第22話

 四日目、広場の自由時間。

 いつものように、当然のように、魔王がいる。

 最強にして、最上にして、最悪の魔王がいる。


「おや? 我、困惑。いつもなら、怖いやつが襲い掛かってきたというのに」

「死にましたよ」

「ふむ、ふむ。残念無念。なくなったらなくなったで、少し寂しくなるな。まっ、どーでも良いか。さあ、そろそろ我がどこかわかったか?」

「オレ様以外」

「ボク以外」

「貴様らには聞いてない。ほらほら、貴様だ、貴様。我は誰と入れ替わっておるかわかっただろう? ここまでくれば、ここまで減れば」


 ぼくは頷いた。


「日日無敵だ」

「…………」


 魔王が押し黙る。

 どうだ? 正解だろう。

 それ以外にないのだから。

 あらゆる可能性を排除していった先にあるのは、どんなものであろうとも真実だと某名探偵は言っていた。


 その理論にのっとるならば、ぼくの考えは間違っていないはずだ。


「フッ」


 だがしかし、魔王はそんなぼくの理論を、ぼくの考えをあざ笑うか。


「ぶー」

「は……?」


 不正解。

 日日無敵は魔王ではない。

 あの不死身は魔王ではない。


 ならば、残る可能性は一つ。

 ぼく。


「い、いやいやいやおかしい! おかしいだろ!? ぼくが魔王なわけない」

「さあ、我はわからなんからなー。虚像だからなぁ」


 ニタニタと二回笑う魔王。


「くっ」


 とにかく逃げなければならない。

 状況は最悪だ。

 最悪に最悪だ。

 楽観が死んだ。

 この人でなしとボケる暇すらない。


 今は、何もかもをかなぐり捨てて逃げなければならない。


 ぼくが、後ろを向いて逃げ出そうとしたとき、肩をぽんと、掴まれた。


「うわあああああああ!?」


 褐色の手。

 筋肉質。

 力を入れて掴まれているというわけではない。

 だというのに、スリロスの手が乗っているだけで、まるで重力が百倍にでもなってしまったのではないかと錯覚させられる。


 ぼくはただそれだけで一歩も動けなくなる。


「おまえが魔王だったとはなァ。知らなかったぜ」

「フン、ここまで面倒をかけてくれたものだ」

「ま、待ってくれ」


 待て、待て、待て。

 ぼくは違う。

 ぼくじゃない。


「ふーん、よく化けてんなぁ。まるきり弱い気配しかしねえ」

「どうやって完璧に化けているのか興味がある。そのまま解体する」

「待て、待ってくれよ、待って!」


 違うんだ、ぼくじゃない。


「さあ、正体を暴かれたんだ。真の姿になれよ。そんな弱い魔王を倒したって、オレ様は楽しくねェんだよ」

「その姿になった術理には興味があるが、確かに真の実力を見せてもらいたいところですね」

「まあ、それともあれか?」

「ボクらから襲った方が良いと」

「そういうことか?」

「だったら」

「仕方ねえよなァ」


 ヤバイ。まずい。

 まずいなんてものじゃない。 

 どうしようもない。

 詰んだ。

 終わった。

 最悪だ。

 どうにかなるなんて思っている場合じゃない。

 どうにかしなければならない。

 どうする。

 どうする。

 どうすればいい。

 どうすれば、この現状を打破して、生き残れる。


「んじゃ――」


 ぱっ、とスリロスがぼくの肩を離す。

 それは決して解放ではない。


 ギチギチと音が鳴るほどに拳を握りこみ、ぼくに打つ為だ。


「オラァ!」


 逃げなければと振り返る暇すらなかった。

 もはやそれはミサイルと言っても過言ではなかった。

 認識できているし、その軌道もわかっているのに、どうしようもないという一撃ということがわかる。


「術式――【指切りげんまんぶった斬れろ】」


 ぼくにとっての最大の幸運は、最強と不死身、スリロスと日日無敵が、二人して二人だからこそ二人故に、まっとうに連携なんざ取れない連中であったことだ。


 二人はぼくを殺そうと同時に攻撃を放った。

 狙いは二人ともほぼ同じ。

 一撃必殺を狙っての攻撃だからこそ、同じ場所に向かう。

 すなわち急所で、ほとんど軌道も同じと来た。


 そうなれば必然交差する。

 ぼくに当たる刹那の位置で交差する。ぶつかり合う。互いに衝撃を食い合う。


 そして、ぼくはいくつかの幸運で生き残った。


「あ?」

「チッ」

「ぐおおおおおおおお!?」


 ぼくは胸が爆発でもしたかのような衝撃受けた。

 ばきりと嫌な音が響く。

 それでもぼくはまだ生きているという幸運にどうやらありつけたようだった。


 ただし、そのままの勢いでぼくは、広場の入り口まで吹き飛ばされた。

 広すぎる広場が次の幸運。

 壁にぶち当たらずに、ミンチにならずに済んだ。


「テメェ、オレ様の邪魔してんじゃねえぞ!」

「チッ、貴様こそボクの邪魔をするな」

「ああ゛やんのか!」

「貴様なんぞどうでもいいが、邪魔をするな」

「どうでもいいだと? ふざけんな、オレ様は最強だ。オレ様がどうでもいいわけねえだろうが」

「どうでもいいものはどうでもいい。邪魔だ」

「良いぜ、刻んでやるよ、来いや!」


 スリロスと日日無敵の相性が最悪だったということが幸運だった。

 二人が一瞬でもぼくを忘れて、争い始めたから、ぼくはなんとか立ち上がり広場を出ることができた。


「ぐっ……」


 ぼくはドアを開けた。

 ドアは開いた。

 ぼくは逃げ出した。


 どこへ行けばいいのか、どこに逃げるのが正解か。

 わからないが、とにかくぼくは一番広い、共用棟へ逃げ込むことにした。

 図書館や風呂など、様々なフロアに分かれていて、隠れられる場所がいくつもある。

 逃げるには良い場所だと思った。


 少なくとも最強でほかに頓着しないスリロスと、不死身であるがゆえにほかに頓着しない日日無敵が、最初にぼくの行動を読むという小賢しさを発揮して共用棟に探しに来るということはしばらくはないだろうと思う。


「ああ、でも大野ヶ原さんがいるか」


 彼女があの二人に味方しないとも限らない。

 あるいは魔王の虚像がいらぬことを言っている可能性もある。

 そもそも刑務作業の時間になれば一斉に転移させられる。


「詰んだか……ああ、最悪だ」

『ピンポーン、本日の刑務作業はありません』


 ずいぶんとタイミングのよろしいアナウンスだ。

 ぼくにとっては非常に助かるものであるが。

 ともかく、ぼくはいったん図書室の奥の奥に隠れ潜むことにした。


「はあ……」


 そこで一息ついて、ぼくは懐を探る。


「お守り替わりに入れてた鍵が役に立つとはね」


 七色に輝いていた鍵は半ばでぼっきりと折れている。

 これが盾になってぼくの命を救ってくれた。


「うむ、ありがとう鍵。この恩は数秒くらい忘れないよ」


 鍵をさっさと捨てて、ぼくは移動する。


 どれくらいでスリロスが来るだろうか。

 どれくらいで日日無敵が来るだろうか。


「とりあえず、明日の広場に行く時間まで逃げなきゃな」


 そこでぼくが魔王だと魔王の虚像に告げて、はずれ認定してもらえばいい。

 それでぼくは助かる。


「問題は、それで本当にはずれ認定をしてもらえるかだな」


 楽観すれば、出してくれるとは思う。

 ぼくは魔王ではないのだとぼくが知っている。


「もしかして記憶とかいじられてたりしたらわからないよな」


 そんな可能性もあるけれど、それだって意味がない。

 魔王が魔王の正体を探ることに躍起になってどうするという話だし。


「そうなると、本物の魔王がいないということになる」


 あるいは前提を間違えているのか。

 やはり死んだ中にリリス・夢咲とシスター・ソレラの中に魔王がいたのか?


「いや、それはあまりにもバカすぎないか?」


 そんな簡単に魔王が死ぬのなら、ぼくらを召喚する意味なんてないだろう。

 ぼくらが召喚されたのは封印した魔王が倒せなかったからなのだから、天罰で殺せるのなら最初からそうすればいいだけだし。


 あるいは能力的にリリス・夢咲になっていたから死んだ。

 シスター・ソレラになっていたから死んだ。


「そうだとするな公平だけれど、どうしようもないぞ。そんなことで魔王が死んでたらこんなことにはなってないだろ」


 やっぱり魔王はまだ生きて、ぼくらの中にいるはず。

 だが、ぼくらの中に魔王はいない。

 考えられることは……。


「ぼくらのほかに、まだだれかこの監獄の中にいる」


 その時、ぼくの肩がぽんと誰かに叩かれた。

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