第14話

 次の部屋もまた、炎の部屋と同じ部類の部屋だった。

 水攻めという要素の違いはあれども、系列は同じもの。

 ぼくの側が未来で、日日無敵の方が現在。

 ぼくが探し、日日無敵が死ぬ。

 そんな部屋が続いた。


 いや、そんな部屋というには正確性に欠ける。

 誠実性に欠ける。

 不正確で、不誠実な部屋が続いた。


「うーん、これは……」


 最悪だと思った。

 再びディスプレイの中で、日日無敵が死んでいる。

 通算、もう何回彼が死んだかをぼくは数えたくなかった。


 それは決してぼくの怠慢というわけではない。

 ぼくは探した。

 必死に探した。


 日日無敵が死なない方法を。

 日日無敵が助かる方法を。

 日日無敵がやり過ごせる方法を。


 ぼくは探した。

 死なないからという楽観があったのは間違いないけれど、人の生き死にが関わっている場面でまで、真剣にならないほどぼくは薄情でもなければ強くもない。

 部屋のルールはわかっていたから、ぼくの側に日日無敵が助かる方法が隠されているのだと理解し、それを探し回った。


 ただ、それを見つけるのが遅かったか、見つけたとしても実行不可能と言わざるを得ない術だったりした。

 まったくもって最悪だ。


『チッ』


 それでも日日無敵は死ななかった。

 不死身の不死身である所以を見せつけられてぼくとしては、なんてズルいんだと思うほどだ。

 デスゲームにおいて死なないことのアドバンテージは言うまでもない。


 もっともぼく自身は不死身なんてなりたくもないのだけれど。

 死ぬ自由を喪失するのは、ごめん被る。

 死にたくないけれど、死なないというのも嫌なのだ。

 生きることは総じてつらいもの。終わりがあるとわかっていれば乗り切ることができるが、終わらないのならばもうすべてが嫌になる。


「惜しかったよ、もう少し時間があれば」

『うるさい。そう思うならさっさと見つけろ。ボクが何度死んだと思ってる』

「それは、悪いと思ってるよ。でも、死なないだろ、君は」

『貴様に言われると癪だ』


 それはそうだろう。

 ぼくが彼の立場だったら同じ風に思うに違いない。


「でも、そろそろ終わりだと思うんだよね」

『なぜわかる』

「いや、勘」

『貴様は占い師か何かか?』

「いや違うけど、なぜに?」

『貴様の勘を信じられるかどうかと思っただけだ。占い師じゃないなら、信じられん』

「じゃあ、占い師で」

『違うといっただろうが、貴様!』


 うーん、なかなか仲良くなってきたじゃないだろうか、ぼくら。

 こんなノリで会話できるようになった。

 前進だろうこれは。あるいは後退なのかもしれないけれど。


「それにしても、何回死んだんだろうね」

『知らん。貴様の責任だ。貴様が数えていろ』

「嫌だよ、人の死んだ回数なんか数えたくないよ」

『貴様、後で殺してやる』

「それは断る。そんなことよりさ、死ぬってどんな感じなの」

『死んだことがないからわかるわけないだろうが』

「え、でも確実に死んでるよね、死んでから復活――」


 いや、死んでから復活はしてないな。

 死んでない。

 死んだように見えて、死んでいない。

 それが日日無敵だった。


 そうだ、超再生だとかそんなものじゃない。

 日日無敵はただ死なないだけの不死身だった。


「じゃあ、質問を変えて、不死身ってどんな気分なの?」

『死なない気分だ』

「それがわからないから聞いてるんだけさ。うーん、不死身っていえば、いろんな人間の夢みたいなところあると思うんだけど、それについてどう思う?」

『どうも思わんな。ボクは生まれた時から不死身だ。当たり前は、当たり前ゆえに当然としているからこそ、説明不能だからな』

「まあ、それはそうだ」


 どうやって歩いているのかと聞かれて、それを説明しろと言われても完全には無理だし。

 不死身もきっとそんなものなのだろう。


 うーん、秦の始皇帝が求めた死なないことがこんなことで良いのだろうかなどと思わなくはないけれど。

 まあ、ぼくは始皇帝の何かというわけじゃないし。水銀大嫌いだし。


「あれ、そういえば死なないのなら、寿命はどうなってるの?」

『知らないな。ボクは不死身だが、寿命がどうなっているかなんて、その時にならないとわかるわけないだろう』

「なるほど、つまり見た目通りの年齢と」

『貴様、バカにしたな?』

「してないしてない」


 まだしてない。

 あとバカにするわけじゃないし。

 見た目通りの年齢なんだ、スゴイネって言うくらいだ。


「そんなことより、そろそろぼくに謝る時間だと思うんだ」

『はァ?』


 ぼくは通路を歩いている間に、暇だからと雑談を交わしていたわけなのだが、その通路の最終の扉がある。

 それを空けてこの日日無敵、死亡ショー部屋でなければぼくの勝ちだ。勝負してないけど、ぼくの勝ちだ。


 ぼくは扉を開ける。

 

 そこには宝箱があった。

 それから扉が三つ。ぼくが出て来たのも含める。

 もう一方からは日日無敵が出て来た。


「ほら、終わりだった」

「チッ」

「ほらほら、何か言うことが――」


 ぼくを呪符が取り囲んだ。

 ぼくは土下座した。


「すみませんでした、調子乗ってました」

「チッ」


 舌打ち一つで勘弁してもらえたらしく、日日無敵はそのまま宝箱の方へ向かう。


「あっ、嫌な予感」


 こういう時のぼくの嫌な予感というやつはすぐに当たるのだ。


 日日無敵が宝箱に触れた瞬間、頭上から巨人が降ってきた。

 巨人サイズの坑道とか通路だったから、いつか出てくるだろうなとは思ったが、最後の番人としての登場だった。


 日日無敵は落下点にいて、完全に潰された。

 けれど、心配はしていない。彼の不死身は見飽きているほどに見ている。

 この程度で、日日無敵が死ぬはずない。死なないからこそ、不死身なのだから。


「チッ、番人か。巨人となれば、指一本と左目で十分だ」


 日日無敵はそう言うと、指を巨人に向けた。

 彼の指と左目から墨で書かれた文字と青いオーラのようなものが立ち上ってゆく。


 呪術と日日無敵は言った。

 彼の世界における呪術は、身体機能と引き換えに術式を得ると言っていた。


 当然、術式と置換した身体機能、例えば目だったら見る機能と引き換えに術式を得た場合、見るという機能は失われる。

 だから、際限なく術式を得ることはできないのだという。


 しかし、日日無敵はそうではない。

 死なないのだから、どれほど機能を失っても問題にならない。

 彼の肉体には、身体機能がほとんど残っていない。

 生活に関係するもの以外をすべて術式に置換している。


 ただ、それが日日無敵の強さという意味ではない。

 日日無敵の強さはまた、別にある。


「術式――【指切りげんまんぶった斬れろ】」


 巨人が両断された。

 指に内包された切断術式。

 対象を十度、両断できる。


「術式――【目から火が出る燃えろ】」


 巨人が燃えた。

 左目の機能と引き換えに得た火炎術式。

 左目が視たはずのものを燃やし尽くす。


 巨人は切り裂かれ、燃やし尽くされた。

 さらに次いでとばかりに宝箱も切り裂いて開けようとした。

 だが、開かなかった。


「…………」

「あ、それも多分謎解きがいる奴」

「チッ」


 舌打ちして離れていった。

 ぼくにやれということだろう。

 さて、宝箱を見てみるとしよう。変な罠とかないといいなぁ。


 そう思いながら、まあ、大丈夫だろうと楽観しながらぼくは宝箱を見る。

 宝箱を見て、簡単な謎解きがあったからそれを解く。

 呆気なく宝箱は開いた。


「さてさて、何が入っているやら」


 黄金でも入っていないかなと俗なことを考えていたわけだが、ぼくのそんなやっすい考えなんて簡単に裏切られるのだ。


「なんだ、これ」


 宝箱に入っていたのは、黄金とか宝石とか、値打ちものじゃなかった。

 入っていたのは一冊のファイルだ。


 囚人記録。

 そう書かれたファイルだった。



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