第18話
少し子供の頃の話をしたいと思う。
子供の頃、小学生くらいの頃。
親同士が知り合いで、子供も昔からの付き合いで、友達になった奴らとぼくはそこそこ仲良く遊んでいた。
鬼ごっこだやドッヂボールとかをやって遊んだ。もちろん、その遊びの中にはだるまさんが転んだも混ざっていた。
そこそこ自然豊かな公園が家の近くにあったものだから、そこを使ってよくやったものだ。
その時、ぼくは小賢しい小学生だったので、屁理屈を使用していたものだった。
だるまさんが転んだは、ルール上、鬼が見ていなければ動いていい。
だるまさんが転んだと合図を出すが、合図を出されているときに、鬼に見えない位置で隠れておいて、鬼が他の人を見ている間も移動するという戦法をぼくは良く使っていた。
自然がそこそこあった公園だから、茂みの裏とかに隠れると鬼からはその後ろはまるで見えないのだ。
ぼくが鬼になった時に確認していたから間違いない。
その茂みを伝って移動して、鬼が立っている木の背後とか潜んでいた。
そこまでくれば本末転倒も良いところであるが、そこは鬼の死角って奴になっていて、安全だったのだ。
まさか、こんなところまで大回りしているとは思いもよるまい。
ぼくはそう場所にいるのが好きだった。
そういう場所が一番、自由だから、ぼくはよくそういう場所を探しては身を潜めていた。
まったくもって小賢しい小学生であろう。
じゃあ、そんな微笑ましいエピソードがなんだというのかという話に入ろう。
簡単に、何も装飾せず、単純なまま言ってしまえば、この状況においてそれが活用できるからだ。
それがこのラーメン屋だった。
ここに来るまでに涙ぐましい多くの努力を要したが、なんとかラーメン屋に入店できた。
ぼくのラーメン屋に対する熱意はちょっとしたものだ。
ラーメン屋に入るためなら、片道一時間だろうとも自転車を漕ぐくらいの気概を持っている。
なぜラーメン屋に入ったのかだって?
ラーメンが神の食べ物だからだ。
豚骨か鳥白湯が好きだ。麺はカタ麺で。
おっと違う違う。脱線した。
ここが鬼にとっての死角位置だ。鬼の下方少し前。この位置ならば鬼が振り返っても、鬼が正面を見ていてもバレることはない位置のはずだ。
店には運よくゾンビはいなかったわけなので、ラーメンの一杯でもいただきたいものだが、ラーメンなんぞぼくは作れないのが残念無念だ。
「じゃあ、私が何か作りますよ~」
「あ、それじゃあ、お願いします」
「は~い」
名乗りを上げてくれたシスター・ソレラが簡単な食事を作ってくれるということだった。
………………。
あれ?
「いや、なんでいるんです?」
「あらあら? 私がいてはいけないのですか~?」
「いや、そういうわけじゃなくて。ぼくの故郷では、料理をするときは裸エプロンが基本でして、ここにはエプロンがないのでどうしようかと思っていたところです」
「な、なんということですか!? ありえません、裸で料理など!」
「はい、嘘です」
「………………」
「…………」
「では、ここにあなたの処刑を行いましょう。神は嘘つきなら殺してよいと言っております」
「すみません、調子乗りました。どうぞご容赦ください」
ははーと土下座する。
しまった、あまりにもどうしてこんなところにシスター・ソレラがいるのかわからなかったから、ついつい変なことを言ってしまった。
反省だ。
ぼくは、こういうキャラではない。
最近ちょっと緩みすぎた。楽観しすぎか。慣れすぎた。
少しハイになっているのかもしれない。なんにせよ、引き締めなければいけないだろう。
「それで、なんでいるんです?」
「ああ、お気づきではありませんでしたか? 私は、あなたの足にこう剣を括り付けて一緒に飛んで来たんですよ」
「なるほど」
なるほど、やばいな?
それでちゃんと到達できるというスリロスの意味不明な力もそうだけど、一緒にくっついて吹っ飛んでくるこの人もおかしい。
「じゃあ、なんでついてきたんですか?」
「はい、それはもう。神の試練を乗り越えるために決まっているじゃありませんか」
「はあ」
「流石の私も、数が多いなぁ、距離が遠いなぁと思っていたところなんです。それであなたが面白いことをしているではありませんか。これはもう行くしかないなと思ったんですよ~。こういうことも神の思し召しでしょうからね~」
「はぁ」
「それに、もう魔王の候補ってあと残ってないじゃないですか~。私と、あなたと、あの無敵さんしか」
「そう、ですね?」
「ですので、ここで死んでもらおうかなと」
「やめてください、後生ですから」
土下座続行。
なんとしても生き残らなければなるまい。
「ふふふ、あなた個人よりもぉ、魔王を倒した方が世界のためなのでぇ、ダメです」
ダメみたいだ。
なるほど、そうか。
仕方ない。
「なら、せめて最後の晩餐くらい用意してもらいたいなーって」
「ふむ、それは仕方ないですね。用意しますね」
さて、用意している間に逃げよう。
三十六計逃げるに如かず。
案外どうにかなると楽観だ。
「私が用意している間に逃げませんよう、よろしくお願いしますね」
ぼくを蛇腹剣の刃が取り囲んでいた。
「ははははは」
逃げられなかった。
どうにもならなかった。
ヤバイ。
「さて、どうしよう」
実に実に不味い状況だ。
この状況で、ぼくに何ができるだろうか。
「まあ、できることはないか」
ぼくにできることなど楽観しかないのだし。
だからといって何もしないわけにもいかない。
「いったい何を作ってくれるんです?」
「そうですね……このお店、ロクなものがないのでぇ、そんなにいいものは作れませんが。とりあえずスープなど」
「はあ、スープですか」
「はい」
「じゃあ、何か話してもいいですか」
「神父ではありませんが、懺悔ならばシスターとして聞き、神に届けますよ」
「懺悔ではないですけど、とりあえずシスターのことを聞かせてもらいたいですね」
「おやおや、私のことですかぁ?」
少なくともぼくが殺されるのは、最後の晩餐を終えた後だ。
それまでは殺されないと楽観して。
ぼくは情報収集に努めることにする。
シスター・ソレラが言った通り、魔王の候補は残り三人。
ぼくは違うからシスター・ソレラか、日日無敵の二択だ。
明日決着をつけるためにも、シスター・ソレラが魔王なのか探りを入れるのが良い。
情報は何よりも武器になる。
「そうですねぇ、冥途の土産に教えて差し上げるのも神職の務めでしょう。私は聖血教会に属する武装シスターです」
武装シスターか。
ほうほう、それはとても気になりますね。
シスター・ソレラのファイルまだ読めてないから覚えておいて、後で比較しておこう。
「聖血教会の武装シスターは、蒸気機関都市に溢れた異形を狩ることを役目としているのです。都市に巣くう邪悪を殺す、何よりも名誉ある仕事なのですよ。異形を殺すためならば、誰であろうとも殺して異形を滅する。それこそが我々神の使徒の誉れ」
「なるほど……それは、すごいですね?」
「わかっていただけますか? ふふふ、しかし残念です」
「残念? いったい何が?」
「私の正装を見せられないことですよぉ」
聖血教会のシスターは白の修道服を身にまとい戦うという。
役目の間、シスターはその服を脱ぐことはない。
異形と戦い、その血で修道服を赤黒く染める。
すべてが赤黒く染まれば、ようやく一人前と認められるのだという。
中でもシスター・ソレラは、それは見事な染め具合を誇っていたのだという。
その服を取り上げられてしまい、残念だと嘆いていた。
いや、怖い。
血染めの服を着る神職が一体どこにいるというのだ。
目の前にいたわ。
「ですが慈悲の鉄はございますので、痛みはさほど感じず、むしろ首を切られた感触がクセになるでしょう。異形の言葉をいただいております」
「いったい誰にその言葉をいただいているんですか」
その慈悲の鉄という蛇腹剣に殺された相手がしゃべれるわけないじゃないか。
「もちろん異形にですよ。彼らは首を一度切ったくらいでは死にませんからね」
「人間は首を一度切られたら終わりなので、勘弁してほしいですね」
「それはできません。世界の為ですし。はい、できましたよ」
なんてこった、もうスープができてらっしゃる。
ぼくの最後の晩餐はこんなものになってしまうのか。
残念過ぎるだろう。
なんとかしなければなるまい。なんとか。
というわけで。
「ガアアアアア」
「おや? ゾンビが入ってくるだなんて、困ったものですね」
ゾンビにご登場願いました。
ちょっと音を立てたら一斉にこちらへやってきたようだ。
さあ、シスター・ソレラ、やっちゃってください!
「先にあなたを殺してからにしましょう。変に動かれては邪魔ですからね」
「いやいや、先にゾンビ倒してくださいよ。噛まれたらきっと大変ですよ」
「私、邪魔する者は全部殺すようにしていたんですよ。だってほら、騒音を出すお隣さんとか、私のやることに文句をつける同居人だとか、そういうのって邪魔ですよね」
「うーん、それ、今聞きたい話じゃないんですよねぇ」
もしかして、ぼくと大野ヶ原こみみ以外は、ヤバイ殺人鬼とかシリアルキラーなのではないかとうすうす思ってきたことが割と現実味を帯びてきてしまっている気がする。
「とりあえず、邪魔しないのでゾンビ優先で」
「むぅ、仕方ありませんね。あなたはいつでも殺せますし。ゾンビの方が今のところ邪魔ですので、そちらを優先します」
よし、逃げよう。
ぼくは逃げ出した。
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