第20話

 始末しよう。

 シスター・ソレラ、あなたはぼくの自由に必要ない。

 消えてもらおう。ぼくの手を切り落とすだなんて、大罪を犯したんだ。万死に値する。

 これは正当防衛だ。だから、ぼくは悪くない。


「うーん、手だと必死さが足りないんでしょうか。もっと必死になれるところを切りましょう」


 シスター・ソレラが恐ろしいことを言っている。

 ぼくのどこを切るというのか。どこも切らせてなるものか。

 ぼくは水差しを掴んで、店の外に放り投げた。

 

 ガシャーンと大きな音が響く。

 それと同時にゾンビがぼくらに気が付いて迫ってきた。


「あらあら、試練ですね! 神の試練! おお、神よ、感謝いたします。私の信仰をどうぞお見届けください!」


 シスター・ソレラが再び天井に上がり、嬉々としてゾンビを狩り始める。

 その間、ぼくはテーブルの下に隠れながら、思案する。


「さて、どうするか」


 シスター・ソレラを処分する方法を考えなくてはならない。

 ゾンビに襲わせて疲れたところを倒す。


「いやぁ、無理だろ。ぼくは村人Aとかだぞ?」


 あんな信仰レベルカンストしてそうな、神が言ってるからとかいう妄言で天井に立ってる馬鹿を相手にできるような強さなんて持ち合わせがない。

 そもそも二回も手を切られてそれなりに血を流しているせいで、ふらふらなのだ。


 そんな状態でどうやって戦えばいいのだ。戦えるはずがない。

 どんなに楽観していようとも、これで勝てるほど楽観できない。


「じゃあ、罠にかけるしかないか」


 幸いなことに刑務作業中だ。

 これがなんの制限もない自由時間だとどうしようもないが、刑務作業中ならやりようがある。

 特に、だるまさんが転んだというのが良い。

 実にいい。


 シスター・ソレラを鬼の前に引きずり出す。

 たったそれだけで、シスター・ソレラをペナルティーが襲うはずだ。

 楽観的予想であるが、今までの刑務作業を考えれば、鬼が目からビームでも放つかもしれない。

 流石のシスター・ソレラもビームを受けたら死ぬだろう。


「うん、それが良い。もしそうじゃなかったら、その時に考えよう」


 方針は決まった。

 ならば次に問題に着手する。

 次の問題は、シスター・ソレラをどうやって鬼の前に連れていくかだ。


 普通に蹴りだすか。


「いやいや、相手はあのシスター・ソレラだぞ?」


 シスター・ソレラ。

 彼女は、最強でない。

 彼女は、不死身ではない。

 彼女は、サイボーグでもない。


 ただ、それでも彼女は真正だ。

 最強ならざる、不死身ならざる、サイボーグならざる、ただの人間だとしても。

 彼女は、スリロス、日日無敵、リリス・夢咲と一緒に並べても構わない強者だ。

 シスター・ソレラは、まぎれもなく、正真正銘、真正からの怪物だ。


 ただ信仰のみで、その境地にたどり着いている。

 思い込みで宙をかけ、天地を逆転させる。

 彼女の前では、最強だって最強ではない。

 彼女の前では、不死身だって不死身ではない。


 彼女は、あらゆるものを神以下と断じ、殺すに足る刃を持つ。

 正しく信仰し、正しく進行し、正しく侵攻すれば、魔王にすら届く刃である。

 間違いなく、正しい魔王を前にすればこれほど頼もしく魔王を殺せるに足る力はないだろう。


「でも、だから、邪魔だ」 


 ぼくの自由を害し、ぼくを拘束し、ぼくに強要し、ぼくを強迫したシスター・ソレラは、憎き怨敵だ。

 敵となった。

 ぼくは味方には優しいけれど、敵には一切容赦しない。


「でも、怪物なんだよなぁ、アレ。一般人には荷が重すぎる」


 怪物をぼくの力でだるまさんが転んだの鬼の前に蹴りだすだなんて、冗談はよしてくれである。

 人間がトラックを蹴って駐車場から発進させられるかというレベルの話になってしまう。

 土台無理な話だということになってしまう。


 だから、そうだなぁ……。


「自分から行ってもらうっていうのが手っ取り早いんだよなぁ」


 ふむ、それが良い。

 さて、どうしたら行ってくれるだろうか。

 自分で、鬼の前に、行ってくれるだろうか。


 ●


「ふう、これでひとまずというところでしょうか」


 シスター・ソレラは、ある程度ゾンビをせん滅したところで慈悲の鉄を動かすのをやめた。

 特殊な蒸気機構と、彼女の埒外の信仰心が成し遂げた変幻自在の架空兵装であるところの慈悲の鉄を動かすのは実は結構、そこそこどころかかなり消耗するのである。


 いくら信仰心で動かしているとは言えども、彼女は最強でもなければ不死身でもなく、サイボーグでもない。

 人間なのだ。人間故に疲労という当たり前からは逃れられない。


 思い込みに限度はなくても、肉体的には限界がある。

 多少は頭の血のめぐりも悪くなる。


「ぐぅう」

「おや?」


 そこでぼくの登場である。

 ぼくは身を丸めて痛がっている。


「おやおや? どうしました?」


 右腕をしっかりと抱えながら、震える左手と声で、ぼくは店の外を指さす。

 そこには右手があった。


「信じて、やってみようとした、ら戦闘で……」


 吹き飛んだ。


「まあまあ、それは大変ですね! しかし、信じてやってみようというのはとても良いことです。良い信仰心です。ですが、あまり無茶はいけません。神を信じたのならば、神のためにも長く生き、あなたはほかの方にあなたと同じ信仰を呼び起こさなければならない責務を負ったのです。少しお待ちください、持ってきますので」


 軽く、シスター・ソレラが床を蹴って店の外に出て、手を拾う。


「おや~?」


 その手は、ぼくの手というにはあまりにも腐りきっていた。

 それはぼくの手ではなく、ゾンビの手だった。


「ありがとう。外に出てくれて。まさか、こんなに簡単に信じてくれるだなんて、思わなかったよ」


 拍子抜けもいいところだった。

 もっと何かしらあるのだろうと、何か一個くらいイベントというか、見せ場というか、山場というかがあるものだろうと思っていたけれども。


「まあ、順当に考えればそうでもないのかもしれない。だって、あなたは信仰者だもんね。ナニカを信じるのが仕事」


 それゆえにシスター・ソレラは、異様にナニカを信じやすい。

 ぼくのあまりにも噓くさそうな演技だろうと、一度は偽物といった魔王の虚像であろうとも、本当だと、本物だと、信じてしまう。


 それが三度目の正直と言わんばかりに、毎回毎回、シスター・ソレラが挑んでいた理由だろう。


「本当に信じやすくて助かるよ。それがきっと信仰心の源なんだろうけれど、まあ、ここまで引っ掛かってくれると本当、ご都合っぽいけども、楽観的でとてもいいよ。ぼく好みだ、ありがとう」


 ぼくは、立ち上がって切れていないを振って見せる。


 シスター・ソレラが目を大きく見開いた。

 そして、すぐにこちらに向かってこようとする。

 もう遅い。


『――転んだ』


 鬼が振り返る。

 シスター・ソレラが視界に入る。

 その瞬間、シスター・ソレラは蒸発した。


 鬼の両目から放たれたビームによる消滅だった。

 残ったのは慈悲の鉄と焦げた床だけだ。


「うわ、あの鬼、本当に目からビーム放つんだ」


 ともあれ、これで良い。

 断末魔を上げることもなく、信仰を口にすることもなく、シスター・ソレラは死んだ。

 それで今は良しとしよう。


「さて、これからどうするか」


 さんざん暴れられたおかげで、ゾンビどもは近くにはいないが、またどこからかやってくるに違いない。

 まずは移動だ。


「さて、今度はどこが自由になるかな」


 鬼が前を向いている間に、ぼくはこそこそ動き始める。

 ふと、床に転がっている慈悲の鉄が目に入った。


「うーん、かっこいいけど、ぼくには使いこなせないだろうし」


 でも、かっこいいんだよなぁ蛇腹剣。

 コレクションするにはいいかもしれない。

 ぼくは珍しいものが好きなのだ。


 とりあえず拾っていくことにする。

 何かに役立つこともあろう。

 そういう楽観だ。


 そして、楽観通り、どうにかこうにかだるまさんが転んだをクリアした。

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