第26話 目隠しでドライブ

「ほら、そこ段差があるから気をつけてね」

「ねえ、怖いから目隠し外してよ」

「だめだよ。次は車にのるよ。いつもの助手席だからね。そうそう、横にすわるようにしてあとから体をねじるようにもってくる方が楽だよね」


 ユキトさんはいつもの優しい口調のままだけれど、目隠しを外してくれる様子は一向にない。

 車に乗せられてからもわたしの視界は奪われたままだった。

 普通の目隠しでこんなに見えないものだろうか。ふざけて子供の頃とかに、運動会のたすきやリボンで目隠しを自分でしたときは少しだけ隙間から光が入ってきていた。

 ちらちらと入ってくる光と隙間から垣間見える世界はいつもよりも新鮮できれいだったのを覚えている。

 だけれど、今のわたしは完全な闇に包まれていた。

「ちょっとごめんね」とユキトさんの声がして、体のわきに何かが触れる。カチリッと音がして、シートベルトがしめられるのが分かった。なんだか、体を拘束されているようで嫌な気分になる。わたしの安全を守るためのものなはずなのに、ひどく窮屈で息苦しい気がした。

「じゃあ、出発するよ」

 ユキトさんの声とともに車が発進する。

 車の中はとても静かだった。

 ユキトさんの息遣い、いや心臓の鼓動する音まで聞こえる気がした。車のエンジン音で聞こえるはずなんてないのに。

 あまりの静けさと、聞こえない音で聞こえてくるようで頭がおかしくなりそうだった。


「ねえ、ラジオつけて?」


 この異様な環境をなんとかしたくて、わたしはユキトさんにお願いする。

 そうだ、ユキトさんはいつも運転するときにラジオをつけているからそれくらいは聞いてくれるだろう。


「ラジオはだめだ」


 ユキトさんの声はどこかよそよそしかった。


「なんで、いつもラジオ聞いているじゃない」


 わたしは思わず言い返す。ユキトさんは車に乗るときラジオをつける。自分のお気に入りのCDやプレイリストではなくラジオを聞くのは大学時代から変わらない。少し間があってからユキトさんは静かに、


「そうだね。でも、ラジオは壊れているんだ。だから、音楽で我慢して」


 そういって、音楽を流してくれた。

 聞き覚えのある歌手のものだった。わたしが大学を卒業するちょっと前にヒットした曲で謝恩会のあとのカラオケではみんな歌ってな。そのあと、この歌手は結婚して、子供を産んで、この間二人目の妊娠が発表されて……あれ? わたしはこの間、大学を卒業したばかりなのに、どうして二人目の妊娠が発表できるのだろうか。だれか別な歌手と勘違いしていたのかもしれない。

 もとから、流行りの音楽とか芸能人には興味がないので、誰かと取り違えているかもしれない。

 そんなことをしばらく考えていた。


「ねえ、この歌手っていまどうしてるのかな?」


 ユキトさんに話題をふるが返事はない。

 なんだかすごく怖かった。

 視界が奪われると感覚がするどくなるというけれど、次から次へとすごい勢いで思考が流れていき頭の中が爆発しそうだった。

 考えれば考えるほど、いろんなことを思い出し、思考がまとまらなく何が本当かわからなくなってしまう。


 車が停車した。


「着いたよ」


 ユキトさんが言った。

 ユキトさんが車から降りる音がする。

 わたしの横のドアがあく。

 シートベルトを外される。

 すぐに車から降りようとすると、


「まって、足元すこしやわらかいから気を付けて」


 ユキトさんは心配そうに声をかけてくれるが、危ないと思うなら目隠しを外してくれればいいのにと少し腹が立った。

 わたしはゆっくり車から降りる。

 冷たいものが足に触れる。

 フラットシューズを履いてたせいで、無防備な足の甲や足首をなにかにくすぐられて驚く。

 その場所の空気はいつもと違う匂いがした。

 濃い自然の香りというのだろうか……新婚旅行で行ったディズニーのソアリンで感じた匂いになんとなく似ている気がした。楽しかったな新婚旅行。まるで本当に空から世界旅行をしているみたいに感じた。作り物だって頭の中ではわかっているのに。スクリーンの端っこをよく見ればゆがんでいるので、作った人が見せたい部分に集中して必死にその世界を楽しんだ。

 今は同じ匂いなのに楽しめないけれど。


「さあ、ゆっくり進んで……いいね。じゃあ、ここでストップ」


 そう言って、ユキトさんに肩を触られたとき、わたしの身体は緊張でビクンとはねた。いつもと変わらないはずのユキトさんの手のはずなのに怖かった。大きくて筋張っていた。

 視界を奪われて、得体のしれない場所に連れていかれて安心できる方がおかしい。

 だけれど、「ここにいてね」とわたしに言い聞かせてユキトさんの手が離れていくと無性に寂しかった。

 ひとりぼっちにされたみたいで怖かった。

 ほんの一瞬のことだったと思う。


「じゃあ、目隠しをとっていいよ」


 ユキトさんの声が聞こえて安堵と苛立ちと不安が重なりわたしは、目隠しを取りさった。

 すると目の前には、夢のような光景が広がっていた。

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