第10話

 二日目の朝。

 ぼくの目覚めは最悪で、できれば監房から出たくはなかったが、朝食の時間ということで勝手に食堂に転移させられてしまった。

 三食食べなければならない派のぼくとしては、朝食を抜くだなんてことはできないし、そうこうしている間に目も覚めて眠気も消えてコーヒーで消して飛ばして朝食を堪能した。


 普通に美味しいごはんでこの状況でも正気でいられるというものだ。

 それから自由時間ということで強制的にぼくらは広場に転移させられた。二度目三度目となれば慣れるというもの。


 ただ目の前の存在に関しては一生慣れることができないだろうと思った。


 そこに魔王がいた。


「――――」


 誰もが絶句した。

 誰もが理解した。

 誰もが放棄した。

 言語、状況、思考を。


 そこに魔王がいた。

 ただ一言、この事実のみが存在する。


 そこにいたのは魔王だ。

 魔王だとわかる。

 理解させられる、圧倒させられる、自覚させられる。


 魔王だ。

 魔王でしかない。

 魔王としか思えない。


 それはもう最悪だと思った。

 それはもう最高だと思った。

 それはもう最強だと思った。


 美しく恐ろしい魔王が、佇んでいた。


「やあ、諸君、おはよう」


 せっかく威圧的な描写をしてみたわけだが、相も変わらずフランクな調子で、往年の友達のように気軽で、一般人のような触れ合いやすさでもって接してくる。

 気安く、気軽に、気心知れたように。

 魔王とはもっと威厳のある怖い存在であるかのように思っていたが、まるでそうとは思えない振る舞いだ。

 恐ろしいのに違いはないが、命の危機を感じるというわけではない。


 命の危機を感じるといえば、こちらの方。

 

「神の名のもとに死ねええええ!」


 相も変わらず昨日の今日でシスター・ソレラは、魔王へと突っ込んでいった。


「おーおー、貴様はほんと懲りないな。我、嘆息」


 はあと二回ほど溜め息を吐いた魔王は。面倒くさそうに跳んできたシスター・ソレラの頭を掴むと地面に叩きつけて埋めた。


「これでよし。我、満足」


 うーん、こわ。

 魔王こわ。


「さあ、どうゲームの解答を受け付ける時間だ」


 なぜ魔王がいるのかと思ったら、そういうことらしい。

 魔王は毎日、朝の自由時間に解答を受け付けるらしい。そこで正解すれば、こちらの勝ち。

 魔王はおとなしく殺される。

 最後まで、魔王と誰かひとりになるまで当てられなかった場合は、魔王の勝ち。


「その時は、君たちを殺してまた変わらぬ退屈に戻る。退屈が退屈で退屈な日々に逆戻りだとも。そういうわけだから、せいぜい頑張ってくれたまえよ、貴様ら」


「オレ様以外」

「ブー、そんな解答は認められないね」

「私以外」

「だからブーだってば」

「ボク以外」

「話聞かないね、貴様ら」


 相変わらずスリロスとシスター・ソレラと日日無敵は、まるで話を聞いていない。

 

「もう貴様ら二人が最後の希望だぞ。さあ、誰が魔王と入れ替わっている? 一度だけ解答せよ」

「ぼくか大野ヶ原さんが答えを言って、あなたは正直に答えるんですか?」

「もちろんだ。ゲームはフェアに行う。いや、行わなければならない。それはもう絶対で、必定で、断定される法則だ。この監獄は、そういう場所だからな」

「……じゃあ」


 じゃあ、どうしよう。

 今までの情報からして誰が魔王かなんてわかるはずがない。


 ここは外れてもいいと楽観しよう。

 まだ詰みではない。追い詰められつつあるけれども、まだ詰んじゃいない。


 ならば次善策とやらに行く。総当たり。


「じゃあ、スリロス」


 ぼくが指定するのは彼だ。

 もし正解なら、このゲームはここで終了。

 もし不正解でも、スリロスは魔王ではないということが確定する。


「オレ様じゃねえよ! ぶっ飛ばすぞ」


 やめてください、死んでしまいます。


 せめてぼくが殺される前に、魔王様には答えを言ってもらいたいものだ。


「ブー。全然違うよ。もーっとよく観察するか、話を聞かないとダメだぞ、貴様ら。本当にやる気ある? あー、いや、これは聞き方が悪いな、いや聞くまでもないな」


 やる気があるといえばあるし、ないといえばない。

 ぼくと大野ヶ原こみみを除く三人は、この魔王当てゲームに参加していながら、参加していない。


 彼らには魔王がだれであれ関係ない。

 自分は魔王ではないという自負がある。

 それが演技であれ、なんであれ彼らは魔王を当てる気はない。


 畢竟、自分以外を殺し尽くせばそれでいいと思っている。

 だから参加しているが参加していない。

 ゲームを楽しんでいる魔王からしたら、これほど興ざめなことはないのだろう。


 パチンパチンと指を鳴らして、魔王は楽しそうに笑った。


「でも、答えた貴様は良い。とてもいい。すごくいい。最高だ。その調子で、我を見つけてくれたまえよ。見つかるつもりはまるでないけれどね」

「あまり期待されても困るけれど」

「だが、君は我を見つけなければならないだろう? 我を見つけなければ、あの三人は自分以外を殺すために躊躇しないのだからね」


 まったくだ。

 まったくもってその通り。ぼくもそう理解している。

 だから、ぼくはあの三人に殺される前に。ぼくが刑務作業で脱落する前に。


 この最も美しく、最悪で最高で最強な魔王様を見つけなければならない。


「…………あれ?」


 何か違和感があったような気がする。


「まあ、いいか」


 楽観だ。

 今は、どうにかなると思っておくとしよう。

 ぼくにできることなんて、今はせいぜいがそれくらいなのだから。


 いい加減に、いいように、良い感じに、楽観しておこう。

 この後の刑務作業をどうにかこうにか乗り越えられるように考えておくとしよう。


「それじゃあ、少年。我は行く。せいぜい楽しむといいぞ。はははは」


 魔王は笑って、二回指を鳴らしてその姿を消した。


 ●


 今日の刑務作業場は、どこぞの鉱山の入り口であるようだった。

 所変わり、場が変わり、法則が切り替わる。


 プレートに記載されていたのは、宝探しだった。

 協力して宝を探せとのことだった。

 制限時間内に宝を見つけられなかった場合、ペナルティ。


 競争とは書かれていなかっただけマシだろうか。


「おい」

「はい?」


 スリロスに声をかけられたから、振り返ったら殴られた。


「ぐへ……」


 空中で一回転したぼくは、そのまま地面に落っこちた。

 ベチャリと人が落っこちるの初めて見た。自分だけど。

 自分じゃなければもっと良かった。


「オマエな、オレ様が魔王とか何抜かしてんだ、コラ」

「いえ、全然どうして、そんなこと思ってないです」


 ゴゴゴゴと文字でも背後に浮かんでそうな不機嫌なスリロスをぼくは見上げることができなかった。

 できなかったが、なんとかかんとか言葉だけはひねり出した。

 言い訳である。言い訳をいうことに関して、ぼくの口はよく回るのだ。こんな口でよかったものである。


「じゃあ、なんだ」

「ほら、スリロスって答えて外れたら、スリロスは魔王じゃないってことが確定するから」


 数秒、間があった。


「おー、なるほど! オマエ頭いいな!」


 パンパン背中をたたかれた。

 骨が折れそうである。とんでもなく痛い。


「どうだ、オマエら、これでオレ様は魔王じゃないってことになったぜ」


 ドヤ顔でシスター・ソレラと日日無敵の方を見ている。


「あら、とてもいいことじゃないですか。殺す相手が三人に減りました。神よ、このように簡単な試練でよろしいのですか」

「ハッ、どうでもいいな。ボクの敵はいないんだ。一人減ったところで、無意味だ」


 本当にこの二人は、自分以外を殺す方針を掲げたままである。

 スリロスという最強がいなくなったせいで、楽になったまでないか?

 むしろ、ぼくらの危険度はさらに上がったんじゃないか?


「本当、ぼくって奴は……」 


 後悔先に立たずとは言うが、できれば先に立ってほしいものである。

 後悔、もっと頑張ってくれ。


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