第25話 デートの誘い

「そうだ、もっと忙しくなる前にデートをしない? 昔みたいに」


 ユキトさんは時々ロマンチストだ。

 普段はとてもまじめなのに、ときどきわくわくした提案をしてくれる。

 たしかに最近はとても忙しいし、結婚してこの村に来てからはデートというものをしていない。

 結婚して一緒に暮らしているのだからそれが普通だと思っていた。

 こんな田舎じゃ、デートの行先もないし。

 今のところ特にわざわざ街にでなければいけないような買い物もない。

 必要なものは注文すると届くので、むしろ都会に住んでいたときよりも便利だし時間の無駄が少ない。

 一緒に暮らしているし、毎日が楽しいから特別デートをしようという発想はなかった。

 だけれど、誘われてみると嬉しいものだ。

 日常の中に、なにか特別なことが紛れ込む。

 ちょっとわくわくする。

 それが大好きなユキトさんが提案していくれたことがさらに嬉しい。

 わたしの表情から喜んでいることが分かったのか、ユキトさんは大げさにわたしの目の前にひざまずく。


歩惟あい、愛しい俺の奥さん、ぜひ俺とデートに行ってくれませんか?」


 まるで、結婚を申し込んでいるみたい。

 わたしは笑い声をこらえながら、大真面目な表情をしてこう言った。


「よろこんで」


 わたしはそう返事をすると同時にユキトさんに抱き着いた。

 温かい。

 優しいしいつでも安心できる存在。

 すてきな旦那様をもってわたしは幸せだ。


「いつ行くの?」

「今からなんてどう」


 今後の予定をたてるために確認をすると、ユキトさんはいたずらっぽく笑った。


「さてはお主、結構前から計画していたな」

「ばれてしまっては仕方がない」

「お主もわるよのう」


 そんなやりとりをする。なんだかすごく久しぶりな気がする。

 むかしはもっとこういうノリとテンポだけの会話をしていたのに。

 最近はこんな風なテンポではなすことが減っていた。


「準備するから待ってて」


 二人でひとしきり、悪い代官風な笑いをしたあとわたしはそういって慌てて準備を始める。

 このままの恰好でも悪くはないけれど、ちゃんとデートに誘ってもらったのだからちょっとだけお洒落をしたかった。

 デートなんだからきれいなわたしを見てほしい。

 デートに誘われたのだから、少しでもきれいでいようとするのは礼儀だと思った。

 美人ではないけれど、若さは美しい。花の命は短いと聞くから、ユキトさんにはすこしでもそのきれいな姿をみてもらい、覚えていてほしかった。

 

 服を着替えて香水にアクセサリー。

 だけれど、香水はなぜだか使えなかった。

 中身は入っているのに、そこから出てくるはずの香水の霧はなんの香りもしなかった。古くなったせいかなとも思うけれど、それなら香りが変わってしまうだけで、水のように香りがしないなんてことがないのに。

 それでも、準備に忙しかったわたしはそのことを一瞬で頭の隅に追いやって考えることをやめた。


 この村に来てから、わたしの服装は洗練されたと思う。

 都会より田舎にきて洗練されるというのも変だけれど、この村の女性はみんないつもきれいでセンスのよい服を着ている。

 毎日それを見ていて変わらない女性がいるだろうか。

 わたしの服も学生のころの延長の安いものから、上質な大人のものへと変えていった。

 ユキトさんに相応しい服装をしようとした。

 新しく上質な服は意外なくらいしっくり来た。逆についこの前まで来ていたはずの丈の短いスカートなどは今みるととても懐かしいものをみつけたような気持になる。

 大学を卒業してからそんなに経っていないはずなのに。もう十年以上前の遠い昔のことに感じた。


 どこに行くか分からないので、シンプルなワンピースにフラットシューズという組み合わせだった。

 でも、この恰好ならば動きやすいし上品だ。

 あとはユキトさんからもらった指輪をつける。薬指にはめたそれは、なぜか少しだけきつかった。首をかしげる。ずっとつけっぱなしにはしないので、普通よりほんのすこし緩めなサイズで作ったはずなのに、その指輪はぴったりと指にはまり、料理をするときに外すのが少し大変そうだった。


「おまたせ」


 じゃーんと自分で効果音をいいながらわたしが登場するとユキトさんは、ぱちぱちと拍手をする。こうやってノリがいいところもユキトさんの好きなところだ。

 そして、ポケットから何か黒いものをとりだした。


「えっ?」


 わたしがよくわからないでいるうちに、ユキトさんはそのポケットから取り出した黒いものでわたしに目隠しをした。

 やわらかな布が目の周りのうすい皮膚をくすぐる。


「ねえ、なに? ふざけてるの?」


 わたしが困惑して尋ねるとユキトさんは「ごめんね。少し我慢して」そういって、目隠しを外してくれないどころか、わたしの後頭部できつく留め、どこかへ歩き始めた。


「ついてきて」


 視界を奪われた状態で手を引かれながら、進む。

 まるで、初めて一人で夜村の外を歩いたときみたいに真っ暗だ。

 ちっとも隙間から光なんて入ってこない。


「ねえ、どこいくの?」


 わたしの声は自分で想像していた以上におびえふるえていた。

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