第23話
「うわあああああああ!?」
恥も外聞もなく、それはもう叫んでしまった。
ぼくとしては最大の黒歴史と化した。
もう嫌だ、どうしてぼくが死にそうになりながら、最強と不死身から逃げなければならないんだ。
「うわっ、びっくりした」
驚き二回。
ぼくはそれで彼女が何者かわかった。
「大野ヶ原、さん?」
「そうだよ」
「どうして……?」
「どうしてって、追いかけて来たんだよ」
「よく、ここがわかったね」
ぼくは結構こそこそしていたつもりなんだけど。
これでもぼくは人に見つからないようにすることには一家言くらいあったはずなのだけれども。
余裕がないとは言っても、そう簡単に見つかるはずがないのだが。
とりあえず、どうして見つかったのかと聞いてみれば。
彼女はきょとんと首を二回傾げる。
「うーんと、勘? とりあえずどこに行ったんだろうなって探して図書館に来たら見つけた感じ」
「なるほどー……」
まともに答える気がないのか、それとも本当にそうなのか判断に困るところだ。
ぼくとしては、本当にそうだったで行ってほしい。これでまともに答える気がないとかだったら、何か企んでるとか、謀られていたパターンでぼくが高確率で死ぬ奴だ。
それだけはごめん被る。
「単刀直入に聞くよ。ぼくは今、余裕がない。君は、誰の味方だ?」
「誰の味方?」
大野ヶ原こみみは、うーんと人差し指を唇に持って行って二回ほど叩きながら考える。
「うーんと。あなたの味方をしようかな」
「なぜに?」
「え、えぇ、今それ聞いちゃう? 聞いちゃうぅ?」
「好きとか言ったら、ぼくは君を殺すね」
「なぜに!? てか、殺すとか言っちゃだめだよ!?」
「冗談だよ」
「なおダメだよ!?」
さて、どうしたものか。
「いや、考えるまでもないか」
味方はいた方がいい。
それに大野ヶ原こみみは、魔王ではないし、ぼくが魔王でないと信じてくれるだろう。
そうだよ、楽観だよ。
「まあ、なんとかなるろう。なるようにしかならん」
さて、そうなれば今後だ。
どうするかだ。
一日、隠れ潜む。
これが理想だが、そんな場所どこかあるか?
「隠れる場所が必要だな。誰にも見つからない場所」
「あ、それなら知ってるよ~」
こっちこっちと二回手招きして、大野ヶ原こみみは本棚の間を抜けていく。
追いかけるか迷った。
本当に彼女がぼくを陥れない保証はない。
いくら楽観していたとしても、目に見える地雷を踏みに行くほどぼくは愚かではない。
「まあ、でもほかにやれることないだよなぁ」
それにスリロスや日日無敵が、大野ヶ原こみみを使って罠を仕掛けるとは考えにくい。
あの二人は基本的に強い。
強いからこそ真正面から突撃してくるタイプだ。 ぼくのように策を弄したりする必要がない。
むしろ下手に策を弄するほどに弱体化するタイプのはずだ。
それだけの力を持っているし、大砲が人型になって段数無限で撃ちまくってくる敵だ。
あいつらなら、ぼくがいる場所を見つけたらミサイルよろしく爆撃じみた攻撃をしてくるに違いない。
それがないということは、少なくとも二人は関わっていない。
大野ヶ原こみみの単独の動き。
「彼女が策を弄するとは思えないから、善意で助けに来てくれたのかもしれない」
楽観だな。
楽観だよ。
仕方ない、ここはもう追いかけるしかない。
時間をかけすぎて見つかっては本末転倒だ。
それに彼女が相手ならばぼくでも制圧できるはずだ。こちらには、慈悲の鉄もある。
ぼくには使いこなせないけれど、脅しの道具としては使えるだろう。
ぼくは大野ヶ原こみみを追いかけることにした。
追いかけたぼくが追いつくと、大野ヶ原こみみは女子トイレに入っていく。
「ふむ……」
さて、女子トイレか。
入っていいものか。
いや、この場合は入らねばならぬよね。
うん、入ろう入ろう。
入っていいんだし。
いや、こんな緊急事態に何を言っているんだ、ぼくは。
「いや、でも緊張するって」
「何してるの早く来て」
二回も手招きされた。
それにしても、この緊張ってなんなんだろう。
普段は入れない場所に入るということに対する緊張だろうか。
トイレだぞ? 別にぼくはトイレなんてどうとでもないし。
普通にしていればいいんだ、普通に。
「お邪魔します」
めちゃくちゃ声が上ずってしまった。
恥ずかしすぎる。
「こっち」
幸い、大野ヶ原こみみは気にしてないみたいだ。
セーフだ。
これで笑われでもしたらぼくは死ぬ。
大野ヶ原こみみが二回指さす。
奥の個室。
そこに入れということらしい。
一緒に入ると、大野ヶ原こみみは扉を閉める。
狭い場所に二人っきり。
「…………」
なんとも言えない緊張感でぼくは黙るほかない。
黙っていると、遠くで轟音がしてトイレが揺れた。
最強と不死身が争っているのか、ぼくを探して監獄を破壊しようとしてるのかのどちらからだろう。
できればまだ争っていてほしいものだ。
争えば争うだけ、ぼくを探す時間が無くなるわけだし、ありえない話だが、二人が消耗して共倒れしてくれたならこれほど良いことはないだろう。
「いや、良くはないか」
魔王を最後に倒す必要があった場合に、ぼくだけ残ってもダメだしな。
魔王を倒すには少なくともスリロスくらいは万全の状態で生き残っていてもらわないと困る。
そうなると、少しはぼくを探してきてほしいと思ってしまうのが、どうにもままならないものだ。
仕方なし、ぼくはトイレを観察することにする。
パイプが天井から伸びてトイレにくっつている。
現代の水洗式のようにも見える。ざっと確認したところ男子トイレと違いはないようだ。
「えーっと、確かこれをこうして」
大野ヶ原こみみが、くるくるとパイプについていたハンドルを回す。
ガコンと音が鳴る。
「なんだ!?」
「大丈夫だから、落ち着いてね」
トイレが下へ下がっていっているようだった。
「こんなギミックがあったのか……」
トイレエレベーターはどこまでも下においりていった。
どれくらい下りたのかわからないが、ガコンと音がして止まる。
「ついたのか?」
「まだだよ、こっから飛び込んで」
「飛び込む?」
よく見れば、虚空に水の柱があるように見えた。
「えーっと、あれか? よくある四角い世界の水流エレベーター的なあれ」
「何を言っているのかわからないけれど、これで下に行くんだよ」
「正直、トイレエレベーターでなければ、行くところなんだけどね」
たぶんトイレの水じゃないんだろうけれど、ぼくらはトイレから下がってきたわけで、どうにも連想してしまう。
「行くよー」
トンットンッと二回ほど肩を叩かれて、手を引かる。
「あっ」
情けないぼくの声とともにぼくは水の柱に突っ込んだ。
凄まじい速度でぼくは落ちていく。
こんなの死ぬだろうと思った。垂直落下のウォータースライダーをやっているような感じだ。
ぼくの耐久力ではどうにもならない。
絶対にならない。
しかし、その心配は無用だったようだ。
終わりが近づいてきた時、落下速度がゆっくりになった。
そのままゆったりお風呂につかるような気軽さで、最下層にたどり着いたようだった。
どうやら地底湖になっているようだ。
水底に何かあるのか、きらきらと輝いているようだ。
「こっちですよー」
大野ヶ原こみみが二回指さす。
そちらを見れば、四畳半の部屋が地底湖に浮いていた。
「なんだこれ……」
幻想的ではあるが、何故に四畳半があるのだろう。
いや、いい。今は水から上がろう。
いつまでも濡れていると気持ち悪いし。
何か変な魚とかいても困る。アマゾンの川にはそれは恐ろしい魚がいるという。
確か、カンディルという名前で、あそこに入り込むとか入り込まないとか。
身の毛がよだつほどだ。
さっさと泳いで四畳半に上がる。
不思議なことに四畳半に足を踏み入れた途端、服が乾燥した。
良かった、裸になって乾かす必要はないんですね。
チッ。
大野ヶ原こみみの裸を見損ねた。
いや、なんだったらいつも見ているけれども、こうね。風呂だし。風呂じゃない場所でっていうのが重要であってね。
「こんな場所があったのか」
「隠し部屋らしくてね。わたしも、偶然見つけたんだ。これを知ってるのはあとはえーっと、シスターくらいだよ」
「それなら、もう知ってるのはぼくと君だけってことか」
ふむ、ここで大野ヶ原こみみを始末したらぼくだけ。
ぼくは安全と。
「…………」
「何? 怖いんだけど……」
「いや、君を始末したらもうぼく以外誰も知らない場所になるよねって」
「怖いよ!?」
「冗談だよ」
「冗談に聞こえないよ!?」
ぽかぽか二回ほど叩かれてしまった。
「それで、ここは?」
「それで、で済ませられると思ってるのかな」
「そんなことはもういいだろ? ここがどこだか教えてくれよ」
「わからないよ。ただ隠し部屋ってくらいしか知らないし」
「まあいいか。ここで明日まで過ごすんだな」
「うん。ごはんとかは、頑張ってね!」
「まあ、一日くらいなら何とかなるよ。うん」
「じゃあ、頑張って。わたしは戻るね!」
そう言って大野ヶ原こみみは、別の水柱に入った。
あちらが戻る水柱のようだ。
「ふぅ……」
ぼくは四畳半の中央に座り込んだ。
「ようこそ、我の城へ」
魔王が現れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます