第12話 謎のスープ

 キヨさんは今日もあたたかく迎え入れて、もてなしてくれた。

 緊張しないように、彼女の城であるキッチンで、お菓子をつまみながらおしゃべりをした。

 キヨさんとは話があう。

 キヨさんが話題豊富でわたしに合わせてくれているだけかもしれないが。

 キヨさんは働き者だ。

 キヨさんはわたしがいるときも気が付くと何かしらの家事を平行して片付けている。

 例えば、おしゃべりしていて、紅茶にいれるお砂糖をもってくるとき、戸棚にさっと別なお皿をしまったり。おしゃべりしている間に、鍋をとろ火にかけてジャムやシチューなんかができあがっている。

 まるで魔法のような手際の良さだ。

 わたしが感心していると、

「大丈夫よ。慣れれば誰でもできるようになるわ」

 と言ってくる。けれど、わたしがキヨさんみたいに家事をうまくこなすことなんてできるのだろうか。

 慣れるまでどれくらいかかるのか見当もつかない。


「そうだ、お料理教室って興味ある?」


 わたしが悩んでいると、キヨさんは話題を変えるように切り出した。

 もちろん、あるに決まっている。

 ユキトさんには美味しいものを食べさせてあげたい。

 普通は、こんなふうに悩んだりしないのだろうか。

 世の中の人は結婚したら、自動的に家庭料理が得意になるのだろうか。それともみんな言わないだけで、結婚する前からそういうことを教えてくれる塾でもあるのだろうか。


「行ってみたいと思っていたんです!」


 キヨさんと一緒ならユキトさんも「だめ」って言わないはずだ。

 わたしはぶんぶんと首を縦にふる。


 この村にはコミュニティーセンターと呼ばれる公民館みたいな施設があるらしい。知らなかったけど。公民館なんていうと古くてお年寄りや子供がメインなイメージだけれど、ここのコミュニティーセンターは比較的あたらしく綺麗でキッチンもきれいで使いやすいということだった。

 料理を教えることがメインというより、みんなでおしゃべりしたり料理を食べることがメインらしい。

「あまりかしこまらず、リラックスして参加しようね」とキヨさんに言われた。


 そのあとは、キヨさんと一緒に料理教室にいくのに新しいエプロンが欲しいねと話をした。

 レースとフリルがあしらわれたものやカフェの店員さんみたなお洒落なデザイン、ローラアシュレイの花柄のエプロンなど服を選ぶように、あれこれいいながら選んだ。

 結局、いつも通りでいいんじゃないという話になったけれど。

 なんだか昔からの友達と一緒にいるみたいに心地がよかった。


「そうだ、前回ならったもののおさらいを一緒にしない?」


 ふとキヨさんはそんなことを言った。

 二人だけの料理教室だ。

 わくわくする。


「この村の郷土料理を今風にアレンジしたものらしいんだけどね……」


 キヨさんはそういうと、冷蔵庫からいくつかの材料を取り出す。

 よく知ったものもあれば、全く知らない植物も並んでいる。

 その植物というか野菜や木の実のようなものが、単にわたしが知らないお洒落食材なのか、それともこの村だけに伝わる特別なものか判断できず、わたしはあいまいに頷いた。


 キヨさんの指示に従い、わたしは野菜を切ったり、すりつぶしたりする。


「ああ、それはもう少し薄く切って」

「あっ、いい感じだね」


 わたしが作業に没頭すると、キヨさんが合間にアドバイスをいれてくれる。もちろん、キヨさんんはそんなアドバイスをしながら自分の手は止めず、驚くほど細く同じ大きさに野菜のようなものを刻んでいく。

 何をつくっているか分からないけれど、単純な作業をするのは楽しかった。

 何種類もの材料を切り終わったら、次は火を通す。

 鍋にいれる順番が大切らしく、キヨさんはレシピとにらめっこしながら、食材を鍋にいれたり、わたしにスパイスのような木のみをすりつぶすことを指示する。

 まるで、キヨさんが偉い博士でわたしはその助手みたいだ。

 この実験は人類にとって大きな一歩につながる……なんてね。


 ごっこあそびは子供のころから好きだった。


 自分じゃない誰かになれるのは楽しかった。

 自分じゃない誰かになれば何でもできるような気がした。


 魔法使いの女の子になれば、庭の葉っぱと小石が魔法の道具になった。

 砂漠のお姫さまになれば、砂場の砂はすべて金でできて、ガラスの欠片は大粒のダイヤモンドになった。


 そんな思い出を話してもキヨさんは、今と変わらずにわたしと接してくれるだろうか。


 女の友情って難しいのだ。


 本当の友情のためには儀式が欠かせない。

 裏切られるかもしれないけれど。

 自分の大切な一部を差し出して交換する。

 相手のものが本物とは限らないけれど。

 まるで結婚みたいじゃない?


 そこまで考えてわたしは、今日はやめておくことにする。


「できあがり!」


 キヨさんの一言で我に返る。

 気が付くと鍋の中にはスープのようなものができている。

 香りは悪くない。

 植物とクリームがもったりとまざりあい、淡いベージュのスープができていた。


 キヨさんは、それをスープ皿に盛り付けた。

「仕上げ」といって、スープ皿のまんなかにまん丸で真っ黒い何かをのせた。

 木の実のようにもみえたけれど、ぷるぷるしているようにも見えてそれがなんだか分からなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る