第17話

「ああ、神よ。これもまた試練だというのですね。その邪魔をするものはすべて殺します。すでに死んだ、あなたたちもすべて、すべてすべてすべて殺します」


 シスター・ソレラはあふれ出すゾンビの前に立ってふわふわとした口調で、最悪に物騒なことを言っていた。

 じゃらりと音がして、どこからか取り出した蛇腹剣がゾンビどもに牙をむく。


 彼女の周囲を刃が付き人のように舞う。

 指揮棒のように振るう柄の動きに合わせて、繋がれた八連の刃が鞭のようにゾンビどもへと襲い掛かった。


 まるでマンガかゲームのようにゾンビの首がきれいさっぱり飛んでいく。


「ああ、素晴らしい。邪魔なものはやはり綺麗さっぱり片付けてしまうのが良いですね!」


 うーん、物騒。

 この人ほわほわとやわらかげな感じなのに、スイッチはいると本当に恐ろしいのだ。


『――転んだ』


 鬼の声。

 ぼくらはぴたりと止まる。

 止まっているはずなのに、シスター・ソレラの周囲を刃が旋回している。


 どうやら武装などが動く分には何も問題ないらしい。


「いや、そうじゃなくて」


 どうやっているのだ。

 柄につながっているはずの蛇腹剣の刃をどうやって手繰っているのだろう。


 止まっている間もゾンビが撫で斬りにされていく。


『だるまさんが――』


 そうこうしている間に、ぼくらは再び自由を得る時間になった。

 進行方向左側。

 シスター・ソレラがいる方のゾンビは、すっかりとその数を減らしている。


 ゾンビの数は無限ということは、無制限ということはなかったらしい。

 さすがの神製の刑務作業という名のデスゲームであろうとも、限度はあるようだった。

 まあ、それで状況が好転したかというとそんなわけはない。


 進行方向右側には依然、ゾンビがいる。

 そちら側を移動しているのは、日日無敵とスリロスの二人。


 あの二人はあろうことがゾンビをまったくと言ってよいほど気にかけない。


「噛みつくなよ、気もちわりいな」


 スリロスの進行はおかしい。

 あろうことか噛みつかれても何一つ問題にはしなかった。


 彼は最強だ。

 最強が死んで、死に損なって、起き上がっただけのゾンビに負けるはずなどない。

 彼は正しく最強であるがゆえに、ただの死体が動いているだけの、感染性の化け物であろうとも、問題にしない。


 だから、積極的に倒そうともしない。

 自分に噛みついてきたゾンビを蚊を潰すような気楽さで潰すのだ。

 まったく性能が違いすぎて話にならない。


 それでもゾンビに知能というものはないから、ぼくらを積極的に狙わず、近くのスリロスから狙ってくれているあたり、微妙に囮として使えなくもない。


「こんなものの、何が怖いのか、理解に苦しむ」


 日日無敵の方はもっとおかしい。


 不死身であるところの彼をゾンビはまるで襲わないのだ。

 まるで気軽に仲間でも見つけたかのようなそんな様すら感じさせるほどに、日日無敵はゾンビの群れの中を割って歩いている。


 不死身。

 死なない男。

 死なないということはつまるところ生きてもいないともとれる。


 だからなのだろうか、生者を妬み、生者を羨み、生者を恨むゾンビは日日無敵を認識すらできない。

 そんな理屈でも働いているのだろうか。


「いやぁ、それはズルいなぁ」


 そもそもデスゲームのデスが機能していない以上、日日無敵にとってはただのゲームだ。


「とりあえずシスターについていこう」

「は、はひはい!」


 ぶんぶんと嚙みながら首を二回振った大野ヶ原こみみとともにぼくはゆっくりとシスターについていく。


『――転んだ』


 しかし、牛歩の歩みだ。

 ゾンビが来ない位置取りをして止まらなければならないというのがストレスだった。

 ゾンビに来られたらぼくは動かない自信がない。


 シスター・ソレラが多少は倒してくれているけれど、あの人からしたら降りかかる火の粉を払っていることに過ぎない。

 ぼくらはそのおこぼれにあずかっているだけ。


 このままでは早晩、ゾンビに噛まれるか、動いて、アウトになってしまうかの二択だと思えた。


 さて、どうしようと考えて、スリロスが目に入る。

 楽観的に、ヤバイことを思いついてしまった。


「別に、自分の足で向かわなくてもいいんだよな」


 ラインを越えればいいのだ。

 鬼がだるまさんが転んだと言っている間に。


 走っていくにはかなり遠い距離がある。

 それくらいの距離があるのか目算できるほどの間隔はないが、とにかくぼくの足で行くと数日はかかるかもしれない。

 そんな距離だ。


 なにせ、道中ゾンビであふれかえっているのだから。

 でも、だここには最強がいる。

 学校の校舎くらいなら簡単に持ち上げられる最強が。


「そんな最強にぶん投げてもらったらソッコーでクリアできるんじゃない?」

「馬鹿ですか?」


 すごい真顔で言われた。

 会話文では、どこかを二回繰り返したり、動作を二回繰り返す癖も忘れている。

 怖い。

 大野ヶ原こみみのことを始めて怖いと思った。


 無だった。

 まるで別人のように無の表情だった。

 こんな表情できるのかーと楽観する余裕もない。


 馬鹿なこと言っているのはその通りなので何も言えないわけなのだが。

 まさか、こんな怖い反応が返ってくるだなんて思わないじゃないか。


「いや、まあ、なんとかなるかなって」


 楽観だ。

 このまま歩いていくよりも一発でクリアしてしまった方が不測の事態が起きないのではないかという。


「着地とかどうするんですか」

「まあ、なんとかなるかなって」


 楽観だね。


「…………」

「まあ、スリロスがやってくれるとは限らないし、うんちょっと相談するだけ」

「なんだか知らねえがいいぜ」

「うわっ」


 スリロスが背後から現れた。

 どっから聞いてたんだこの男。

 てか先を歩いていたはずなのに、どこから出て来たんだ。


「そんじゃ、行くぜ」

「は?」


 ぼくは首根っこを掴まれ。

 スリロスにぶん投げられた。


「おわあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 それはもうジェットコースターもかくやというような有様で、こんなことを考えたぼくの後悔は即座に最大瞬間風速を越えた。

 ほんとぼくって奴はさぁ。


 いや、ほら、ぼくもさ思ったよ。

 こんなことになるだろうってさ。

 でも、思いついちゃったんだよ。


 これスリロスに投げられたりしたら大幅ショートカットとかできるんじゃないかってさ。

 そうじゃなくても、魔法とかで転移するとか、そんな方法があるんじゃないかってさ。


 それくらいには生き残りたかった。

 今回は明確に危険が四方八方にあって、正直自信がまるでなかった。まるまるなかった。からっきしだ。


 そんなぼくが生き残るには、これくらいのウルトラCくらい必要なんじゃないかな。

 それに案外なんとかなるって、と楽観してしまったのもある。


 後悔先に立たずとは言うけれど、本気じゃなかったんだ。

 ぼくだって、無理だなって思っていて、この状況を和ませる冗談のつもりだったんだよ。

 それをスリロスが勝手にやってくれて。


 そんなわけで、まあ――。


「助けてえええええええええええ」


 全力で叫んでみたが、そうはいかず。

 ぼくはそのままラインを越えて――。


「はい?」


 ぼくは、ショッピングモールにいた。

 ぼくは水に潜ったかのようにすべての加速度と衝撃がどこかへと行ってしまった。


 ありがたいことであるが、状況がまるで飲み込めない。


「…………」


 吹き抜けになっているショッピングモールで、最上階にだるまが転んだの鬼が設置されている。


「えっと、はい? 二段階ってわけ?」


 どうやらそんな感じらしい。

 もっとも嫌らしいのは、先ほどは横から来ていたゾンビどもが前どころかショッピングモールを埋め尽くしていることなのだが。


「まあ、ゾンビものにはショッピングモールって必須だもんな」


 そんな楽観は、ゾンビが一斉にぼくを見たことで意味をなくした。


 さすがのぼくもこの状況は楽観できるはずもなく。


 ゾンビの大群がぼくへと向かってきた。

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