第27話

 魔王は誰か発覚した。

 ゲーム終了。

 ぼくの役割はほぼ終わったようなもの。


 だから、ここからは最強と不死身の時間。


「キャハハハ、違うね、魔王の時間だー! キャハハ」


 そのキャラやめた方が良いと思う。


「キャハー、やめねえよ。だって、今まで登場していなかった大野ヶ原こみみの二重人格にして本来の人格。大野ヶ原こみみツーならぬ大野ヶ原みみこがようやくのご登場なんだぜ? そりゃもう盛大にキャラ立てして帰らなきゃ、申し訳がねえだろ? 最初に死んじまった哀れな登場人物にも花を持たせてやらなくちゃ、魔王が廃るってもんだろ? キャハハハ」


 だからぼくのモノローグを読むんじゃない。


 そして、そんな理由で最強と不死身を相手に大立ち回りを演じるとかどんだけ余裕なんだ、魔王は。


「く、おおおお?」

「キャハッハ! どうしたどうした、戦闘最強! 戦闘で圧倒されたんじゃ、最強が泣くぞ、キャハハハ」


 ふらふらと、酔ったような足運びで、大野ヶ原みみこはスリロスを滅多切りにしていく。


「術式――【寝耳に水溺れるか、流れるか選べ】」


 日日無敵、スリロスもろともを大洪水でながそうとする。


「キャハハ、良い呪術だ。んじゃ、わたしちゃん様も見せよう、魔王としての力って奴をキャハー」


 パチンと指を鳴らす。


「なっ!」


 ただそれだけで、日日無敵の呪術が霧散する。


「キャハー、わたしちゃんは腐っても捕まってても、大野ヶ原みみこになってても魔王だぜー? 魔術、呪術、魔法とか、そんなもんはわたしちゃん様にとっちゃー、息をするよりも簡単に使えるものなんだよ、そんな程度じゃあ、かき消すのなんて簡単簡単。キャハハハア」


 存在としてのレベルがまず違う。

 魔王は魔王であるがゆえに魔王である。

 万能最強は後付けだ。というか自称だ。

 そんなものでくくる前に、神々が危険視した称号を有している。

 魔王だ。


 魔の王。


 それはつまり、九つ世界に存在するあらゆる術を使えるということであり、それらすべてを支配することも余裕であるということだ。


「キャハハハー、良いだろいいだろ? 生まれながらにあらゆる術を使用可能。支配可能。行使可能とまあ、実に実にわたしちゃん様は天才、天災ってわけなのさ」

「あぁ……」


 流石の日日無敵も落胆するのか。

 そう思ったのだが。


「素晴らしい!」

「ありー?」


 魔王も困惑するし、ぼくも困惑している。

 なんで、そんなに目をキラキラさせているのだ、あの不死身は。


「すべての術を使えると、貴様はそう言ったな!」

「まあ、うん、言ったよ。キャハハ」

「すべてだ。本当にすべてだな?」

「確認しなくてもすべてだよ? キャハハ」

「よし、なら、ボクが知らない術を使え! ボクはそのためにここにいるんだよ! 最強だとか、知らん。信仰など知ったことか。ボクが興味があるのは、貴様の術だけだ! さあ、使え。ボクに当てろ。さあさあさあ!」

「えぇ、気持ち悪い。こいつ気持ち悪い。ドMじゃん。わたしちゃん様、使いたくないんだけど。キャハハ」


 日日無敵の変な一面見たりって奴だなぁ。

 今までのクールキャラ全捨てじゃん。やべぇな。


「使えよ、ボクはボクが知らない術が知りたいんだよ! 術式――【指切りげんまんぶった斬れろ】」

「キャハハ、ああもう、仕方ねえなー! キャハハ」


 日日無敵が放った斬撃をナイフで切り払いながら、もう片方の手で魔王は術を行使する。


「キャハ、貴様が知らない奴なら別世界の理だ。斬撃魔術って奴を見せてやろう。魔術――【ブレードランナー】」


 片手で描いた魔王曰く、斬撃魔術が日日無敵へと殺到する。

 空間そのものが刃となった一撃は、日日無敵が動けば動くほどにその身を切り刻んでいく。

 だが、彼は不死身である。


「ハハハハハ! なるほど、そうかそういう構成か! 空間そのものへの置換術か。空間を刃へ置換する。いいぞ――覚えた」

「キャハ? うん?」

「術式――【舌先三寸そこから動くな、斬れるぞ


 日日無敵がなんらかの術を行使する。

 しかし、何も起こらない。

 失敗か。

 いや、日日無敵は失敗しない。


「キャハー、これは」

「オラァ、そこだ!」


 魔王が立ち止まったところに、スリロスが拳を振るう。

 ナイフで受けるが、スリロスの膂力により軽い大野ヶ原みみこの身体は吹き飛ばされてしまう。

 足が浮き、身体が動いた瞬間、大野ヶ原みみこが割断される。


「あなたの少し回りを刃に変えた。いい術だ、ありがたく使わせてもらおう。さあ。まだあるだろう? ボクに貴様のすべてを見せろ。それらすべてをボクは手にして見せよう」

「キャハー、流石はわたしちゃん様を殺しに送り込んできた連中なだけあるわー。キャハ」

「オラ、無視すんなよ、オレ様をよォ。てか、様でキャラかぶってんだよ」


 あ、スリロスでもそこ気にするんだ。


「オレ様は最強だかよォ、オレ様様にするしかなくなんだろうがよ!」


 なんだ、その理屈は。


「キャフフ、馬鹿め。わたしちゃん様の一人称は、わたしとちゃんと様が入った三つ仕様。オレ様様と言っても、オレと様しか構成要素のない貴様じゃあ、勝てないんだよ! キャハハ」


 どういう勝負してんだ。

 そんな勝負してないだよ、今は。


「なんだとォ! クソ、どうすりゃ勝てるんだ」

「おまえはなんでそれで負けた気になってんだ! 殴りに行けよ、それで黙らせればいいし。そもそも魔王は我しか言わないぞ。おまえの方が勝ってるだろ、その理屈でいったら!」

「おお、そうだな!」


 本当になんだ、この勝負は。


「よし、胸のつかえがとれたぜ」


 そんなん胸に詰まらせるなよ。


 ともあれ、これで十全、スリロスは動けるようになったらしい。

 コキコキと首を鳴らす。


「んじゃ、まあ、とりあえずだ。もう一度、行くぜ」


 拳を握りこみ、ただ前に行く。

 そして、殴る。

 単純、スリロスがやった行動というのはそれだけだ。


 ただし、それは恐ろしいまでに最適化され、無駄を省かれ、逆に体の方が無駄なのではないかと錯覚するほどに完璧で、完全で、完成した拳が放たれている。

 その一撃は違わず最強であった。


「キャハアァ?」


 その一撃は、寸分たがわず心臓を狙っていたが、流石は魔王というべきか、急所を狙いをはずさせるくらいはできた。

 だが、ただ放たれただけに見えた拳が当たった右わき腹はえぐり取られて消滅した。


「キャハハ、やっば。やっぱ最強ってのは性質が悪い。キャハハ」


 魔王が自分の肉体に回復魔術をかけている。

 傷はみるみるうちに治っていく。


「キャハ、回復回復」

「お、治るのか。いいな、もっとやれるってことじゃねえか」

「キャハ~、やる気にさせちまったぜ。わたしちゃん様やっべー」

「もっとほかの術を見せろ!」

「行くぞ、オラァ、本気出せや!」


 血沸き肉躍る戦いとはこういうものなのだろうとぼくは思う。

 いや、マジで血が沸いてるし、肉片が飛び散って踊っている。

 火が吹き上がれば、水が流れて、風が吹けば、大地が隆起する。


 なんというか、もう本当にすごい戦いだ。

 筆舌に尽くしがたい戦いだ。

 ぼくの語彙力では到底、描写不能の戦いだよ。


 グロすぎてみてられない戦いでもある。

 大野ヶ原こみみなんて、ショックから抜け出す前に気絶したよ。

 ぼくは当然役得を獲得したわけなのだけれども。


「それにしたって、おかしいな、これ」


 そもそもの話、ぼくらは勝利条件をとっくの昔に達成している。

 ぼくらは魔王が提示した通り魔王を見つけた。

 魔王は当てたら殺されると言ったはずだ。ちょっと前のことで覚えていないけれど。


 それなのに魔王は抵抗している。

 いや、抵抗というほどではないし、なんだったら遊んでいる風ですらあるのだけれど。

 これは明らかにおかしいのではないだろう。


「おい、魔王」

「キャハー? なんだ?」


 ぼくは魔王に話しかけた。

 魔王は戦いながらぼくに答えた。

 まったく余裕そうだな。

 最強と不死身の二人を相手にしながら、半身を砕かれたり、燃やされたりしているというのにまったく余裕そうだ。


「なんで戦ってるんだ、ぼくはおまえを当てただろ」

「キャハハ。なんで戦っているかと聞かれたなら、こいつらが襲ってくるからだよ」

「そりゃ、魔王がわかったんだから襲うだろ、殺すために。おまえ、殺されてくれるんじゃなかったのか?」

「ああ、殺されてやるつもりだぞ」

「じゃあ、なんで戦ってるんだよ、殺されろよ」

「キャハキャハ、わたしちゃん様はちゃーんと伝えたぞ。思い出せ。最後の一人になる前に見つけることができたのなら、我はそいつに殺されてやろうとわたしちゃん様は言ったぞ」

「え?」

「つまり、わたしちゃん様を殺せるのは、殺されてもいいのは、おまえだけだよ」


 えぇ……。


「最悪じゃないか」



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