第28話

 魔王は当てた、それで終わりだと思っていたのだが、終わらない。


「キャハー、わたしちゃん様は君になら殺されてやってもいいんだ。でも、それ以外はダメ。ぜーったいにダメ」


 なんてこった、ぼくに殺せって言うのか。

 こんな人畜無害な一般人に!


「キャハハー、シスターをはめ殺しておいて、どこが一般人なのやら」

「知らないなー。そんなことは知らないなー」

「キャハハハ」


 さて、困った。

 どうしようか。


 殺す? 嫌に決まってるだろう。

 自分の手を汚すのは嫌だなぁ。血とか汚いし。

 銃とかあればいいんだけど。

 いや、そもそも神の言われた通りにするっていうのは、ちょっとなぁ。


「キャハー、銃じゃわたしちゃん様を殺せないぜぇ?」

「モノローグを読むなって。というか、そろそろ普通に魔王キャラに戻れよ。あと戦いも一旦、終わらせてくれよ。考える時間が欲しい」

「ふむ、そうだな。そうしよう」

「は」

「ぐぇ」


 呆気なく、本当に呆気なく、スリロスと日日無敵は魔王により気絶させられて地面に転がされた。

 あまりにも一方的で、あまりにもご都合的で、見ごたえもありゃしない。

 ただ一発殴りつけただけ。

 それだけで、最強と不死身は地面に沈んでいた。


 これが魔王の本気。

 いや本気ですらなく、本当に最初に言った通り小指だけでも、最強を制圧できる。

 ただそれを少しだけ真面目に実行した。

 それだけだったのだ。


 なにせ、さっきまでの戦いはまるきり余分でしかないのだから。 

 本来ならやる必要もないもの、遊びだ。

 それにしたって――。


「えぇ……こんなに余裕なのかよ」

「当然だろう? 我は魔王だぞ? 神々が世界一つ潰してでも封じなければならないと思った存在だぞ?」


 確かにそうだ。

 それくらいの犠牲を払ってでも封じなければ、どうしようもない存在に、ただの最強とただの不死身が敵うわけないのだ。


「じゃあ、なんで神はぼくらを呼んでるんだよ」

「そりゃあ、我の性格を知っているからだろう。我は公明で公平で公正だ。だから、ゲームを用意しておけば、それに乗ってくると神々は理解していたのさ」

「だから、刑務作業があんなデスゲームだったわけか」

「運よく魔王が死ねばそれでよし。魔王を倒せる奴がいればそれでよし。まあ、神々が思っていることなんてそんなことだろうさ」

「じゃあ、ぼくが呼ばれた理由って」

「最強や不死身、神狂いという直接的戦闘で勝ちを狙う組ではなく、単純明快にゲームで我に勝つために呼ばれた。そんなところだろうさ」

「えぇ……ぼくそんなにゲームとか強くないのに」

「はは。何を言う。そんな君が、我を勝ったんだぞ? さあ、どうする? ここからは君の時間だ」


 ぼくの時間。

 勘弁してほしい。

 ぼくにそんなものはいらないのに。


「はぁ……嫌だなぁ、最悪だなぁ」

「こんな美女をつかまえて嫌とかいうよ~。あっ、そうだおっぱい揉む? 約束してたろ?」

「ふっ、何を言っているのやら。ぼくがそんなことするわけないだろう。うわ、やわらけぇ……」

「めっちゃ揉んでるぞ」

「はっ!」


 なんという罠。

 危ないところだった。


「次は引っ掛からないからな」

「揉み続けてるぞ~。気に入ったかー? これはもうアレだね。さっさと愛の巣に行って続きをやるのがいいんじゃないか?」

「愛の巣ってどこだよ」

「地底湖の我が城だ」

「いやぁ、それは」


 ちょーっとどころでなく、かなりのところで魅力的だ。

 びっちゃけ魔王以上の美人なんてこの先、出会えるはずもなく。

 そもそもぼくのような奴に女っけがでるとはまるで思えず。

 これを逃したら、そういう行為とか全然できないのではないかという予感もある。

 だからこれを逃すなと本能は言う。


「でもなぁ……」


 相手は魔王である。

 これは、ダメだ。

 本能が警鐘を鳴らす。

 だって、こんなのに従えば、ぼくは自由ではなくなる。


 ぼくのすべてはこの女に支配される。

 生まれながらの王。

 生粋の魔王。

 最強にして、最上にして、最悪に支配されてしまう。

 

 それはだ。


 どんなに楽観しても、ぼくが自由でないのならばそれはダメだ。

 なんのために自殺までして、自由になろうとしたと思っているのか。

 これ以上誰かに生活を支配されたくない。


「本当に、死んでくれるのか?」

「君が望むなら、我は死のう。ここから出たいのなら、我を殺すしかない。ただなー」

「何?」

「あまりオススメはしないぞ。ほら、我美女」


 魔王が、その肢体を見せつけるようにポージングする。

 手をあげたり、片膝を抱えたりと手を変え品を変えながら、ぼくにその恵まれた体を見せつけてくる。


「…………」

「ほら、美女だろう? 殺すのはなぁ、惜しいと思うんだよなー。ほら、我、美女」

「それは、聞いたよ……殺すなというけれど、それじゃあぼくはここから出れないじゃないか」

「出なくていいじゃないか。我、美女ぞ」

「なんでだよ」

「我といれば、楽しく過ごせる。だから、ほら、我を殺さずにここで共に過ごそう」

「それは、嫌」


 ぼくは監獄にはいられない。

 監獄にはいたくないんだ。


 ただ美女なのは本当だから、確かに惜しくはある。

 そう思う男の子の部分はある。

 ただそれ以上に。


「ぼくは、こんなところにいたくない」

「それは我もだ。自由がいい」

「ぼくもだよ。でもあなたを殺すってのもやりたくないんだよ」

「おっ」

「期待しない期待しない。そんなつもりじゃないから」

「なに安心しろ。我は必ずや君を落としてみせよう」

「ぜんぜん、わかってないじゃないか。ぼくは神に従うのも嫌だって言ってるんだよ」

「そうであったな。君は、そういう奴だよ」


 神は勝手にぼくの了承もなく召喚して、魔王討伐をしろと言った。

 言うだけ言って何もしなかった。


 ただ強制した。

 ただ強要した。

 ただ強迫した。


「最悪だよ、まったく」


 討伐しなければ、外に出られない?

 最悪だ。

 かといって、ぼくはこうも思っているわけだ。


「神に従って討伐するのも、負けた気になるってね」

「なら、どうする? 何か考えがあるのか? 我にはない! 我にあったらそもそもここでじっとしてないからな!」

「…………」


 考え。

 考えろ。

 何か、魔王を倒さずにここから出る方法を考えろ。


 ………………。

 ……………………。

 ………………………………。


「いや、無理だろ。ぼくは頭がよかったりしないんだぞ」

「いけるいける、我に勝ったし」

「偶然だし。露骨だっただけだし」

「なんか手はないのかー。我まだ死にたくないー。我外に出たいー。我、生まれてから全く外にでたことないんだぞー」

「え、そうなの?」

「そうだ。我は生まれてからずーっとここにいる。だから、外の世界なんて知らないんだよなー」

「おい、やめろよぉ」


 なんで、ここでそんな悲しい設定出してくるんだよ。

 助けたくなっちゃうだろ。

 たとえ、それが本当でなかったにしても、ここにずっと閉じ込められているのは本当っぽいし。

 ぼくには世界を滅ぼすような奴には見えないし。

 ああもう、ああもう。

 まったく、まったく。

 ほんとうに、ほんとうに。


 仕方ない。仕方ない。


「はぁぁ……」

「おっ?」

「わかったよ。わかったわかった。神に従うのも癪だし、おまえを殺すのはしたくないし。ちなみに、ぼくから言ってスリロスに殺してもらうってのはなしだよな?」

「そりゃそうに決まってるだろう? 我は君の手でなら殺されてもいい」

「それは嫌だからなぁ」

「シスターを死に追いやっておいて何をいまさらだけどなー」

「シスターはアレ、ぼくを殺しに来てたし。正当防衛だし」

「正当防衛だからってなんでも許されると思うなよー」

「いいんだよ、それは。ぼくは死にたくなかったんだから。仕方ない仕方ない。そんなことよりも、未来のことを考えないとな」


 さて、少しは真面目に考えるとして、実際問題どうする。

 少し情報が欲しい。


「なあ、魔王って魂の状態では生きれないのか?」

「少しの間なら大丈夫だな。なんだ? 我を死んだことにして、出ようって?」

「そうそう。ついでに魂のままついてきたらどうだ?」

「そこまで神は盲目ではないと思うな。我の魂はゲートを通れないだろうさ。だが、力を抑えて何かの器に入れていけば行けると思うぞ」

「いけるかぁ?」

「ほら、麻薬の運搬人が美術品の中に麻薬を入れたりして運ぶ奴があるだろ」

「魂の検査って麻薬検査と同じなの?」

「知らんが、神は思ったより全知全能でもないからな。全知全能なら、我を殺すだろ。我、神より強いからね。だから封印しかできなかったわけだし」


 なるほど、それは確かにそうだ。

 神が本当に全知全能でぼくが何を企んでも無駄なのなら、そもそも神本人が魔王を殺せばいい。

 それができずに、生まれた瞬間に世界を一個潰して監獄にするというのだから、全知でもなければ全能でもない。万能にすら値しない。


 そうなると、確かに魔王の魂を別の器に入れて持っていくっていうのはありな作戦のように思える。

 楽観の余地が出て来た。


「問題は、その器だよ。どうするんだ?」

「我は君といたいからな。君についていける奴が良いな」

「ぼくと一緒の世界からきた奴いないじゃん」


 全員別々の世界から来ている。

 流石に返す世界を間違えるほど神だっておっちょこちょいじゃないだろう。

 いくらぼくとて、そこに楽観は抱けないぞ。


「そうなんだよなー、我、悲しみ」

「ああ、いやでも……」

「おっ、何かあるのか?」

「あるといえばある、けれど荒唐無稽。できるかわからないし、ぼくとしてはあまりオススメしたくない。どうなるかわからないから」

「でも、考慮の余地はあると。聞かせてくれ」


 ぼくは、思い付きを話した。


 魔王は形のよい顎に手を置いて考えている。

 いつになく真剣な表情だ。


 黙っていれば本当に美人だな。

 神秘的という言葉がよく合う。

 喋りだすとフランクさで、それはそれで魅力的なのだが。

 顔のいい奴はズルいな、本当に。


「うむ、それで行こうじゃないか」

「じゃあ、ルールを決めておこう。ぼくの行動に口出ししない。ぼくの言うことには絶対服従ってことで」

「魔王を従えるか。はは。もう一般人面はできんぞ。前からできなくなってるけど」

「うるさいなー。いいだろ、別に。ぼく事態にはなんの力もないんだから」

「……成功すると良いな」

「成功してほしいよ。まあ、なんとかなるだろ」

「楽観か?」

「楽観だよ」


 ぼくと魔王はちょっと笑って。

 ぼくの前に魔王の死体が転がった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る