第15話

 宝探し刑務作業は、ぼくと日日無敵が宝を見つけたことで終了した。

 制限時間内に見つけられたこともあって、特にペナルティーもなく夕食、入浴となり、あとは自由時間だ。


 ぼくはというと、共用棟へ一人。


「どこに行くのですです?」

「…………」


 一人向かっていたはずが、大野ヶ原こみみがいつの間にかぼくについてきていた。


「にへへ~」


 うーん、かわいい。

 じゃなくて。


「なんでいるの?」

「一人は嫌々じゃないですか」

「うん、でも、ぼくこそこそしてたはずなんだけど」


 こっそりなるべくこっそり共用棟に来たはずなんだけど。


「ですねですね!」

「じゃあ、なぜにぼくのところにいるの?」

「なぜでしょうね? うーんうーん、わたしもなぜかわかりません!」


 本当になんなのだろう、この子。


「はぁ、まあついてきたいならいいよ」


 アリバイ証明役としてついてきてもらおう。

 ミステリーなら、こういう時一人で行動していて、事件が発生。

 アリバイがないやつが犯人として疑われたりするからね。


 ぼくとしてはそんなふうに疑われたくはない。

 なにせ、魔王当てというゲームの最中だ。疑われるということは死活問題。まさしく死に直結だ。


「それでそれで、何をしに行くのですです」

「宝探しで手に入れたこれを読みに行くんだよ」


 囚人記録。

 先の刑務作業で手に入れたものだ。ざらっと見た感じ、ぼくらの情報が載っている。

 個人情報だし、人前で読むものではないだろうということでみんながいる監房ではなく、共用棟で読むことにしたわけだ。

 まあ、もっと言えば、監房には電灯なんてしゃれたものはないから夜になると読めないというのが大半の理由なんだけどね。


「おーおー、なるほど!」

「大野ヶ原さんの情報も載ってるよ」

「………………み、見ないでください!」


 もちろん、見るに決まっているんだよなぁ。

 いの一番に確認するつもりだよ。


「もちろん、見ないよ。大事なところだけ見るから。スリーサイズとか」

「全然、ダメじゃないですか!」

「実はぼくには特殊能力があるんだ。一目見ただけでスリーサイズが分かるっていうね」

「へ、変態??」

「違うよ」

「違わないですです!」

「違うよ。仮に変態だとしても、変態という名の紳士を心掛けているよ」

「変態は磔刑です」

「三日後に復活してやる」


 いや、なんだこのやり取り。

 こんなやり取りをするためにでてきたわけじゃないんだけどな。


 うーん、しかしこんな普通のやり取りができてぼくとしては癒される。

 殺すとか舌打ちとかでてこないし。

 やはり彼女がぼくの癒しだったんだなぁ。


「で、で? その能力とわたしのスリーサイズがなんの関係があるんですか」

「ほら、魔王の入れ替わりのヒントにならないかなって。ぼくなら見抜けると思うんだ」

「なるほどなるほど! それなら仕方ないですね」

「まあ、嘘なんだけど」

「!!」


 大野ヶ原こみみが頬を膨らませてぽかぽか殴ってきた。

 うーん、痛くない。


「まあ、それはさておき」

「見ないでくださいね、スリーサイズ!!」

「わかったわかった」


 ぼくは大野ヶ原こみみのスリーサイズを見た。


 ●


 リリス・夢咲。

 九つの世界において最も科学が発達した科学世界サイバートラストからこの監獄に召喚された殺人鬼。


 あどけなさは純真の現れのようにすら思える。

 それゆえに誰も彼女を疑わない。

 彼女がレイプ魔であり、殺人鬼であることなど誰が疑うだろうか。


 サイバーシティーで、彼女以上に人を殺すことに特化したサイバーウェアを着込んだ女はいない。

 彼女にとって性欲こそが殺意だった。愛おしく快楽を求め、そして殺す。


「ふむ……」

「うわ、うわー、すご、え、こんなのまで……!」

「少し口を閉じててくれるかな?」


 いろいろと誤解されそうだから。

 そんなすごいものはないから。このファイルにあるものは、上辺と表層と表向きのことしか書いてない。

 簡単なデータばかりだ。ざっとした経歴とざっとした罪状があるだけ。

 得意技なんて項目もある。パラメーターなんて項目もあったりする。


 少しだけゲーム的な、そんな感じで読みやすく、割と読ませるものだったけれども。

 大野ヶ原こみみが顔を赤くするほどの内容はまるで書かれてはいなかった。


 まあ、所詮は死んだ相手だ。

 あの腕の砲が対ミュータント用内蔵レールカノン九十九式というもので、サイボーグが躯体に内蔵できる最大最高最悪の代物だとか。

 一発撃てば地球に穴を二つ空けられるらしいとか。


 今更過ぎるだろう。


 なら今から見るべきものは、もっと別の情報だ。


「スリロスはもういい」


 見るべきは、日日無敵、シスター・ソレラ、大野ヶ原こみみ、それから魔王の情報だ。

 ぼくの情報は絶対に見ない。見たら落ち込むに決まっているのだ。

 ぼくは一般人だからね。


 どんなに楽観的に見積もっても、すべてのパラメーターが天元突破しているスリロスだとか、不死身の日日無敵だとかと比べてしまったらあってないようなものと化す。

 ますますぼくがどうしてこんな監獄に召喚されて、魔王討伐に参加しているのかわからなくなるというものだ。


「さて、じゃあ魔王のファイルでも見させてもらうか」


 順当に、順繰りに、順調に。

 ぼくが見るべきはまず魔王だろう。敵を知り、己を知ればなんちゃらというから、まずは敵を知ることからだ。


「魔王」


 最強にして最上にして最悪。

 最も美しき二本角の魔人。

 世界を滅ぼすもの。大絶滅の具現。厄災。


 そんな女のファイルはほぼ白紙だった。

 マグショットがあり、身長体重などのプロフィールや癖などは揃っているが、何をやったのか、何をやらかしたのか、何を起こしたのかはまるで書かれていなかった。


「世界を滅ぼしたって聞いたけども、そのことについても書かれていないし」


 まあ、そこまで期待はしていなかった。

 刑務作業の宝探しで出て来たものだ。そんな来歴の怪しいものに、そこまで期待できるはずもない。

 それでも落胆はした。期待はしてなかったけれど、お宝だというのだから、少しくらい情報が載っているものと思っていたからだ。


「いや、違うな」


 ぼくが知りたいのは、魔王が何をしたかではない。

 どのような人物か、だ。

 基本プロフィールだけで十分だ。

 でも――。


「何かヒントはありました??」

「特にはない」

「あーあー、真っ白。癖もないんだ。うーんうーん、どうやって魔王を当てればいいんでしょう」


 大野ヶ原こみみは、うーんうーんと二回首をかしげながら唸っている。


「なら逆だな」


 魔王のところになんの情報もないのなら、

 ぼくたちの情報を見て、それとの差異を探すべきだろう。

 どれほど器用に、どれほど見事に、どれほど綺麗に化けていようと魔王では模倣しきれない癖があるはずだ。


 これはきっとそういうためにあるのだ。


「そうじゃないとやってられないしね」


 ぼくと大野ヶ原こみみは、資料を読み込むことにした。

 大野ヶ原こみみは恥ずかしがって自分の資料を読ませてはくれなかったけれど。

 まあ、仕方ない。

 ぼくだって読ませなかったのだから、御相子ということにするほかない。


 それでも身長とか、どういう世界で生きて来たのかはわかった。

 学園世界スクールオールという世界の住人であること。


 学校の人気者でもなく、成績優秀でもなく、スポーツ万能でもない。

 思考が異質というわけでも、性癖が異様というわけでも、体質が異常というわけでもない。

 十把一絡げな女子高生。


 そんなことくらいしかわからなかった。

 ただ、まあ安心したというべきだ。

 ぼくとほぼ変わらない。そんな普通だと楽観した。やはり彼女がぼくの癒しだったようだ。

 まあ、魔王でない限りという注釈が付くけれど。


 厄介なところでいえば、スリロスと日日無敵だ。


 スリロスは、幻想世界ファンタジオンの住人で強さに固執しており、強い相手と戦い殺し続けたのだそうだ。

 王国の騎士だという男は殺戮を繰り返した。

 一時は近衛という王の護衛、騎士にとっては最高の地位すら手に入れておきながら、この男はそれを手放した。

 いや、本人としては手放したつもりもなければ狂ったつもりもないのかもしれない。


 戦って、争って、手を合わせて、ごく当然に、至極まっとうに、それが当たり前のように、相手を殺した。

 不意にでもなければ、手違いでもなく、間違いでもない。

 間違いなく、故意に、わざとに、意図的に殺した。


「もしかしてヤベー奴しかいないのでは……?」


 日日無敵は和風世界サムライガランの人間で、呪術師。

 本人が言った通りであったが、実験で都市ひとつを潰したのだそうだ。

 実験のために何十万人も住む都市を平然と犠牲にした。


 なぜなら彼は不死身だから。

 死なないではなく死ねない。生き延びるではなく、生き残ってしまう。


 どのような存在であろうと敵になることはない。それは最強の在り方ではなく、無敵の在り方。


 何が来ても関係ない、関心もない、興味もない。

 結べない、もてない、抱けない。


 それはつまるところ、何がどうなっても同じこと。

 だから平気で都市ひとつを犠牲にすることができる。


「うん、ヤバイ」


 スリロスも日日無敵も二人ともいろいろやらかしてる割には、普通だと思っていたけれど、やらかしておいて普通で在れるのが恐ろしい。

 どいつもこいつも魔王と比べてもそん色ない。

 そりゃあ、魔王退治に差し向ける犯罪者という意味合いにおいては、全然まったくもって不足ないということだ。


「やれやれ……大変だこりゃ」


 ならシスター・ソレラにはいったいどんな大事があるのかと、読む前にぼくと大野ヶ原こみみは監房に戻された。

 どうやら時間のようだ。


 ぼくは、シスター・ソレラの資料を読み損ねた。

 また明日読もう。

 そんな時間があればいいなと思いながら、またもベッドのそばで眠った。


 やれやれ、最悪だな。

 ちょっと手が事故を起こしたけれども、役得と思おう。柔らかかった。何がとは言わないけれど。

 明日する後悔はぼくには関係ないからね、と楽観しながら。




 

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