第26話

 それじゃあ、解答を始めよう。

 楽観に次ぐ楽観を継いで、楽観に至る。

 楽観まみれの楽観。


 ちょっとわけわからなくなったな。

 うん、自分でも格好つけすぎたというものだ。

 もっとこう自明の答えを楽観しようとかの方がキャラが立つかな。


「うーん、それもなんか黒歴史になりそうだ、やめよう」


 普通で良いよ、普通で。


 とりあえずだ、ぼくの手には囚人記録という怪しいファイルがあるけれど、一つだけファイルを奪われているところがある。

 ぼくが見ることを許されなかった、一つのファイルがある。


「というわけで、魔王は大野ヶ原こみみだ」


 ぼくはそう宣言する。


 絶体絶命のピンチ。

 翌朝の広場に集められての運動時間に、ぼくは魔王にそう告げた。


「おいおいおい、それはないだろ。この前ぶーって言われてたじゃねえか」

「フン、苦し紛れだ。さっさと殺せばいい。それで終わりだ。いい加減魔王も本気を出すだろうさ」


 やれやれ、本当にこの最強と不死身は相変わらずという感じだ。

 ぼくを昨日一日中探していたというのに、まるで変っていないのだから。

 何も変えていないのだから。


 最強と不死身なんて、それでいいのだろう。

 特に不死身、日日無敵は変化しないことにかけては天才的なのだから。

 天才的というよりかは、生来的というか。


「えっとえっと、わたしじゃないって前に言いましたよね! それがどうして?」

「うん、君じゃないよ」

「えっ、えっ?」

「思えば最初からいろいろと露骨だったんだよね」


 露骨だからね、露骨。肋骨。


「魔王の動作を二回繰り返すと、君が言葉も動作も二回繰り返すのが同じ」

「え、あ!」

「で、ここに来てからそれが発生。一人じゃ寂しい。色々まあ、あったんだけど、とりあえず君二重人格で、そのもう一つの人格の方が魔王になってたってことかな。どう、正解だと思うんだけど」


 虚像の魔王がニヤリと笑った。


「キャハハハハハ、大正解だぜ!」


 哄笑が広場に響き渡った。


「おいおいおい、マジか」

「…………」

「え、ええええ!?」


 少女が一人、この場に増える。

 大野ヶ原こみみとまったく同じ姿をした少女。

 学校の人気者でもなく、成績優秀でもなく、スポーツ万能でもない。

 思考が異質というわけでも、性癖が異様というわけでも、体質が異常というわけでもない。

 十把一絡げな女子高生。


 それが、口角を上げて、口裂け女のように笑っていた。

 それだけでかわいらしい小動物じみた少女から恐ろしい怪物に変貌したように感じる。


 いったいいつからそこにいたのか。どこから現れたのかはどうでもいい。

 重要なのは、彼女が正解を認めたということだ。


「キャハ、よくわたしちゃん様を見つけられたなぁ、良い子いい子してあげるぞ、キャハハハハハ」

「うわ、キャラ付けやべー。大野ヶ原さん、すごいね」

「なんで、わたしに言うんですか!?」

「そりゃ、わたしちゃん様はおまえでもあるからな! 二重人格の殺人鬼! キャハ~どーよ、ありがちでありがちで落胆したか? キャハハ、でもさ、案外気づかないもんだろ? 前提として提示されなきゃ、バレねえだろ? バレようがないともいう」

「まあ、そうだな」

「キャハハ、それが狙いで、わざわざ隠れてたわけよー。魔王が入れ替わる前のわたしちゃん様、つまりは大野ヶ原みみこってしておくけど、は、隠れ潜んで誰にも認識されない、ここにいるのにどこにもいない殺人鬼って奴だったんだから」


 表に悟られたらばそれは終わり。

 表に悟られず、一切気取られず、だれにも気が付かれずに殺人を犯してこそ。

 そして、その殺人は発覚しない。未発見未解決の殺人鬼。


「求めているのはスリル。被害者たちの感じる痛み、恐怖。捕まるかもしれないという背徳を糧とする。そして、その事件は完全犯罪でなければならない。キャハハー、おもしれ―だろ? かわいいしなー、わたしちゃん様は、これだって思って変わったわけだよ、代わったわけだよ、キャッハッハ」


 誰にも知られず、死体は発見すらされない。

 そんな杜撰なことは、そんな馬鹿なことは、そんな阿呆なことはしない。

 誰にも認識されない完璧かつ安全かつ完全でなければならない。


 それゆえに、大野ヶ原こみみは、大野ヶ原みみこを知らない。

 だから、本来隠れ続ければバレることはない。

 バレないことが彼女の本分。彼女の性質。

 完全犯罪、未発覚犯罪こそが大野ヶ原みみこの本領だ。


 それにのっとれば、このゲームは最初から勝ち目なんてなかった。


「キャハー、でもそれじゃあ、いけねえ。わたしちゃん様に有利すぎる。この魔王に有利すぎる。有利すぎて退屈だ。退屈はダメだ。死にたくなる。だからな、わざわざ大野ヶ原こみみを残し、大野ヶ原こみみが大野ヶ原みみこを失ったがゆえに発生した歪みを見逃したのさ、キャハハハ」


 露骨に示されていた二回という動作。

 二回繰り返すということ。

 二だ。


 この女は二と関係がある。

 二重人格だった。今は一人だけれど。


 そうわかるようにしていた。 

 そうわかるようなヒントを示していた。


「まあ、露骨だったけど露骨過ぎてなぁ。そもそも二重人格だって発想を飛躍させるのは難しいって。ぼくら初対面だし」

「キャハハハ。まあ、そこはそれ。最初から出しておくと最初に指定される可能性があったからな。それだとわたしちゃん様が不利すぎる。不利で不利で不利で、まあ、ダメになる。そんなのはさー、ツマランだろう? キャハハハ」

「まあでも、無事正解したわけだし」

「キャハハハ、正解正解大正解。よくぞ見破りましたおめでとう。キスしてやんぜー、キャハー」

「はははは。ごめん被るよ」

「遠慮すんなよーキャハハ」


 遠慮じゃなくて本心だよ。

 魔王の本当の姿ならまだしも、姿かたちは大野ヶ原こみみのままなんだから、嫌に決まっているでしょうが。

 いや、嫌というわけではなくて、遠慮するというか。

 やっぱり遠慮じゃないか。

 くそ、どうすればいいんだ。


 いやいや、そんなことに悩んでる場合じゃない。

 これでひとまずは決着がついたんだから、話を先に進めなければならない。

 ようやく終わったんだから、ここから出るとか、魔王をどうするのかという話をしなくちゃいけないだろう。


「え、え……? 本当に、二重人格? わたしが……?」

「キャッハア、本当だぜー? わたしちゃん様は完全にコピーしてるからわかるのさーキャハハ」

「うそ……嘘よ……」

「キャハハハー、わたしちゃん様は嘘つくけど、我は嘘つかない。キャハー、衝撃の事実だよなー、わかるわかる、キャハハハハ。ファイル見てみろよー。なんか怖くて、持ち去ってしまったファイルをさー」


 大野ヶ原こみみが持ち去っていたファイルが、へたり込んだ彼女から落ちて、ぼくの足元に転がってくる。


「あっ、まっ」

「待つわけないんだよね」


 ぼくは遠慮なく、それを開いてスリーサイズを確認した。


「ふむ……」

「キャハハハ、何見てんだよー」


 あ、間違えた。

 違う違う。

 スリーサイズは覚えておくとして、重要な部分を見つける。


 ――二重人格。


 そう記されているのを見つけた。

 

「あっ……ああああああ……」

「キャハハ、大変だ。こみみは脆いな~キャハハ」

「あららみたいにキャハハっていうなよ……」

「それ以外にどういってんだ? キャハハハ」


 つまるところ、これが答え。

 二重人格の存在が召喚され、ここで二つの人格、二つの魂として分かたれて肉体を構成された。

 だから、ぼくら六人と魔王の七人であるにも関わらず監房の数は八つあった。

 他にも、人数が多いというところは気づきようがあったわけだ。

 ここまで気づかないのは、そりゃもうぼくが普通の一般人だったせいだな。

 探偵役じゃないし。


「まあ、そういうわけで、君が魔王だ」

「ああ、わたしちゃん様が魔王だ」

「んじゃあ、殺せばいいわけだな」


 話を聞いていたのかいないのかわからないが、とりあえずスリロスがぬるりとやってくる。


「フン、貴様が本物の魔王か。このボクに余計な時間を使わせた代償は払ってもらうとするぞ」

「キャハハハ、おいおい、熱烈だな。わたしちゃん様も赤くなっちまうぜ、キャハハハ」


 くるりと、大野ヶ原みみこの手の中にナイフが出現する。

 どこかに隠し持っていたナイフが、出てきて。

 一瞬のうちに近づいてきたスリロスの腕を切り裂く。


「うぉ」

「戦闘最強と言っても、無敵ってわけじゃねー。キャハー、傷つくこともあるし、負けることだってある。最強は強いだけで無敗ってわけでもないからなー。さあ、始めようぜ、キャハハハ」


 どうやらラストバトルというやつが始まるらしい。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る