第12話
「…………チッ、役立たずが来やがった」
「開口一番、最悪な一言をどうも」
ぼくは楽観しすぎて罠に引っ掛かり、どこぞへ転送されてしまったらしい。
そして、そこには日日無敵がいた。
状況としてはそんな感じ。振り返り終わり。
「さて」
現状の確認をする。
まずここは小さな部屋だということ。
特に物はない。
いや、あった。
プレートが一枚、落ちている。
試練の通路。
二人で別々の通路に入れ。
そうしなければ先へは進めない。
そんな感じのことが書いてあった。
確かに通路が正面の壁に二つある。
「あー、なんかよくある感じの奴」
一人じゃどうしようもなく、二人いなければどうにもならないやつ。
プレートの裏も確認したが特に何もない。
他には、通信装置のようなものもある。
これで連絡を取り合いながら進めということのようだ。
なるほど、日日無敵は誰か来るのを待っていて、来たのがぼくだったのか。
ぼくが把握したのを見ると、日日無敵が左側の道を指さす。
「状況は把握したな? 行くぞ。おまえはそっちに行け」
「まあ、行くしかないから行くんだけどさ」
「これを持っていけ」
さらに日日無敵から渡されたのは一枚のお札だ。
呪符とやらだろう。
「それでボクの声が聞こえる」
「ここに通信機あるんですが」
「そんなものが役に立つとは思えん」
「えぇ……」
まあ、これはこれで珍しいからいいのだけれど。
「どう使えば?」
「呪符の使い方も知らないのか、貴様」
「知っているわけもなく」
ぼくが知っていることなんて、楽観くらいだ。
「チッ」
舌打ちせずに説明プリーズ。
説明がなければこの通信機械でもいいから。
日日無敵は、ぼくの手から先ほどの呪符をひったくると、さらさらと指を動かす。
指先には黒い光が出ていて、呪符に何かを書き足しているようであった。
「念じれば使えるようにした」
最初からそうしてくれれば良かったんじゃないですかね。
とは言わなかった。
「ありがとう」
代わりに心無い礼を言っておく。
ぼくの興味は今はこの呪符に向いている。この監獄に来てからいろいろとやばそうなものとか、サイボーグとかは見て来たが、魔法のようなものは初めてだ。
呪符と言っていたから呪術とかそういう系統なのだろうけれど、どうでもいい。
ぼくはさっそくこの呪符を使ってみたくなった。
「念じる、ね」
日日無敵に通信がつながるように念じてみた。
すると頭の中で日日無敵の声が響く。
『用もないのに使うな』
おぉ……。
脳内通信とやらはこんな感じなのだろう。
「テストだよ、テスト」
「チッ、さっさと行け」
日日無敵はそれ以上何も言わず、さっさと右の通路へと入っていく。
ぼくは少しだけ、頭の中でデスメタでも流して、それを日日無敵に送りつけてやろうかと思った。
「やめておこう」
楽観的なぼくであっても、流石に自重する。
見えている地雷にわざわざ突っ込むことはない。
ぼくは右の通路の入り口を見てから、左の通路へ足を踏み入れた。
相変わらずサイズ感は巨人のそれで、とんでもなく広く、とんでもなく高く、とんでもなく幅がある。
これを歩いていくだけで一生が終わってしまうのではないかと錯覚する通路を先へと進み、最初の部屋へとたどり着く。
部屋にあるのは扉一つに、右側の壁にベルトコンベアがある。
部屋の中央には、大きな椀があり、中には何らかの薬品が入っているようであった。
扉には鍵がかかっていて、鍵が必要だ。この部屋に鍵はない。
「これはあっちにあるのかな」
呪符を使って日日無敵に念話を繋げる。
『用もないのに使うな』
「用があるから使ってるんだよ。こっち通路を進んだら部屋についたんだけど、そっちは?」
『チッ、部屋だ。だが扉は結晶に覆われている。鍵はあるが使えない』
「あー、じゃあ、こっちにその鍵送ってくれないかな。こっちからはなんかよくわからない薬品送るから」
『断る。なぜボクがそんなことをしなくちゃならない』
「先に進むためだよ」
『問題ない。ボクの呪術ならこの程度、破壊できる』
「じゃあ、やってできなかったら鍵送ってくれ」
とりあえず、念話を切ってぼくは椀をベルトコンベアへ運んでおくことにする。
サイズが大きくてギリギリだったけれでども、ぼくでもどうにか運ぶことができた。
ちょっとこぼれたけれど、足りるだろう。
こぼれたところは、ぽっかりと床に穴が開いてしまった。
結晶を溶かすのに使えるはずである。
しばらく待っているとベルトコンベアが動いて、鍵が送られてきた。
水晶で作られているのか、プリズムなのか。
七色に輝く透明な鉱石で作られているようであった。アンティーク風の形をした綺麗な鍵だ。
「鍵来たよ」
『チッ』
呪術でも開かなかったんだろうな。
日日無敵、素直じゃない奴である。
ともあれ鍵は手に入れた。扉に使ってみれば、一致する。
鍵を開けて先へ進む。鍵は一応持っていくとしよう。
この鍵がなかったら危なかった、みたいなことができるように懐に入れておく。もっともここにいる連中に対してはこんなものお守り以上の効果はないだろう。
それでも万が一、億が一、兆が一でも助かる可能性が上がるなら楽観的に入れておいて良いだろう。
別にかさばるものじゃないし、こういう鍵好きだし。
扉の先に待っていたのは下へ進む階段だった。
何段あるのかわからない階段を黙々と降りていくのは、ちょっと気持ちが悪くなったので、ここぞとばかりに日日無敵と念話を繋げることにする。
「話をしよう」
『用もないのに呪符を使うな』
「用があるから使ってるんだよ。話をするという用がね」
『ボクには何もない』
「何もなく階段を下りるのはキツイんだ」
相手がここにおらず、何もできないのをいいことにいろいろ言っている気がする。
後で後悔しそうだ。まあ今はそんなことより精神の安定の方が大事だ。
『チッ』
勝ったな。
「というわけで、何か話してほしいんだけど」
『そっちから振っておいて、何もないのか』
ふむ、何もない。
ただ雑談をしたかっただけなのだが、日日無敵とぼくの間には何一つないのである。
共通の話題があるとも思えず、というかぼくと彼は住む世界が文字通り違うのであるし。
そこまで違うとなると、何を話していいのかがわからない。
まあ、それでも話すならやはり気になることからだろう。
「魔王が呪術師って言ってたけど、呪術ってどんなものなの?」
『なぜこのボクが陰陽寮の呪術師のように貴様に教えなくちゃいけないんだ?』
「他にいないからね」
『チッ、一度しか言わない。質問もなしだ。ただ聞いとけ』
案外というか、結構素直だな、こいつ。
『呪術は呪術だ』
「…………」
『…………』
「……え、終わり?」
説明下手か?
いや、ぼくが言えた義理ではないのだが、日日無敵が言ったことは、説明どころじゃない。
ただ単に、言っただけだ。
『チッ、これで理解できないのか、貴様』
これで理解出来たら、それはもうエスパーか、天才か、化け物か何かだと思う。
ぼくはエスパーでもなければ、天才でもなく、当然化け物でもない。
ぼくはただの楽観屋の一般人だ。
理解能力はそこらの学生と変わらないし、下手したら劣っている可能性すらある。
認めるのは癪であるけれど、ぼくはそこまでできた奴というわけではないし。
スリロスのような最強を持ち合わせているわけでもなく、リリス・夢咲のように肉体を改造しているわけでもなく、シスター・ソレラのように信仰を秘めているわけでもない。
日日無敵のように、呪術なんてものが使えるわけでもない。
ただの一般的で十把一絡げで模範的な人間だ。
模範的というのは言い過ぎた。いや、楽観しすぎた。
『はぁ、良いだろう。もっと簡単に言ってやる。呪術ってのは、身体機能と置換した式を使い、この現実を変容させる術のことだ』
「身体機能と置換した?」
『そうだ。肉体の機能と引き換えに、術式を身に宿し、それを使う者を呪術師という』
なんか想像していたのとめちゃくちゃ違う気がする。
これ身体改造系なのでは? 本質的にはリリス・夢咲とあまり変わらないようなもんなのでは。
いや、それは違うのか。
置換といった。それは例えば肺の機能の代わりに別の機能を入れ込むということ。
リリス・夢咲の身体改造に限界はあっても限度はなかったのに対して、こちらは違う。
限度がある。
生きるのに最低限の機能は残しておかなければならない。
ふむ、そう考えると割と使う呪術に関しては制限がありそうだ。
「とりあえず……いや、とりあえずなんかすごいものってことはわかった」
『説明させておいて、その程度の理解とは程度が知れるな』
そうは言われても別世界の理論だ。
そもそもからしてぼくとは水が合わない。
ただの雑談だ。
これで何かがわかるわけでもなく。
ただ日日無敵がどのような人物かがわかればいい。
そんな腹づもり。
ぼくの敵となるのか、ぼくの味方になるのか。あるいは……。
まあ、そんな感じのことを考えてみたりしているわけだ。
ぼくが、あまりコミュニケーションに明るいと言えないぼくがわざわざ話しているのはそういうこと。
「じゃあ、君はどれくらいその術が使えるんだい?」
『すべてだ。ボクのすべては呪術でできている。人間が生きる機能なんてない』
「そうなの。いや、それできるの?」
『普通はできんが、ボクだからな。簡単だ。ボクは、無敵の不死身だからな』
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