第5話


 木城さんのお嬢様っぷりに驚いているうちにあっという間に放課後になっていた。

 木城さんは他のクラスメイトとも打ち解けていた様子だったのだが、どういうわけか当初の予定通り、俺に学校の案内を頼んできた。


「んで、ここが視聴覚室。まぁそんなに来ないと思うけど」


「特別教室ってあまり使用しませんからね」


「……あのさ、別に敬語じゃなくてもいいよ? もう他人でもないし」


「あ、すみません。いつも私はこういう口調でして……不快でしたか?」


「いや、めちゃくちゃ丁寧で良いと思うんだけど……俺、同級生に敬語使われるのとか慣れてないっていうか……もっとこう砕けた感じでいいよ」


「そ、そうですか? で、ですが、私はこの口調が癖になってしまっていて……」


「あぁ、いや無理に変えなくてもいいよ。ただの俺の意見だし、気を使ってくれてるのかと思っただけで、別に責めてるわけじゃないんだ!」


 育ちが違うと口調まで変わってくるんだろうな。

 敬語はちょっとむず痒いけど、俺が慣れればいい話だしな。

 にしても、この子やっぱりすげー良い子だよなぁ……今日一日隣で見てて思ったけど、さりげなく気を使えるし、所作も丁寧だし、知的な感じもする。

 でも、どこか抜けてるところがあったり、世間知らずなところがあって、親近感もわいてくる。

 そのうえに超絶美少女って完璧じゃね?

 あ、でも霞夜は猫被ってるからなぁ……この子もそうかも……って、いかんいかん!

 あんまり人を疑うのはよくないぞ。

 それに別に俺に害はないわけだし、裏表があっても俺に害が及ばなければそれでいいじゃないか。


「えっと、とりあえずこんな感じだけど、あとは何か聞きたいことある?」


「そうですね……あの関係の無い質問なのですがよろしいですか?」


「え? あぁ良いけど、何?」


「榎本様は今誰ともお付き合いはしていないのですよね?」


「ぶっ! え、え?」


 いきなりそんなことを聞かれたので俺は思わず吹いてしまった。


「ま、まぁそうだけど……なんでそんなことを?」


 本当は偽の彼氏だったけどね。


「あの……付き合っていた経験のある貴方にお願いがありまして……」


「お願い?」


「はい。私の彼氏のフリをしてほしいのです」


 あれ?

 なんかどっかで聞いたような言葉だぞこれ?

 なんだろう、こういう話を聞くと嫌な予感しかしない。


「え? い、いきなりどうしたの?」


「実は私、父の知り合いと昨日の夜にお見合いのようなことをしたんです」


「お見合い……その年で?」


「はい、父は箱入りだった私が社会でやっていけるか心配だったようで……転校の件も私が望んだことではあったのですが、父もこのまま箱入り娘のように育てて世間知らずになるよりはと、この学校への転校を認めていただけたんです」


「なるほど」


「しかし、父は結婚相手は変な人を選ばないようにと、良い相手がいると私に見合いを進めるようになったんです。あまりこのようなことを言うのは嫌なのですが、経歴のしっかりしている人は人間もしっかりしているからと……」


「まぁ、そうだろうな。少なくとも変な奴は少ないだろうな」


「それで昨日、父の会社の大口の取引相手の息子さんとお見合いをしたのですが……その……なんといいますか……」


「もしかして、家柄のしっかりしたダメ男を紹介された?」


「……端的に言ってしまうと……おそらくそういう方なのではないかと……」


「あぁ……なるほど。でもお見合いなら縁がなかったって言って断れるんじゃないか?」


「それが、その方は業界に強い影響力を持っていて、下手に断ると父の会社に損害が出るかもしれないんです」


「いや、でも流石にそんな脅すみたいなことするか? 今の時代、そんな話が漏れればすぐにネットで拡散されて炎上するぞ?」


「もちろん直接的には言いません。しかも相手が私を気に入ってしまって……」


「あぁ……そういうことか……」


「それで咄嗟に思い人が居ると言ってしまいまして……」


「あぁ、それで俺にその思い人の役をやってくれってことか」


「はい、昨日会ったばかりの方にこんなことをお願いするのは申し訳ない限りなのですが、女性と交際経験がある知り合いの殿方というのが榎本様しかいないんです」


 大体状況はわかったけど、俺が出てってそれどうにかなるのか?

 だって俺って普通の一般人だぜ?

 金持ちでもなければ何か特技があるわけでもない。

 そんな俺が出てって役に立つのか?

 てか、この手のお願いで俺は一度痛い目を見てるんだが……。


「最初は父の知り合いに頼むという手も考えましたが、その場合相手の家にも迷惑が掛かってしまう可能性があるんです。父の知り合いは会社経営者が多くて、今回お見合いをした相手の家との関係が深い方ばかりで……」


「それで何の影響もない一般人の俺の出番ってわけか」


「もちろんお礼はします! それにただ交際経験があるからという理由だけで選んだのではありません、昨日から今日にかけてあなたをずっと見ていました。二日間だけではありますが、貴方は人を思いやることのできる素敵な人だと思ったので、お願いしたいと思ったんです」


「そ、それは……ありがとう」


 なんか過大評価されてないか?

 別に俺は大したことなんてしてないんだが……。


「どうかお願いできないでしょうか? 今度の土曜日にまた相手の息子様が家に来るので、その時に一度お会いするだけで大丈夫です」


「ま、まぁ……それなら良いけど……」


「ほ、本当ですか!?」


「う、うん……」


 俺がそういうと木城は嬉しそうに目を輝かせて俺に頭を下げた。


「ありがとうございます! やっぱりおばあさまのいった通りでした!」


「え? あの人何か言ってたの?」


「はい! 善意に見返りを求めない人は心が綺麗な善良な方だと言っていました! 私もその通りだと思います!」


 いや、俺そんな人間じゃないよ!?

 普通にエロいこととか考えるし、金とかほしいし。

 なんか木城の中で俺の評価上がりすぎてないか?

 俺、そんな大した人間じゃないんだけど……。

 こうして、俺は彼女(?)と別れた後に彼女(?)が出来ました。

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