第13話 みてはいけないもの

「わあ、これはすごいね」


 ユキトさんは、キヨさんの家で一緒に作ってきたこの村の郷土料理を今風にアレンジしたスープのような食べ物をみて感嘆した。

 なにがすごいのかは分からないけれど、とにかくいろんな材料を色んな切り方をして煮込んだだけだ。。もしかしたら、すごく難しい料理で、わたしが分からないところでキヨさんがものすごく技術の必要なことをしていたのかもしれない。

 キヨさんは惜しげもなく、あの手の込んだ料理をお土産に持たせてくれた。


「キヨさんの家で一緒に作ったの。作ったといっても、わたしは材料を切ったりするだけだったけど……」


 正直に白状しておく。

 だって、また作ってなんて言われたら困るから。

 そして畳みかけるように続ける。


「ねえ、料理教室いってもいい? キヨさんも料理教室で教わったんだって。街までいかなくてもいいんだよ。キヨさんも一緒だし」

「もちろん、いいよ。実はキヨさんには話してあったんだ」


 ユキトさんはなんでもお見通しだった。


「ありがとう、ユキトさん」


 わたしは嬉しくてユキトさんにハグをする。


「それに、郷土料理だしね。きっと祭りの準備のときも役にたつよ」


 ユキトさんはわたしの背中をぽんぽんとたたく。

 安心できる。優しくて自慢の旦那様。


 わたしは、ユキトさんが喜ぶのならとやっとキヨさんの家で作った料理に口をつける。

 実はまだ私自身は食べていなかったのだ。

 だって、薬草を刻んで作ったスープはまあいいけれど、その仕上げにいれる得体のしれない黒い球体が気味が悪かったのだ。

 だって、スープの真ん中に黒くてぷるぷるしたものが鎮座しているのだ。


「美味しい……」


 その料理は食べたことのない味がした。

 自分で作っているのに食べたことのない味がするというのは初めてだった。

 大抵料理をするときは食材の組み合わせからだいたいの味は想像できる。

 予想よりおいしかったり、美味しくなかったりはするけれど、基本的な味の方向性は想像がつく。

 だけれど、キヨさんと一緒に作ったのに全く知らない味がした。

 食べると体が温まるような感じがした。


 その夜、わたしは奇妙な夢をみていたんだと思う。

 何かに追われ、それから必死に逃れようとしていた。

 自分の悲鳴で目覚め、思わず体を起こす。

 体を起こして自分の身体のパーツが全部そろっていることを確認し、胸に手をあてて心臓がちゃんと動いているかを確認する。

 胸には何かすごく不快な感覚だけが残っていた。

 まるでうっかり生き物の内臓に触れてしまった時のような、何かは存在するのにはっきりとせず、ぬるぬると生あたたかく、触り方を間違えたら血が噴き出してくるような不気味な感じだった。


 ユキトさんを起こしてしまったらどうしよう。悲鳴を上げたあとなので手遅れなのだが、心配になり隣をみるがユキトさんはいなかった。


「ユキトさん?」


 わたしはわたし以外がいない空間に向かって呼びかける。もちろん、返事なんてかえってこない。

 どこに行ってしまったのだろうか。


 しかたなく、わたしは家の中を探す。

 トイレに玄関、普段使ってない部屋にキッチン。

 家の中をくまなく探すが見当たらない。

 ユキトさんはどこにもいない。


 ユキトさんがいないとなると、あたたかな我が家であるはずのこの家が全く知らない呪われた家のように思え始める。

 だって、知らない人が住んでいた古い家。

 もしかしたら、この家で死んだ人だっているかもしれない。


 もしかして、今私が立っているこの廊下だって、全く知らない人間の血が奥深くには染みついているかもしれない。


 この足の裏に感じるすこしばかりの柔らかな木の感触と思っていたものが、知らない人間の皮膚や脂肪で塗り固められていたらと不気味になる。


 気が付くと家の外にいた。


「ユキトさんを迎えにいかなきゃ」


 この村では夜、一人で外にでてはいけないのだから。

 ユキトさんだって一人でいてはいけない。

 ちゃんと迎えに行って二人にならなければ、村のルールを破ることになってしまう。

 わたしは、家のまわりを探し出す。

 家庭菜園には広大すぎる畑にはいない。

 ガレージにもいない。

 庭にもいない。

 どこにもいない。


 どこかで事故や事件に巻き込まれていたらどうしよう。


 そうだ、キヨさんならなにかしっているかも。


 わたしは、キヨさんの家に向かう。

 キヨさんの家なら暗くても生き方は分かる。


 冷静になって、昼間歩いた通りの道順で歩くだけ。

 ほら、簡単だ。

 キヨさんの家にたどり着く。

 明るく田舎に似合わない現代的な建物に安心する。


「うっ、うっ……」

「ああっ……あ……」


 建物とは違う方向から獣の鳴き声のようなものが聞こえてきた。


 たしか、こっちには使ってない古い家があったはず……わたしは遅る遅る鳴き声の方に向かう。

 なぜ、そうしたのかは分からない。

 普通なら到底たちうちできるものではないと逃げるはずなのに。

 でも、もしユキトさんになにかあったらと思うと確認せずにはいられなかった。


 ……いた。



 そこには三匹の白っぽい獣が。

 人間という獣が理性を失ってまぐわっていた。

 月の光のように真っ白なメスが一匹にそれを挟むように屈強な肉体を持った雄が二匹。

 雌を取り合うようにまぐわっていた。


 みてはいけないものをみてしまった。

 二匹の雄の顔は見えなかった。

 だけれど、月の光のように美しい雌はまちがいなくあのキヨさんだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る