第16話
三日目ともなれば、慣れたもの。
ぼくらは再び自由時間として広場で魔王と相対していた。
「死ねええええ!」
まったくもって学習しないのか、恒例行事と化したシスター・ソレラによる魔王の虚像への突撃。
一回目は驚く。
二回目はまたかと思う。
三回目ともなれば恒例行事。
もはや何も思わない
「もう三日目だぞ? さすがの我も何度も繰り返されては困る。リアクションがな? もうバリエーションがないのだ。いい加減にしてもらいたい」
それはもうぼくもそう思うけれど。
いや、それよりもリアクションのバリエーションがないからやめろというのは、世にも最強にして、最上にして、最悪の魔王の発言としてはいかがなものだろうか。
などとぼくは考えてしまうくらいには、この状況に慣れつつあった。
適応したわけでもなく、慣れて来た。
あるいは、楽観しつつあるというべきなのかもしれない。
状況そのものから緊張を失って、楽観している。
自分ならばどうにかなると思えてきてしまっている。
危ういか。
あるいは怪しいか。
「まあ、うん。なんとかなるだろ」
心にもないことをそのまま言うのが楽観のコツかもしれない。
まあ、良い。
「神の言葉に従っているまでです。早く死んでください」
シスター・ソレラが魔王の泣き言でもない苦言を弄しても止まるはずもなく。
あえなくまたも地面に叩きつけられて静かになった。
「さて、それじゃあ、一応な、聞くぞ?」
「オレ様以外」
「ボク以外だ」
「うーん、やっぱりダメだ、こいつら。というかそっちの半裸褐色はもう魔王でないと言っただろうに」
「あ、そうだったな!」
「ダメだこりゃ」
魔王も匙を投げる徹底っぷりだ。
さすがはスリロスと日日無敵というべきかもしれない。
「やはり、貴様に聞こう。それが良い。もうあんな変な連中に付き合ってはゲームがゲームにならん。まったく、神もふざけると言いたい。貴様もそう思うだろう?」
「まあ、多少は?」
「うむ。やはり普通な者は良い! 話が分かるではないか。神々もどうしてこういう普通の奴を入れ込むという妙をわかっていると見た。まあ、それがどうしたという話か」
ククと二回喉を鳴らして笑った魔王は、ぼくの前にやってきた。
「さあ、答えよ。我は貴様を解答者に指名する」
「大野ヶ原さんじゃダメですか?」
ぼくはそんな責任ある立場になんて絶対、何があっても、何をされても付きたくないのだが。
「我は貴様がよい。ほら、男の貴様ならわかろう。相対するなら男よりも女の方が良いとか」
「あー、あー……」
まずい、わかってしまう。
そりゃ話をするなら男よりも女が良い。
「我もそれと同じことを思っている。話をするなら、まあ話が通じることが大前提ではあるが、やはり年若い男の子がよい。かわいければ言うことはないが、年下全般が好みだ。というわけで、貴様だ」
「日日無敵とか少年ですよ」
「大前提を忘れるな、話が通じることが大前提だ。あれらは話が通じんだろ」
「いやいや、あれで辛抱強くいけば、そこそこ話してくれますよ」
やむに已まれぬ異常な状態であればという注釈というか前提が付くけれどね。
「いや、あれは根本として誰にも興味ない。我は、我に興味を持つ人間と話したい。ほら、我は我のことが好きな奴のこと好きじゃし」
「魔王なのに、そんなので良いのか。いや、ぼくあなたのこと好きじゃないですけど」
いい加減フランク魔王にも慣れて来たけれども、別にぼく魔王のこと好きじゃないんだよなぁ。
「大丈夫だ、そのうち落とす」
「何が大丈夫なんですかね」
そんな落とされるなんてことは、万が一にもない。
魔王とか怖すぎるし。
「まあまあ、待っていろ。我の海千山千の手練手管で見事に貴様を篭絡してやろう」
「いや、もう目的変わってますよね、それ」
「我、おっぱいとかでかいぞ?」
「………………」
それはズルい。
「はははは、脈ありそうだ。それじゃあ、我を見つけろ。我を見事に見つけたら、揉ませてやろう。さあ、答えは?」
ふっ、まさかそんなそんな。
この楽観主義で自由信奉者のぼくが? そんな二つの脂肪の塊をもめるというだけで本気を出すわけないじゃないか。
「良いだろう、当ててやるよ、本気でな」
出すわ。
めっちゃ出すわ。
思春期の男子高校生の胸に対する執着を舐めるなよ。
世界だって平和にできんぞ。
「はは、はは。これはこれは。マジで脈あるな、これ。我、年下食うの好き」
「ふっ、待ってろよ。必ず見つけてやる。とりあえず、今回は少し気になることがあるし、大野ヶ原こみみで」
「ええええ、わたし!?」
大野ヶ原こみみが大いに驚いている。
二回も飛び跳ねていた。
「ええええ、わたし!?」
「二回も驚かなくていいよ」
「えへへ、だって驚いたんだもんもん」
「それで?」
「ぶー。不正解だ」
違う違うと魔王は二回も手を振った。
「はずれかー」
「よかったよかった!」
これで大野ヶ原こみみも候補から外れる。
残りは日日無敵とシスター・ソレラとぼくの三人だ、死んだリリス・夢咲を考慮しなければだけれども。
まあ、大丈夫だろう。死んだ奴に魔王が入っていたら、それこそ間抜けすぎるというものだ。
あとぼくも違うから、実質、日日無敵とシスター・ソレラの二択。
これで今日の刑務作業でどちらかが脱落しなければ、そいつが魔王ということだ。
「うん、なんとかなりそうだ」
「はは、はは。それならば頑張れよ、少年。我を見つけてみろ」
「頑張りますよ、できる限り」
本気でね。
●
さて、刑務作業も三日目。
今回、ぼくらがやることになる作業はというと。
「だるまさんが転んだ?」
プレートにはそう書いてある。
「なんだ、そりゃ」
スリロスは知らないらしい。
「鬼がだるまさんが転んだって言ってる間だけ、ぼくらは動けて、動ける間に鬼にタッチすれば勝ち、みたいな遊び」
「ほーう、それをやれってか」
「まあ、そういうことだと思う。ただし、鬼がこちらを見ている間は動いちゃダメなんだ」
「ふん、まあ余裕だな。最強だから」
本当に大丈夫かね。
今回も特にペナルティはないようだ。
時間制限ないに鬼にタッチではなく、一定ラインまで移動できればクリアという感じらしい。
どっかで見たな、ドラマとかで。
「これ、鬼が見ている間に動いたら殺される奴じゃね……?」
そんな気がする。
てか十中八九そうだろ、これ。
確かめる気はないが、絶対にそうだ。
うん、日日無敵に動いてもらって確かめよう。
「馬鹿か?」
提案したら、そういわれた。
いや合理的でしょうが。
「貴様の提案を受け入れる意味がない」
チッ、ダメだった。
まあ、そんなこんなで鬼役が設置されたようだった。
巨大な木のところに鬼のような影が立っている。
『だるまさんが―』
ゲームは、始まった。
ぼくはさっそくそろりそろりと進んだところで、これがやはりただのだるまさんが転んだですまないことを思い知った。
ぼくらのいる場所の両側から、大量の唸り声が響いてきた。
「うがああああああ」
現れたのはゾンビの群れだった。
「なるほど、ゾンビがいる中をだるまさんが転んだしろと」
「ひえええええ、ひええええ!!??」
いや、無理だろこれ。
一般人にはクリア不能だろ。
だが、まだ距離はある。
一回目の鬼の振り向き。
『――転んだ』
ぼくらはぴたりと止まる。
しかし、その間もゾンビらが迫っていることが音でわかった。
うん、無理だこれ。
どうしろっていうんだよ。
まさか、鬼がだるまさんが転んだって言っている間に、ゾンビをせん滅しろとでもいうのか?
言うんだろうなぁ、そういう感じっぽいもんなぁ。
『だるまさんが――』
「いや、無理だろこれええええ」
思わず声をあげてしまうくらいには絶望じゃね?
「ふふふふ、ふふふふふ、ゾンビ。ゾンビですか。ああ、神よ」
ふわりと、シスター・ソレラがゾンビの前へ躍り出た。
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