第24話

 ぼくの背後に魔王がドヤ顔で立っていた。


「え、今なんて?」

「我が城へようこそ」

「ぱーどぅん?」

「我が城へようこそ。いや、一度で理解しろ。我もそう何度も同じこと言いたいわけじゃないんだぞ」

「いや、魔王城四畳半て」


 そんなのありかというよりも、みすぼらしさの方が来る。

 壁も四面あるうちの二面しかなく、まるでヴィネットのように感じられる。

 いや、それもどうでもいいか。

 監獄を舞台にした魔王討伐譚のような荒唐無稽な話になっているのだから、魔王城が四畳半の部屋だというのは、もしかしたらあっているのかもしれない。

 幻想的な地底湖に四畳半が浮いているという状況がミスマッチか、似合っているというのかはわからないが。


 ともあれ、ぼくは魔王と四畳半に座って相対した。

 

「仕方ない。そういうこともある。魔王とて、分別もあるし、良識もあるし、空気も読む。監獄にいるこんなオレンジの囚人服に身を包んだ魔王が、巨大な城でも構えられると思うか? 我、問う」

「いや、それは全然、構えられるとは思えないけれど」

「そうだろう。だから、これが精いっぱいなのさ。我、限界」

「本当に……?」

「やけに疑うな。我、困惑」

「そりゃ、魔王が突然でてくれば疑う」

「まあ、安心すると良い。我は虚像だ。そんな簡単に我が出てきては、展開的にも拍子抜けだからな」

「じゃあ、なぜに出て来た」

「そりゃ、我の居城に人が入ってきたら挨拶の一つもするだろう? それが、我好みの年下男子ともあれば、虚像でもてなし、好感度を上げておいて後々にイイことをするための伏線を張りたくもなるというもの。なんだったら、一日時間がある今、いろいろと仕込んでみるというのもよいじゃないか」

「いや、それは後々が怖いから勘弁してもらいたいんだが」


 非常に魅力的な点からはなんとか目をつぶるしかない。

 ぼくとしても、健全な男子高校生なのだから、魔王のように美人でスタイルの良い女性に誘われるようなことを言われるのはうれしいのだ。

 相手が魔王でなければ、ほいほいついていってもいいくらいには、欲求もあるわけだし。

 そもそも、ここ毎日大野ヶ原こみみと風呂に入らされているわけだし、共同生活で一人の時間も取れない不自由な場所だからたまってもいる。


 まったく最悪な場所だ。

 ようやく一人になれそうと思ったら、魔王の登場。

 危機から逃れるために洞窟に入ったら、そこがドラゴンの巣穴だったような感覚。

 いや、まさしくその通りなのだ。


 ぼくは危機から逃れるために別の危機に入ってしまった。


?」

「大まかなくくりでいえばイエス。あなたの質問だけを見るのならノー」

「曖昧ですね」

「混沌と言ってくれ。曖昧は嫌いでね。なんでも明らかにしなければ、つまびらかにしなければ、暴かなければ我は我慢できないのさ。だから、曖昧ではなく、すべてが自明に混ざり合った混沌と言ってくれ。我は嘘は言わない」

「なら一つ教えてくださいよ」

「答えられるものなら答えあるとも。貴様は、我の好みの男の子だからな」

「なぜ世界を滅ぼしたんですか?」

「はは」


 魔王は二度笑って、ごろんと寝転がった。

 どこからともなく取り出したタバコに火をつけて咥える。


「タバコ嫌いなんですけど」

「我の部屋だ。好きにする、が嫌われては元も子もないな。仕方ない」


 魔王がパチンパチンと二回指を鳴らすと、タバコは煙ごと消える。


「それで、なぜ世界を滅ぼしたんですか?」

「それは神が言ったのか?」

「神が言ったわけではないですけど、この監獄でそう理解させられたというか」

「はは」

「違うんですか?」

「そう言ったら、君は信じてくれるのかい?」


 寝転がった姿勢から起き上がって膝を抱えて、その膝に頬を置きながらドキリとする表情で魔王はぼくを見つめて来た。

 本当に顔が良い。色々とズルいだろう、それは。


 ただ、世界を滅ぼしていないとしても、滅ぼしていたとしても。

 ぼくにとっては関係がない。

 ぼくに関係があることは、過去の話ではなく、今の話。

 この虚像の魔王ではないく、本物の魔王。

 どこにいるのか、誰に化けているのか。


 それを探ることだけがぼくに関係がある。


「ぶっちゃければ、あなたを信じるのは難しいですね」

「はは。君は正直だな。大魔王を前にしてよくもまあ、そんな風に言えるものだ。普通は迎合するものだぞ」

「楽観ですよ」


 正直なわけではなく、楽観だ。

 ぼくはどちらかといえば噓つきだ。正直者なんかでは断じてない。

 ただ、ぼくはここで何を言っても、特に問題なくぼくに危険は及ばないだろうと楽観しているから、正直に言っている風になっているだけだ。


「楽観か。いい言葉だ。我も好きだぞ。何せ、我もまた楽観している」

「魔王も?」

「ああ、我はここを出られると楽観しているし。この先も我はにとってはどうにかなると楽観している。これは強者の余裕とは違う。強者は、なんとかなるとは思わない。何とかできるとしか思わない。それが余裕。楽観は根拠なく、ただなんとなく、感覚的に、なんとかなると思っている」

「改めて言われると、まあ、なんとも」


 酷いものだなと思う。

 根拠なんてどこにもないのに、ただなんとなくなんとかなるだろうと思っている。


「ひどくはない。ただそういう性質なだけさ」

モノローグ読まないでくれます?」

「魔王は全能だからな。なんでもできるんだよ」

「本当になんでも?」

「ああ、なんでも。できないことはたまにしかない」

「たまにとは……」

「本来ならやる必要がないことをやるような時とかな。役割から逸脱すれば、そりゃできないことも増えるものさ」

「魔王の役割とは?」

「そりゃ、世界の敵ってことだろう。なにせ、我何もしてないのにこんなところに押し込められてるわけだからな」

「じゃあ、世界は破壊していないと?」

「そうとも、世界を破壊したところでなんになる。我も住む世界がなくなれば困るからな。新作のゲームが発売されなくなったりすると困るだろう」

「そんな俗なたとえが来るとは思いませんでしたよ。じゃあ、なぜに監獄に?」


 魔王は二回喉を鳴らして笑った。


「そりゃ、神が臆病だってってだけの話さ。この我が、最強が、最上が、最悪が、ただ怖かったのさ」

「怖いものは蓋して閉じ込めて遠ざけろってことですか」

「そういうことだ。理解が早くて助かるよ」

「いや、理解してるわけじゃないですけどね」


 ぼくだってそうするという話なだけだ。

 嫌いなものは見たくないし、嫌なものは見たくないし、怖いものはそりゃ遠ざけておきたいのが人情だ。いや、神情でもあるのか。


「じゃあ、世界が滅んだっていうのは神の嘘?」

「いいや、世界は一つ、確実に滅んでいる。九つ世界は八つ世界になっている……八つ世界って、八つ橋みたいだよね」

「シリアスな時にギャグなこと言わないでくださいよ」

「思ってしまったのだから仕方ない」

「思ったことは全部口に出るんですか」

「いいや、面白いことだけだよ」

「別に面白くありませんでしたよ」

「貴様、それを言ったら、戦争だろうが!」


 溢れそうな怒気に、それがあふれる前に、ぼくは土下座した。

 ぼくここに来て土下座がうまくなっている気がする。

 今なら、ジャンピング土下座なんかもできるかもしれない。

 できたとして、足が痛くなるからやらないけれど。


「すみません、戦争は勘弁してください」

「降伏早いな!」


 こちとらただの一般人なんだから、魔王と戦争になったら負けるに決まっているのだ。

 いや、負けるどころか勝負どころか、戦争どころか、そもそもからしてこうやって相対していることすらも分不相応。

 ぼくにあるのは楽観だけで、魔王にあるのはすべてだ。

 ある意味、逆につり合いが取れそうだな、なんて思ってはならない。


 ないものが、あるものに、つり合いだなんてとれるはずがないのだ。


「それより本当に世界を滅ぼしてないんですか?」

「ああ、ないとも。さっきも言ったがね。そう何度も確認するな。我は嘘は言わない」

「でも、隠し事はあるでしょう」

「そりゃあ、ある。我とて人に知られたくない黒歴史は多々ある。多々多ある」

「じゃあ……なんで世界は滅んだんです?」

「そりゃあ、我のせいだな」

「おい」


 さっき世界は滅ぼしてないと言ったじゃないか。

 それが自分のせいってなんだ、それは滅ぼしてないとは言わないのじゃないのか。


「そう早合点するな。我が直接手を下したわけではないが、因果を紐解けば、我のせいになるという話なだけだ」

「じゃあ、滅ぼしてないとは言えないじゃないですかね」

「いいや、我が直接手を下していないという点が重要だ。わかるだろう?」

「……実行犯はほかにいる。あなたが理由で、世界を滅ぼした何者かが」

「そうそう。大正解。よしよししてやろう」

「そんなことより」

「そんなこと! 我のよしよしなんて、全宇宙が生まれてこの方やってもらえた奴はいないくらいレアなんだぞ!」


 それは少し惹かれるものがあるけれど、敵に頭を預けるというのはちょっと……。


「わかった。普通に年下の男の子の頭を撫でたいから、撫でさせてくれ」

「ぶっちゃけやがったな、おまえ」

「当たり前だ。こんなところに放り込まれて幾星霜。我好みの年下が現れる確率は限りなく低く、我禁欲。我もそろそろ我慢の限界。でも、ほらぁ……そういうことは知り合って何回目かのデートの時にしたいしぃ……」

「なんで、突然乙女みたいなこと言ってんだ」

「というわけで、今回はなでなででなんとかすませようかというわけだ」

「それ本当にそれで済むのか……?」

「済まなかったときは、すまなかったって言う」

「ダジャレか」

「そういうわけで、撫でさせい。年下撫でたい撫でたい」

「もう威厳も何もないな」

「最初からないだろ、フランク魔王だから」

「フランク魔王ってなんか名前っぽいよね」

「そんな話してないから、さっさと撫でさせろ」


 なぜか、ぼくは魔王に頭を撫でられてしまった。


 …………気持ちよかった。


「ふみ。もっと髪は丁寧に手入れしてほしいな。よし、今度から我が洗ってやろう。そうしよう」

「そうしたいだけだろ」

「その通りだ!」


 なんて、男らしい宣言なんだ。魔王は女だけど。


「はぁ……それより、誰なんだ。誰が世界滅ぼしたんだよ」

「それはもちろん、神だ」


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