第21話

「シスター、残念でしたねね」


 例によって例のごとく、例になるように、ぼく、いやぼくと大野ヶ原こみみは一緒に風呂に入っている。

 三度も続けば、三度目ともなれば、人は慣れるものだ。


 だから、ぼくもすっかり慣れて――などと言えるはずもなく。

 いつだって何度目だって女子の裸はいいものである。


「ああ、うん、そうだね」


 気のない返事であるが、仕方ない。

 大野ヶ原こみみには、事の真相は話していないのだから、そうもなろう。まあ、理由はそれだけではないのだが。

 なにせ、僕には今、やらなければならないことがあるのだ。


 じりじりじりじりじりじりと少しずつ近づいているのだ。気づかれないように。


「残ったの、あの剣、だけなんですよねね」

「うん、慈悲の鉄って名前だったかな」

「慈悲の鉄……シスターらしいと思いますですです」

「そうかな?」

「はいはい。鉄は、熱しやすいですし」


 慈悲の鉄。

 そんな名前の蛇腹剣。

 シスター・ソレラが持っていた特別な得物。


 鋼でもなければ、金でも銀でもなく鉄。

 鉄、熱しやすい金属。

 彼女の信じやすい性質を示していたのかもしれない。今となっては知る由もないが。


「でもでも、これではっきりしたんですよね?」

「何が?」

「魔王ですです」

「そうだね」


 シスター・ソレラが死んだ今、残っている魔王候補はぼくと日日無敵だけだ。

 そうなってしまえば、後はもう単純。

 ぼくは魔王ではないのだから、日日無敵が必然的に魔王ということになる。

 なるほど、不死身に化けていたのか。


「まあ、でも合理的というか、やりやすかっただろうね」


 不死身に化けておけば、その強さを隠せる。

 あの魔王は見た目通り、見た通り、見た目と反して、強すぎる。

 最強にして、最上にして、最悪。


 それが魔王を示す言葉。

 その言葉の通り、魔王は、最悪なのだ。


 その最悪が身を隠す、身を潜める、身代わるともなれば、それ相応の相手になってしかるべきなのだ。


 最悪に釣り合うとすれば、最強か、あるいは不死身かという話だ。

 人外にでもならない限り、どうやったってつり合いなんて取れないはずなのだ。


 どんなデスゲームであろうとも傷を負わない、死なない。

 そんな奴はスリロスか日日無敵くらい。

 ならもう、魔王は日日無敵で違いないはずなのだ。


「うーんうーん」


 大野ヶ原こみみがうなりながら、二度首をひねる。


「どうかした?」

「いやいや、そんな単純に終わっていいのかなかなって」

「考えられる結果は、それだけじゃないかなって」

「でもでも、無敵君が魔王って理論の前提は、あなたが魔王じゃないっていう前提でなりたってるんだよだよ?」

「うん、ぼくは魔王じゃないよ?」

「でもさでもさ、それって本当かわからないよね、ねっ? だからさ、もしも、もしも無敵君が魔王じゃなかったら、どうするの?」

「ありえない仮定だね」


 そんなことはありえない、ぼくはぼくが魔王でないことを知っている。

 ぼくの意識は、そのままだし、ぼくが魔王であったのならどうしてわざわざ自分から魔王当てに真剣になっているというのだろうか。

 それでは魔王は自分自身の寿命を縮めているではないか。


「うーんうーん、そうなんだけど。このまま終わりそうじゃないなーって、そんな気がするの。だからだから、仮に無敵君が魔王じゃなかったらどうするの?」

「その場合は、考えたくないんだよなぁ……」


 それはつまるところ、ぼくの終わりを示す。

 日日無敵が魔王でないのならば、残ったぼくが魔王という図式が公式になってしまう。


 そうなってしまえば、ぼくを待っている未来は一つで、結末は二つに一つだ。

 まず未来はといえば、最強と不死身との敵対。

 考えたくもない未来筆頭だろう。


 そして、結末の一つは、最強に殺されること。

 もう一つは不死身に殺されること。


 今のうちに逃げ方を考えておいた方が良いかもしれない。


「あっ、それならぼくが先に魔王に聞けばいいんじゃないかなぁ」


 ああ、でもそうしてその日の刑務作業で生き残れるのかわからない。

 もう日日無敵に確定という状況に持っていった場合、スリロスと日日無敵は、刑務作業関係なく、殺し合いを開始するに違いない。


 確定となればもう黙っている理由はない。

 そもそも今も彼らがおとなしくしている理由はないはずなのだ。

 だから、こんな薄氷の上の平和なんてさっさと放り出してしまった方が良い。


 ぼくの潔白を証明するのは、遅すぎる。

 やるなら最初にやるべきだった。

 まだ人が多かった時期に、シスター・ソレラがいる頃に。

 そうしていれば、シスター・ソレラはぼくのことを信じて味方になってくれたに違いない。


 彼女はそういう性質があった。

 そんな彼女ももういない。

 ぼくが殺したようなものだ。いや、ようなものではないか。

 ぼくが殺した。正真正銘、ぼくが、ぼくの手を使わずに、邪魔だったから殺した。死んでもらったと言った方が正しいかもね。


「うーん、焦ったか。はぁ……ほんとぼくって奴は」


 いつもいつもやってから後悔する。

 あの場面ではそれが最善と思っても、もっと遠くを見れば、捨てたものが必要になったりするのだ。

 やれやれだ、まったく本当、ぼくって奴は。


「それでそれで、どうします?」

「うーん、どうしようか。ぼくが最強と無敵に追われたら、どうしようもないんだよなぁ」

「ですよねですよね」

「事実だけど、大野ヶ原さんに言われるとムカつく」

「なんでなんで!?」

「二回繰り返してるからだよ」

「えっ、えっ? あれ繰り返してますます?」

「繰り返してるよ」


 無意識だったのか。

 無意識にしては、自然だったし。

 ぼくもキャラ付けかなと思っていたから気にしていなかったのだけれど。


 二回、言葉がある一定の部分で繰り返す。

 二回、動作をする。

 一人で二人分を補っているかのように。


「それ、癖じゃないの?」

「えぇえぇ、そんなことしてますます!?」

「してる」


 今も、驚いて両手を二回振った。


「ええええ、本当だ!?」

「気づいてなかったのかぁ……」


 とんだ天然というか。


「それ、ずっとやってるの?」

「え、いや、全然。ここに来てからですです」

「ここに来る前は、普通だったの?」

「はいはい、そうだったはずですです」

「ふーん」


 まあでも、どんな天然でも、おかしくても。

 大野ヶ原こみみはすでに終わっている。

 認定終了。試験終了。分類完了。

 彼女はまぎれもなく、魔王ではないということはわかりきっている。


 二日、ぼくは一緒に寝食を共にしているからこそ、彼女がスリロスのように最強でも、日日無敵のように不死身でもないことはわかっている。

 彼女はあまりにも普通だ。

 異常すぎるほどに普通だ。

 普通で普通で普通に過ぎる女子高生なのだ。


 本当にどうしてこの監獄に呼ばれたのかわからない存在である。

 ぼくもそうだけれど、一体どういう選考基準で呼んだのか。まるでわからない。


 だから、どんなにおかしな挙動をしていても、もうどうでもいいのだ。

 魔王当てゲームからは抜けている。


 ぼくを害する可能性があるのはそうだけれども、二日もぼくを放っておいて、

今も放っておいている状態なのならそれほど警戒はいらないだろう。

 そうぼくは楽観している。


 何より、この役得を逃す気はない。

 警戒するよりもぼくには優先すべきことがいろいろとあるのだ。

 そう男子高校生の本能的な部分とかね。


「まあ、でも本気で考えておかないとな」


 ありえない話だが、あってほしくない話だが、仮に日日無敵が魔王ではなかった場合の想定をしておかなければならない。

 最悪に最悪を重ねて、楽観に楽観を許さぬ最低最悪の場合を想定しなければならない。


 そうしなければぼくは立ちどころに最強と不死身に殺されてしまう。

 それだけは断固拒否だ。

 殺されたくはない。


 そんな不自由な状態で殺されるなど許せるわけがない。


「ああ、最悪だ」


 まったく、悠長に楽観させてくれないものだろうか。

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