第20話 女王蜂

 ドレスのように華やかなエプロンの波の間を泳ぎながらわたしは冷静に観察した。

 いくつかのグループに分かれているけれど、最終的にはこの村の女性という一つの集まり。しかも、みんな夫や父親などこの村で頼る存在――決して顔に泥を塗るようなことができない男性――がいるので学校の教室での関係とは少し異なる。

 学校だと本人同士の力関係で決まるものが、夫という存在がある。

 一発逆転は普通に考えてあり得ない――逆に考えると一度決まると関係性は固定される。

 慎重に見極めなければいけない。


 キヨさんに言われるままのテーブルに着いて、周囲を静かにゆっくりと観察する。


 ……おかしい。この部屋には女王蜂がいない。


 ここが村の社交場であるならば必ずいるべき女王蜂がここにはいなかったのだ。

 通常、どんな女性の集団でも女王蜂がいるはずなのに、この空間にはいなかった。人間関係の上下や強弱は存在するのに、女王蜂だけが不在だった。

 そんな集団なんてあり得るのだろうか……もちろん、あり得ない。

 子供のころから観察していたが、どんな集団いやたった三人のグループでも必ず女王蜂が存在する。

 平凡で大人しい女の子だけでも三人以上あつまれば、そこには必ず序列ができる。ほとんど同じような女の子でも、ほんのすこし可愛らしいとか持ち物がいいとかで序列が決まる。

 でも、この空間に今、女王蜂はいなかった。

 どういうことなのだろう。

 だけれど、キヨさんに聞くこともできない。だって、「この集団で一番の有力者は誰ですか?」なんて聞くわけにはいかない。

 キヨさんが目の前で他愛もない話題を振ってくれるけれど、頭に入ってこない。あいまいに相槌をうつわたしをキヨさんはまだ具合がわるいと心配したのか「無理しないでね」とだけ言ってくれた。申し訳なさと同時にキヨさんってやっぱり優しくていい人だなと思った。


 時間になると、一人の女性が入ってきた。

 みたことがある、さっきトイレでわたしに声をかけてくれた女性だ。

 部屋の空気ががらりと変わった。

 さっきまで、きゃぴきゃぴとしたにぎやかな雰囲気といえば聞こえはいいがちょっと落ち着きがなかった集団が、その女性が入ってきた瞬間、みんな一斉にそちらをみるてお喋りや笑い声が病む。


「こんにちは、みなさん」

「「「こんにちは。蜂神さん」」」


 しつけの行き届いた育ちの良い女の子みたいにみんなその女性に挨拶した。

 ああ、この女性が女王なのか。

 たしかに、みんな華やかだけれど、この女性の服装は特別だった。フォクシーのワンピースにヴァンクリーフのネックレス。ブランドに詳しい方ではないけれど、相当お金をもっていなければできない服装。組み合わせによるお洒落を超えた、その記号を持つことで選ばれた人間であることが示せる服装だった。昔風にいうならば、勝ち組の女性だった。しかも飛び切りの勝ち組。自分で稼ぐというより、お金持ちで甘やかしてくれる旦那さんのいる余裕のある女性の記号の塊だった。

 そんな彼女をみんな憧れの目でみつめていた。

 とってもわかりやすい圧倒的な女王蜂だ。

 そんな観察をしていると、女王蜂はいつのまにかこちらを見ていた。

 自分は相手を観察していると、いつのまにか相手も観察されていると慌ててしまう。油断していた。わたしがそれに気づいてあたふたしていると、女性はゆったりとした声でこう言った。


「今日は新しい仲間が増えました。みなさんご存じかと思いますが、有瀬さんのところの奥様です」


 女王蜂がさあというように、わたしのほうを示すとみんな一斉にこちらに体の向きを変えて拍手する。もちろんあたたかなほほ笑みつき。ちょっと、不気味だった。

 だって、みんな振り返るとき、床がキュッって一斉に音を立てたのだ。まるで軍隊みたい。

 でも、ここでひるんではいけない。

 わたしは敵意がないことを示すように、ほほ笑みを返し、「よろしくお願いします」といってゆっくりと頭を下げた。

 拍手はさらに大きくなった。


「さて、みなさん。新しい仲間も増えたことですし、今日の料理は今までのおさらいにしましょう。それぞれのテーブルにレシピがおいてあるのでテーブルごとにチャレンジしてくださいね」


 料理教室というから、先生が実演してみせてくれるものかと思っていたがいきなり実践、しかもテーブルごとにメニューが違う。わたしがよそ者であることを見せつけられているような気分になった。

 周りにとってはおさらいであっても、わたしにとっては初見。

 しかも、郷土料理なんて食べたことさえないメニューだ。

 なんて不安に思っていたが、そんな不安はキヨさんがあっというまに吹き飛ばしてくれた。

 キヨさんはレシピのメモをみながら、適切なタイミングでわかりやすい支持をくれる。

 わたしは言われたとおりに食材をあらったり、皮をむいていけばいい。

 結構忙しく作業に没頭できる。

 作業をしているうちに、周りとも自然に会話ができるようになる。


『作業に集中してますので話しかけないでくださいね』というムーブはなれ合った女性の集団には通用しないのだ。


 それに料理という共通の話題がある。

 相手から話しかけてきたら、その後はわたしから積極的に話すことを意識した。

 すると周囲とはあっというまに打ち解けてくれる。

 料理が完成するころには、いつのまにか自分がいる場所ができあがっていた。

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