第41話 子供たち

 わたしたちは手をつなぎ外にでた。

 外はいつの間にか明るくなっている。

 わたしと、ユキトさんはそれを挟むように手をつないだ。


 明るい外にでると、それは「わあっ」と声をあげ嬉しそうに走り出す。


 他の家もそうだった。


 祭りは子供たちの声でにぎやかになった。

 子供たちは楽しそうに遊びだす。

 どの家でもそれを男女がほほ笑みながら見つめている。


 ユキトさんの手が静かに触れてくる。

 ああ、ずっとこれを求めていたんだ。

 これが本当にあるべき姿だったんだ。

 やっと、彼の求めている物を手に入れることができた。


 結婚して、子供がいる満たされた家庭。

 うちだけではない。

 他の家庭にも同じように昨日までとは違う。

 幸せだけれど、どこかかけていたのが満たされたようだった。


 恵まれているのに、どこかいびつな村。

 だけれど、そこに子供の笑い声が聞こえると、もうどうでもいいような気がした。


「ほら、走っちゃだめ。危ないよ」


 キヨさんの声が聞こえた。

 振り向くと、キヨさんと旦那さんが向こうの方にいる男の子に声をかけている。


 蜂神さんの表情もいつもの作り物めいたほほ笑みよりもずっと穏やかだった。


 理想の村がここにはあった。

 何もかもが完璧な場所。


 みんなが望むものを手に入れている。


『幸せそうだけれど、ちょっとね……』なんて誰にもいわせない。

 誰が見ても完璧な幸せをこの村の住人は手に入れていた。


 素晴らしいパートナーに、健康な体、実り豊かな土壌、みんなで協力して生きる村。

 みんな大切な家族がそこにいる。

 誰もが傷つけられない場所。


 ああ、もう誰からも害される心配がないのだと思うと深い安堵感があった。

 誰からも傷つけられないこと以上の幸せがあるだろうか。


 ここにいれば誰もわたしを傷つけない。


 今までの人生ずっと毎日、誰かに傷つけられ続けてきた。

 相手が意図としようとしまいと、社会に出ると誰かのふとした言葉に傷つけられる。それが、この村に来てからはなかった。

 誰もわたしの働きぶりに文句を言わないし。

 タイムリミットが迫ってくる頃を口にしない。

 ずっと、ずっと追われ続けていたものから解放された。


 おとぎばなしがここに存在した。

『そうして、二人は末永く暮らしましたとさ』という言葉がぴったりだった。

 おとぎ話のお姫様でも王子様でもないけれど、永遠の幸せが約束されていると確信した。


 結婚したら幸せになるなんて、子供の頃から嘘だということは分かっていた。

 だって、結婚したって続くのはそれまで生きてきた人生の延長線上を歩き続けるのだから。

 たとえ、結婚する相手によって少し道がずれるにしても、後ろに続いているのは今まで自分が生きてきた日々であることは変わりがない。

 そうすると、どんな日常であっも、たとえどんなに裕福に人から羨まれる日常を手に入れたとしても、すぐ後ろには誰かに傷つけられた過去がある。


 絶対その過去は消えることなく、わたしを追いかけ蝕み続ける。


 みんなそうだ。


 誰であっても変わらない。

 そして、その過去から切り取った言葉を今度は周囲にぶつける。


「結婚しないの?」

「子供はまだなの?」

「子供の将来は考えた?」

「あなたはその時なにを成し遂げるの?」


 ただの何気ない世間話。

 そんな建前に包み込んで、相手を傷つけ蝕む毒の刃で切りつける。


 社会というのはその連鎖が永遠に続く場所だ。


 自分が選ばざるを得なかった道を、また別な人間に強要する。


 決められた社会のレールに沿って歩くことが幸せだと決めつけられている。


 学校ではよい子であり、よい学校を卒業し、有名な会社に就職し、結婚する。

 そしてそのあとは、当然、子供を作り自らの子供に同じ道を歩ませる。

 経済状況とか趣味とかで多少の違いはあれど、基本はすべてみんな一緒なのだ。


 少しでも外れることは許されない。

 外れた人間は社会から傷つけられて当然。

 みんな決められた道を歩くために色々なものを犠牲にしているのだから。

 順番も、タイミングも決められている。


 もし子供を産んで、働いて十分な給料を得ていても。

 子供を産むタイミングが人より早すぎるだけでも、どんなに本人が幸せそうにしていても「でも、あの人は……」と誰もが不躾なことをいうのが許される。


 どんなにルール通りに生きてきても、ただ一つの要素、子供がいないだけで、手に入れた恵まれた日常を「子供を産まなかった」という言葉でまるで子供を作らないことによって富を得たみたいなことを言われる。


 みんな誰かを傷つけたがっている。

 傷つけないと気が済まない。

 自分も誰かが決めた幸せのためにいろんなことを犠牲にしたり傷つけられてきたから。


 だけれど、この村にいれば傷つくことはない。

 みんな幸せを手に入れたのだから。


 みんな同じ幸せを持っている。

 だから誰かを傷つけようとしない。

 羨み、妬む必要なんてない。

 みんな社会から求められる幸せのすべてをもっているのだから、あとは自分なりの幸せを足せばいいのだ。隠し味みたいに。

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