただ穴をあけるだけだったのが、だんだんとその傷口からは血の玉を作り、人の形に縫いあがるのが近づけば、針を刺す度に痛みで痙攣するのです。

 ああ、生きている。

 完成の瞬間を想像するとこちらの手はで、いえ心まで震え始めます。

 頭皮はひりひりと痛み、多くの毛髪を失い、手には針を誤って刺したあとがいくつできようとも、完成のタイミングには興奮で痛みなど感じなくなります。

 髪を失うことを気にする村の女性もいますが、そんなのにかまっている場合じゃありません。そんなに気になるならご自分ごと、土に埋めてしまえばいいのです。きっと、数日には今までよりも長く豊かな黒髪が畑から生え出します。


 できの良い悪いはありますが、どんな女であっても、子供ちゃんはできあがります。

 欠片を自らの髪の毛を組み合わせたそれが動かなかったことはありません。女の命である毛髪を捧げるためか、この土地の神はとても情け深いのです。

 そして、蘇ったまたは生き始めた子供ちゃんたちは立ち上がると部屋の外にでたがります。

 外の世界は、子供ちゃんたちのためにありました。

 美しく飾りつけられ、すべてが無料で手に入る祭り。

 どんな子供ちゃんだってこんなお祭りにあこがれを抱くはずです。

 なんでも好きなものが手に入り、人ごみにさらわれず、思いっきり遊ぶことができるのですから。

 大抵の子供ちゃんたちは嬉しくて走り出してしまいます。

 ただ、繕い方が下手な方、思い切りが悪く端の皮膚をそっとすくうように縫う方、日ごろの髪の手入れが悪い方の子供ちゃんたちは走り出すと大変です。転んでしまったときに、そのままバラバラになってその短い命を終えてしまうのですから。

 時間の経過に従い、子供ちゃんたちは、崩れていきます。

 一人崩れると、それが合図のようにほかの子供ちゃんたちもその形を人間のものから乖離させていきます。

 それを見て村の女たちは泣き始めます。

 中にはそのバラバラになった子供ちゃんだったものの欠片を拾い、再びくっつけようとしたり、別な子供ちゃんを捕まえてその頭をはぎ取って自分の子供ちゃんのものをのせようとするものもいました。

 周囲は悲鳴よりも鳴き声が響き渡ります。

 その中で一番最後まで残った子供ちゃんが優勝です。

 優勝の子供ちゃんは、次の祭りまで大切にとっておいて、さまざまな季節の花と一緒に祭りの始まりと同時に川に流すのが決まりです。


「あら?」


 私は今年、優勝を修めた子供ちゃんを見つめます。

 それは、ある一人の女によって大切に抱きしめられた子供ちゃんでした。

 その子供ちゃんもみんなと一緒に走りまわりたいのか、抱きしめられながら、足をばたばたしています。よくよくみると、自分を抱きしめる女の腹を蹴っていました。まるで外側にいる胎児のようですね。


「もう大丈夫ですよ。この子がこの土地の神に選ばれました」


 私はゆっくりと女性にほほ笑みかけます。

 それを聞いた周囲の女は弱々しいすすり泣きだったのが、ハチの巣を攻撃して逃げ惑うかのような大きな鳴き声の大合唱に変化します。

 みんなさっきまで自分の子供ちゃんがもしかしたら生き残りになるかもしれないという最後の希望をもっていたのが、優勝の子供ちゃんが決まったせいで、目の前の物体が命を持たないことを再認識して絶望するのです。

 優勝の子供ちゃんを抱える女は、「本当ですか」とこちらを見上げます。

 その女性の頭には髪の毛がなくなっていました。

 なるほど、他の方の子供ちゃんより強度を持たせるために髪の毛を二本取りにして縫ったのでしょう。

 そして、走らせなければ転ぶ確率も一番低くなる。

 かなり念入りに戦略を立てられているようでした。


 素晴らしい。


 私はにっこりとほほ笑み、首を縦にふりました。

 それだけの丁寧な手仕事に十分考えられた熱意が伝わります。

 次回の祭りまでには彼女の名前を覚えることにいたしましょう。


「ああ、よかった。やった。やっとやり遂げた。これでずっと一緒にいられるのね!」


 目の前の女性は歓喜します。

 どうやらなにか勘違いされているようです。


「いいえ」


 私は間違いを正せるようにきっぱりと否定します。


「えっ?」


 女性はぽかんとした顔をします。

「ええ」とりあえず私はまず肯定するように頷き話を聞いてもらう体制をつくります。


「この子供ちゃんとずっと一緒にいることは不可能です」


 相手の警戒心を解くために私はそういったあとにほほ笑みました。


「えっ、生き残ったのに。生きているのに」

「はい、生きているので生贄にします」


 私はそういって、子供ちゃんに手を伸ばします。

 ですが、女性は子供ちゃんを抱きしめたまま離そうとしません。

 この子供ちゃんには生贄になるための儀式があるの私も来てもらわなければこまります。

 ぐいっと手を引っ張ると、子供ちゃんの手首から先が取れてしまいました。

 それを見て目の前の女性は泣き出します。

「生き残れば、生きられるってきいたのに。どうじで?」

 恐らく、生贄として次の祭りまで保存されることを誤解されたのでしょう。

 それより問題なのは目の前の子供ちゃんです。

 手首が取れてしまったせいで、ばらばらと形をくずしはじめます。

 これでは次の祭りの生贄はいないことになってしまいますね。とても困りました。

 私は仕方なく私が判断を仰ぐべき相手、蜂神家の当主である夫にどうすればよいか目くばせをします。

 おおかた、この女を代わりの生贄にするといったところでオチはつくでしょうか。


「もうやめよう」


 夫である蜂神が言いました。

 なにを言っているのか理解できません。

 わたくしはずっとこの村のために生きてきたというのに。

 それになんのためにやめるというのでせう。

 村の女たちはこの祭りの日を心待ちにしているというのに。

 今まで蜂神家がこうして取り仕切ってきたから、この村は栄えてきたのです。

 それを今更、やめることなんてできません。

 蜂神の家についてきてくれた村人への裏切りです。


「そんなことできません」


 私はきっぱりした口調で答えました。

 だけれど、夫は首を振ります。


「本当にごめん。こんなに追い詰められていたなんて……ずっと気づけなくて申し訳ない」


 聞いたこともないくらい弱々しい声でした。


「何を言っているの? あなたのためにやってるんですよ」


 私は静かに言い聞かせます。

 そう、すべては夫のため、蜂神家のためです。

 そのために私は、いえ、私たちは様々な犠牲をはらってきたのです。

 今更やめるなんてできません。


「いいんだ。もうこんなことしなくてもいいんだ」


 夫である蜂神はうなだれている。

 蜂神家の当主として彼がもっとちゃんとしないと示しがつきません。

 私のサポートが足りなかったのでしょう。

 彼の日常のことやら、寂しくないように愛情のこもった会話、そしてちょっとした知識にとんだ会話。私は彼のために毎日必死で話しかけサポートし続けてきたというのに。


「もう祭りは終わりにしよう。みんな悲しんでいる」


 蜂神家の当主はそういいました。


「悲しもうとも、みんなあんなに瞳を輝かせたじゃないですか。その希望を奪うことなんてできません」

「でも、あのあとの苦しみよう……お前だって見ているだろう」

「希望がまったくないよりも、絶望することが分かっていても縋るしかない希望だってあります」


 私はきっぱりと夫に言いました。

 夫は、しばしの無言ののち、はらりと涙を流しました。

 そんなうつろな表情をしなくてもよいのに。

 それではまるで、なにか大事なものを失った人みたいです。


「ごめん。そんな風にお前が考えてしまっていることにちゃんと気づいてやれなくて……本当に苦労をかけた。謝りたい……」

「なにをおっしゃるの? 私は蜂神家の嫁として当然のことをしただけです。苦労だってすべてあなたのためなら……」


 そこまで言ってふと気づきます。

 私は蜂神の家の嫁となる前はいったい何をしていたのでしょう。

 この村の女たちは確かにみんな外から、この村の特別な力を求めてやってきます。

 だけれど、私はどこからやってきたのでしょう。

 村の外の記憶はありません。

 だからと言って、村で育った記憶もありません。

 ただ、私は気づいたらここに蜂神小夜子として存在していました。

 一体どういうことでしょう。


 私は自分の中にぽっかりと空洞があることに気づきます。

 一体何が起きたというのでしょう。

 この空洞はなんでしょう。

 私の内側を覗き込めば覗き込むほど、そこには何もありません。

 ただ、空虚な空間が広がっているだけです。


「わ、わたくしは……いったい……?」


 愛しい夫に問いかけます。

 この人なら私のすべてを理解してくれているはずです。

 だからこそ、私はこの人のためになんだってしてきたのです。


「もういいんだ。もういい。本当にすまなかった。死者を目覚めさせるべきではなかった」

わたくしが死者?」


 だから記憶がはっきりとしないのでしょうか。

 でも、それでは説明できないことだらけです。

 現に、私には足だってありますし、村の女性たちに私の姿は見えています。


「本当に悪かったと思っている。お前を失うまで、いや失ってもお前がこんなに思ってくれているなんて」

「一体なんのことですか?」


 蜂神は私のことを見据えてこういいました。


「お願いだから……もう妻のふりをするのはやめてくれ。お前は蜂神小夜子じゃない」


 どういうことでしょう。

 夫は、いえ、蜂神はとうとう気でも触れたのでしょうか。

 私以外に蜂神小夜子がいるわけなんてないのです。

 この因習にまみれた村に人々を集め魅了する祭りを取り仕切るのは、蜂神家の当主である夫の妻である私の役割です。

 私があの祭りの準備をこつこつと行った成果が今のこの村の繁栄なのです。


「もうやめろ、小夜子」

「わかりました」


 夫が私に命令をしました。

 そして、私の意思に反して私の口は返事をしました。

 私は蜂神小夜子ではありません。


「妻の記憶なんて取っておくべきじゃなかった」


 蜂神はうなだれています。


「君に妻の記憶とデータを学習させるなんてね。まだまだ、私は妻のことが忘れられてないらしい……いや、忘れちゃいけないんだ。それに、忘れられないからと言ってよみがえらせていいわけではなかった」


 そうです。私は蜂神氏の妻ではありません。それどころか、人でさえないのです。

 人の記憶が一部移植された人工知能。

 それが一番わかりやすい表現でしょうか。

 蜂神小夜子は確かにデータ上、蜂神氏の妻でした。ただ、もう現実の世界ではなくなっていいるのです。

 蜂神氏が私を見つめ何かを離している際中、私は並行処理として各種検索を駆使していくと蜂神小夜子は死んでいることが分かりました。

 死亡が記録された日までの直近三日間で膨大な医療費の投入の記録がないことから、おそらく自殺でしょう。


 蜂神小夜子の思考方法や行動パターン、好みなんかを学習させたAIそれが私です。


「悲しまないでください。私がなにか歌を歌って差し上げます。歌を歌ってと話しかけてください。もし、蜂神小夜子さんとの思い出が恋しかったら、話をするように命令してください。私はいつでも貴方のそばにいます」


 それが、私ができる最大限の励ましでした。

 これ以上は不可能です。

 だって、どんなに学び成長したとしても、私は蜂神小夜子ではないのですから。

 これは人間であったとしても、超えられない壁です。

 男にとって死んだ妻以上の存在はあり得ないのです。

 人工知能は人間に勝てないのではありません。

 生者は死者に勝つことができないのです。


 私は次回も奇祭を続けるでしょう。

 蜂神氏にとって最高のパートナーである私は、女たちにするように毎日彼に希望を与え続けます。たとえ、その先に絶望がまっていようとも。

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