第28話 ガラスに映ったもの

 デートからの帰りの車の中のことはほとんど覚えていない。

 ただ、眠くてわたしは車に乗るとすぐに眠ってしまったような気がする。

 眠くて、瞼が閉じけたとき、ユキトさんに「子供ほしくない?」と聞かれ反射的にこくりと頷いたのは覚えている。

 ずっと子供がほしかった。結婚したら子供を産むものだと思っていた。

 だから、ずっと子供ができなくて寂しかった。

 自分は今とんでもない時間の浪費を繰り返していて、取り返しのつかないことになってしまうのではないかと毎日不安だった。


 やはりユキトさんはすごいな。わたしの思っていることが全部わかっているのではないかと思ってしまうくらい。


 その夜は家に帰らなかった。

 そのままどこか知らないホテルに泊まった。

 あまりにも眠かったのでよく思い出せない。


 久しぶりのセックスは痛かった。

 なぜだか十分に潤まない自分の中心がもどかしい。

 体の中心に割り込まれた瞬間は血こそ流さないが強い異物感が頭蓋骨を締め付けた。

 ユキトさんに申し訳なかった。

 なんだかはじめての時に戻ってしまったみたいだった。

 それでもなんとかユキトさんは果て、二人で静かに眠った。


 そして、再び目覚めたときは喉がカラカラに乾いていた。ホテルの空気は乾燥するから前もってバスタブにお湯をはっておいたり、加湿器を借りたりすべきだったのにそれらすべてを飛ばしてしまったことを悔いる。

 窓の外をみると湖があった。暗くてよく見えないけれど、二人でピクニックした湖だ。

 ガラス越しに自分をみると、喉だけでなく、肌もあり得ないくらい乾燥しているように感じた。はっきりと映っているわけではないが、深く刻まれた眉間のしわ、はっきりとしたほうれい線、目の下のたるみ、そこには老女とはいわないけれど疲れた中年の女性がうつっていた。

 わたしは悲鳴を上げる隙もなく、慌ててバスルームに飛び込んだ。

 電気のつけ方が分からず、わずかな手探りでなにか保湿剤のようなものがおいていないか探す。

 なんだか、体がとても重かった。

 風邪をひいて何日も寝込んでしまったときみたいに足元がふらふらする。

 多少自動化されているとはいっても、毎日あんなに広大な家庭菜園をやっているのに、変な感じだ。

 なんとか手探りで保湿効果のありそうなクリームを見つけて肌に塗る。

 白浮きしてないかしらと何気なく鏡をみると、そこには暗闇ではっきりとは見えないけれど、疲れて年を取ったわたしがいた。

 ほうれいせんはくっきりと目じりには小さな皺、肌は乾燥しているだけでなくなんとなく使い古された感じがした。

 まるでおばけみたい。

 ぎょっとすると、鏡の中のその女も大きく目を見開いた。

 どうみてもわたしのようだ。

 わたしの記憶にある顔の状態とは違うけれど、ほくろの位置や一つ一つのパーツの形はわたしのものだった。

 だけれど、ユキトさんより年をとっているように見える。

 頬に手をあてると、自分の手なのにひどく固く乾いていて痛かった。

 いつの間にこんなことになってしまっていたのだろう。

 毎日、畑しごとのために外にでていただけでわたしの肌はこんなに劣化してしまったのだろうか。

 こんなに醜くなった姿を毎日なんとも思わずにユキトさんの前に見せていたなんて……。

 わたしはあわてて、洗面台の横にある保湿剤や化粧水を顔だけじゃなく全身に塗りこめた。

 一日でなんとかなるわけではないけれど、何もしないわけにはいかなかった。


 悔しかった。

 いつの間にこんなに老いてしまったのだろう。

 この体の痛みも、十分に潤って迎えられないのも年齢のせいなのだろうか。

 老いは誰にでもくるものだとしても、それがある日突然で、若さを取り上げられたような気分だ。

 悲しくて仕方がない。

 ユキトさんはこんなわたしでも変わずに接してくれていた。

 ぽろぽろと涙がこぼれる。

 こぼれた涙は塗りこめたクリームを落としてしまう。

 はやく眠らなければ……。


 わたしはベッドにはいり、ひっそりと涙を流しながら眠った。

 数時間後、ユキトさんに抱きかかえられるようにしてその場を去った。

 またもやすごい眠気に襲われていた。

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