第7話 お茶のお誘い

 翌朝、急いで畑に向かう。

 ユキトさんばかりに負担をかけるのは悪いと思ったから。早朝、ユキトさんが起きる前に少しでも作業をすすめたかった。

 だけれど、キッチンのお勝手口から抜け出して畑をみると、畑の雑草はきれいさっぱりなくなっていた。

 あんなに広い畑なのにユキトさんひとりで作業を終わらせてしまったみたいだ。

 雑草一つなく整備された畑が家の裏に広がっていた。


 申し訳なかった。

 ユキトさんひとりに大変な作業をまかせてしまって。

 昨日、わたしが足手まといだったとしても二人でやってやっと一面終わっただけだった。その四倍の作業を一人で終わらせたなんて。

 わたしはユキトさんにおんぶにだっこだ。

 はやく、ちゃんとできるようになりたい。

 自立した人間にならなければ。


 ユキトさんにそのことを伝えると、ぽんぽんと頭をなでたあとに種あかしをしてくれた。

 どうやらあれだけ大きな畑の雑草は手で抜く必要はないらしい。

「専用の機械があるんだよ」とユキトさんはいたずらっぽく笑った。わたしが一生懸命作業をしているのでその邪魔をしては可哀想だと思いだまって一緒に作業をしていたらしい。

 そんなもの聞いたことがない。

 農業についての知識はまったくないからわからないけれど。

 でも、実際に畑の雑草はきれいさっぱりとなくなっていたのだからそんな機械もあるのだろう。

「ふーん」と私はがっかりとして返事をする。

 それならば、最初から雑草を抜く作業なんてする必要がなかったのだ。無駄なことをしてしまった。

「でも、やってみたかったんでしょ?」

「うん」

 わたしはしぶしぶ頷く。まあ、確かに無心になって雑草を駆除するのは楽しかった。だけれど、その必要のない作業にユキトさんまで巻き込んでしまったのはちょっと悔しかった。


「今日は何をするの?」


 気分を変えるために聞く。


「今日はね。種まきだね」

「機械を使うの?」


 わたしも学習をしたので確認をする。


「どっちでもいいよ。好きなほうで。どちらの準備もちゃんとしてあるよ」


 ユキトさんはにやりと笑うので、悔しくなってわき腹をくすぐった。

 簡単にできることを無駄にまわりみちしたくない。できるなら楽をしたいに決まっている。手でやらなくていいなら、機械に頼れるなら頼りたいって知っているくせに。

 ユキトさんはくすぐられて笑いながら「ごめん、ごめん」と繰り返す。

 その表情が子供っぽくて可愛くてわたしは「ゆるさない!」っていいながらさらにくすぐった。

 するとユキトさんも反撃をしてきて、ふたりでくすぐりあいって笑った。

 くすぐったいのとおかしいので二人でケラケラと笑っていた。

 笑いすぎて涙がでるくらい。


「こんにちは。となりの田治見ですー」


 その声で我に返る。

 お隣さんだ。キヨさんだ。

 わたしはわざと自分の心のなかでちゃんと名前で呼びなおす。

 こうやって予行練習をしておけば、本番でもちゃんと呼べるようになると思ったから。

 すぐには無理かもしれないけれど、昨日の「今度は下の名前も教えてくださいね」と言われたときのキヨさんの笑顔を思い出して、練習くらいしてもいいと思ったのだ。キヨさんとなら仲良くなれるかもしれないから。

 わたしはエプロンのしわを伸ばすようにピンとひっぱってから返事を「はーい。いまいきまーす」と返事をした。


 よかった。家の裏手にまわってきてなくて。さっきみたいに子供っぽいところを見られたらはずかしいから。


 キヨさんは今日も綺麗だった。

 グレーのニットのワンピースを着ていた。

 ワンピースは首元はカシュクールでタイトになっているけれど、スカート部分はプリーツでふんわりと広がる。大人っぽさと上品さのあるデザインだった。

 ふわりと肩にかけられた若草色のカーデガン落ち着いた雰囲気をだしている。

 本当に綺麗な人だなと思わずじっと見てしまう。


 それに比べて、わたしは雑草を抜く気まんまんだったのでジャージにTシャツだ。

 紺色の地味なジャージ。作業をすることがなかったのでエプロンをつけているというさらにちぐはぐな恰好。

 紺色もグレーもどちらも地味な色と思われがちだが、キヨさんとわたしの服装は雲泥の差があった。


 髪型だって、わたしはただ後ろで結んだだけなのに、キヨさんはきれいにカールがかかり艶々だ。まるで美容室に行ったばかりみたい。


 化粧だって私は日焼け止めだけなのに、キヨさんは完璧なナチュラルメイクをしていた。


 ちょっと見た様子を比べるだけでもしんどくなる。

 いや、こんなきれいな人と自分を比べるのが間違っているのかもしれない。


 でも、どうしても思ってしまうのだ。キヨさんみたいに綺麗で大人の魅力にあふれていた方がユキトさんにはお似合いなのではないかと。

 ユキトさんはわたしのことを好きになってくれたけれど、もっと彼にはふさわしい人がいるのではないか。

 どうしてもそう思ってしまう。


 わたしがあまりにも見つめすぎたせいだろう。

 キヨさんもこちらを不思議そうな顔でみつめる。


「あら、私の顔なにかついてます? もしかして、青のりとか……」


 キヨさんは慌てたようすで鏡を探す。

 だけれど、どこには鏡も鏡の役割を果たしそうなものもなかった。


「あっ、なんでもないです。青のりもついてないです」


 わたしがそういうと、キヨさんは、「あら、恥ずかしい。今朝は夕べの残りのお好み焼きを食べたから」なんて言って笑った。

 こんな美人の朝食がお好み焼きだなんてギャップにわたしはすこしだけほっとした。

 美人でもお好み焼きの青のりはつくらしい。

 美人はそういうことにならないようにできているのかと思っていた。

「お好み焼き、美味しいですよね」なんて言葉もリラックスしたおかげか出てくる。キヨさんは美人だけれど、気さくで面白くていい人だ。

 もっと仲良くなりたい。


 だからキヨさんの次の一言にはもっと嬉しくなった。


「もしよければ、午後うちにお茶を飲みに来ません?」

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