第11話

 宝探し。

 目の前に広がるのは鉱山だ。

 恐ろしく暗い坑道がぼくの目の前に開いている。

 ここへ入っていって、まだ見ぬ宝を探してこいというらしい。


 これに果たしてどんな意味があるのかはわからないが、宝探しだ。


「さて、行くか」

「できればぼくも連れて行ってほしいんだけど」

「勝手についてこいよ、オレ様は最強だからな、面倒は見ねえぞ」

「殴られたせいで全身が痛いんだけど」

「そりゃそうだ、最強のオレ様に殴られたんだからな。手加減してやったが、良く生きてたな!」


 手加減したのに、一歩も動きたくないレベルなんですが。

 てか、良く生きてたなとか言わないでほしい。なんだか死にそうな感じがしてきたじゃないか。


「…………はぁ」


 まあいい、ついていこう。


「大野ヶ原さんも良い?」

「はいはい! もちろんついていきます! 一人でこんなところ入れませんから!」

「スリロスも良いかな?」

「勝手にしろって、オレ様は世話しねえからな」


 ずんずんと坑道へ入っていくスリロス。

 ぼくと大野ヶ原こみみも追いかける。

 その時に、シスター・ソレラと日日無敵の様子も確認しておく。彼らも好き勝手坑道へ入っていくところだった。


 協力する気はやはりさらさらないようだ。

 できれば誰も脱落せずに終わってほしいところである。


「まあ、何とかなるかー」


 まあ、何を考えようが、ぼくがやることは決まっている。

 楽観だ。

 楽観していよう。


 力もなければ知恵もなく、運もないぼくにできることなんて、根拠なく、自信もなく、証拠もいらない楽観だけなのだから。

 なに、こちらには最強のスリロスがいるのだ。

 魔王でないことを魔王が告げた不正解故に何よりも信じることができる最強が隣にいるのだ。


 なら、少なくとも死ぬことはないだろう。

 ぼくは最強の目にも止まらぬ最弱だから。

 考慮に値せず、興味も引かず、手を下すまでもない存在。


 それがぼくだ。

 ならきっと殺されないし、ついていけばこの刑務作業中に死ぬことはないと楽観する。


 そう信じておけばそうなるとも。

 ぼくの人生なんて、そんな風にできているのだから。


 ●


 鉱山に入れば、空気が変わる。

 乾いているでもなく、湿っているでもない。

 閉じた空気が蔓延した鉱山だった。

 酷く陰鬱な暗闇の空気が充満していて、気分が暗くなっていくような気がする。


 ただ幸いなことに坑道はきちんと木枠で補強されているし、かなり天井などは高い。

 巨人用の坑道なのではと言われてもおかしくないくらいだ。

 きちんと人の手も入っている。灯りが等間隔に用意されていて真っ暗闇でないこともあって精神的に大助かりだ。


「はぁ、こういうとこは好きじゃねえな。やっぱ男なら大空の下を駆け回るべきだろ。地面の下なんざ、オレ様が来る場所じゃねえな」

「うんうん、そうかも!」


 スリロスはツマラナソウにしていて、うんうんと相槌を打つのは大野ヶ原こみみだ。

 ぼくの右腕にくっついている。相当怖いらしい。動きにくいが、役得があるから良しとしよう。


「でー、その宝ってのはどこにあるんだ?」

「うーんうーん……どこかな?」


 なぜ二人してぼくを見るんだ。

 まあいいけど。

 注目されることは苦手だけれど、人に頼られるのは別に嫌いというわけではないから。


「普通に考えて、この坑道の一番奥じゃないかな?」

「奥ねぇ。ちまちま降りていくのは面倒だなぁ。いっそ壁、全部ぶっ飛ばすか」

「でもでも、下手なことして崩れたら、大変ですよ……?」

「最強のオレ様には関係ねえな」

「わたしは死んでしまいますよ! 死んでしまいますよ!」

「まあ、頑張れ!」

「やめた方がいいんじゃないかなぁ」


 こんなところで生き埋めにされたくはない。

 必死に止めようとしていると、スリロスが急に動きを止めた。

 ぼくらもつられて足を止める。


「?? どうかしました?」

「雑魚が群がってきやがったな」

「雑魚?」


 スリロスが見ている前方に目を凝らす。

 そこにいたのは、巨大なワニであった。

 雑魚と呼ぶにはあまりにも巨大だった、特大だった、最大だった。

 見上げたビルよりも大きい。完全に巨人サイズに合わせたのだろうとしか思えないサイズ感。


 そんなもののがぼくらの前に立ちふさがっている。

 スリロスは、このワニを前にして雑魚といった。

 もはやここまでくるとワニというよりかはドラゴンと呼んだ方がいいのではないかと思えるほどだ。


 もしかしたら異世界の生物でドラゴンなのかもしれないが、見た目的にはワニだ。

 そんなワニを前にぼくに一体何ができるというのだろう。

 蛇に睨まれた蛙のように身を固くするしかできない。

 それは大野ヶ原こみみも同じで、ぼくの右腕にしがみついて震えるしかできない。


「おいおい、このオレ様にオマエらみたいなのが勝てるわけねえだろ。さっさとどっか行けよ」


 スリロスだけは、普段通り、いつも通り、まるで変った様子もなくしっしと虫でも追い払うような仕草を見せる。


 ワニどもは、それを煽られたのだと理解したらしい。

 気炎を上げながらワニどもが殺到してくる。


「やれやれ、彼我の戦力差もわからねえほどの雑魚が、オレ様に向かってくるんじゃねえよ」


 心底から億劫そうにスリロスは、手を挙げた。

 拳を握ることさえやる気がないと言わんばかりに脱力したまま、一番先頭を走ってきたワニの顔面を引っぱたいた。


「いや、そんな生易しいものじゃないな」


 字面の優し気な感じなど一切ない。

 ワニの顔面が引っぱたかれた瞬間、骨の折れる轟音が響き、その首から先が壁に突き刺さった。


「ほら、雑魚だ。徹頭徹尾、どうしようもなく、雑魚だ。こんなの喰らうまでもねえ」


 そこから先にあったのは最強による蹂躙だ。

 いや、虐殺か。蹂躙ですらない。

 ただ羽虫を潰すがごとく駆逐されていった。


 この程度では障害にすらならない。

 やはり最強に相対するのは最強しかありえない。

 例えば、魔王だ。

 あれはきっとこの最強の相手足りえるのだろう。


 ぼくにはよくわからないけれど、あれも最強だ。


 そう考えると、目の前でワニを虐殺している男とあの美しい二本角の魔王が戦えばどちらが勝つのか。

 それは非常に興味をそそられた。

 

 どちらも最強だ。

 自称最強と他称最強の違いはあるが、自他最強の違いなどあってないようなものだろう。

 どちらも出力する現象は同じだ。

 圧倒的で、比類なく、ただただ蹂躙する。


 そんな最強と最強がぶつかり合った時、きっとぼくはすぐに吹っ飛んでしまうかもしれないけれど。

 やはり男の子としては気になってしまう。


 楽観だな。

 今、ぼくはワニに殺されないと思っているからの思考だ。

 まったく、ぼくって奴は。

 と思わないでもないけれど、やはり気になる。


「うーん、どっちだろうな」

「えっとえっと、何がです?」

「ああ、あのスリロスと魔王が戦ったら、どっちが勝つんだろうなって」

「うーんうーん……わからないですね。強いとか弱いとか、わたしはそういうの本当にわからなくて」

「だよね、ぼくも」


 できることなら、スリロスに勝ってほしいと思う。

 でもどうだろう。残るなら美人の方がいいのではないだろうか。

 いや、世界を滅ぼした魔王が残ってしまったら、ぼくだって無事では済まないかもしれない。


 でも、やっぱり褐色半裸の筋肉男が残るよりも、巨乳の美人さんが残った方が良いのは間違いなくうなずく男は多いことだろう。


 不謹慎? 楽観だよ。

 こんなことも考えられるくらいに、ぼくは楽観しているということだ。


 それくらいにスリロスの戦いは一方的で、ぼくらは何ら影響を受けないのだから。


 などとまあ、ぼくはやっぱり楽観しすぎていた。

 楽観に楽観を重ねて、楽観しすぎていた。


「おっと」


 こっちに吹っ飛んできたワニの残骸としか思えないような肉片をよけたつもりだった。


 ――カチリ。


 変な音がした。

 その瞬間、ぼくの目の前の光景が切り替わる。


 罠を踏んだと気が付いた時には後の祭り。

 ぼくはスリロスと大野ヶ原こみみと別れてしまった。


 そして――。


「…………チッ、役立たずが来やがった」


 日日無敵と遭遇した。


 


 

 

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