第9話

「いい、絶対、わたしの目が届くところにいてよね」


 大野ヶ原こみみに、一緒にお風呂に入ってと頼まれてしまったぼく。

 どうしても嫌だけど、絶対に無理だけど、こういうのはいけないことだと思うけれど、仕方なく一緒に入ることにした。

 そう仕方なくだ。仕方なく。仕方なく。どうしようもなく。

 本当は、ぼくとしてはこういうのは勘弁してほしいんだ。本当だよ、嘘じゃない。


 でも、困っている女の子を見捨てないのがぼくという存在だ。

 そうぼくはこれで結構ヒーローって奴にあこがれていたのだ。

 H ERO・ ・・・って奴にね。


「…………」


 いや、本当……ぼくって奴は本当にダメな奴だ。


 しかしだ、しかし。

 大野ヶ原こみみは言った。目の届くところにいてと。

 つまるところそれは、許可だ。

 彼女の目が届くところということは、ぼくの目が届くところでもあるのだ。


 そこにいてもいいということは、見てもいいということ。

 なんて楽観していいのだろうか。


「まあ、いいよね」


 うんうん、今現在、髪を洗い、身体を洗っている彼女の姿をガン見するのはぼくの務めと心得よう。

 超絶楽観して、それはもう楽観して、楽観に楽観を重ねて楽観して。

 ぼくは、きちんと役割を果たすこととする。


 ああ、後でする後悔のなんて甘美なことだろう。 

 現在進行形、途上、今であるところのぼくに後悔はない。

 後のぼくに後悔してもらうから、今はお愉しみタイムを全力で満喫することとする。


 さて、そんな自己弁護ならぬ自己洗脳ならぬ自己弁明ならぬ言い訳が済んだぼくは大野ヶ原こみみへと目を向けた。


 大野ヶ原こみみは、服の上からはわからなかったが肉付きの良い方であったらしい。

 想像の数倍は胸が大きく、それでいて細いところは細い。

 何か運動でもやっていたのだろうか、そんな感じの肉のつき方のような感じがする。


 スリロスのように鍛えているわけではなく、さりとて筋肉がないわけではないという中間の塩梅。

 リリス・夢咲のように変な機能があるようにも見えない。


 美しさでいえばリリス・夢咲に軍配が下るだろうが、女性の裸というものの価値は美しさだけではないのだ。

 その存在だけで、男とはまた違った莫大な価値を持つのである。


 まあ、何が言いたいって、ごちそうさまでした。ということなのだが。


 ●


「はふぅ……気持ちいいねー」


 伸びを二回して湯船につかる彼女を横目にぼくは頷く。


「そうだね」


 現在進行形で、一緒に湯船につかっているのだが、流石に真正面にいるということは許されなかった。

 というわけで人間二人分の距離を空けて横並びになっている。


「ごめんねごめんね、付き合わせちゃって」

「いや、別に構わないよ」

「優しいんだ」

「そうだよ、ぼくは優しいんだ」


 ただ単純に裸が見たかったからとは言わないぼくだ。


「……魔王って、誰と入れ替わっていると思う?」


 大野ヶ原こみみは、膝を抱えて前後に二度ほど揺れながら問いかけて来た。


「誰だろうね、少なくともぼくじゃないとしか言えないよ」

「だよねだよねー」

「君じゃないの?」

「わたしじゃないよないよー」


 まあ、こんな問いかけでバラすわけもないだろう。

 ぼくとて当たると思っているわけではないし、彼女がそうとわかっているわけではない。


「じゃあ、この話は終わろうかー。建設的じゃないし」

「そだねそだね。じゃあさじゃあさ、何について話す?」

「話さずにゆっくり風呂につかるという選択肢は?」

「え?」


 何か話せということらしい。


「じゃあ、ここに来る前は何してた?」

「えーっとえーっと、普通の学生だよ。全寮制の学校だったんだー」

「そうなんだ。奇遇だね、ぼくも学生だよ」

「わー、すごい偶然だね! 部活は何かやってたの?」

「帰宅部。帰宅することにかけちゃ、ぼくはちょっとしたものだったよ」


 HR終了と同時に最速で帰宅だ。

 自由な放課後を謳歌するためには、誰に呼び止められるまでもなく帰宅する技能が必要だった。

 それを磨き続けた結果、ぼくに追いつける帰宅部はいなかったな。


「へー、わたしもだよー。同じ同じ!」


 意外だ。

 大野ヶ原こみみは、ぼくのような存在と違ってクラスの人気者側だと思ったのだが。


「えーえー? そんなんじゃなかったよー、普通だったよー」


 学校の人気者でもなく、成績優秀でもなく、スポーツ万能でもない。

 十把一絡げな普通の学生。


「じゃあ、特殊能力とかあったりしない?」

「しないしない。超能力とかあったら、面白いなーって思うけど。あなたはないの、超能力とか?」

「ないね、ぼくにあるのは楽観くらいだよ」


 やはりぼくにとっての癒しは彼女だけなのかもしれない。

 しかし、そうなると困ったことになる。


 次の刑務作業では確実にぼくらは危うい。

 残っているのが最強のスリロスとヤバイシスターのシスター・ソレラ、あとは呪符を使うことがわかっている日日無敵だ。


 ぼくらには彼らと彼女に相対して勝つだけのスキルがない。

 大野ヶ原こみみがぼくに何かを隠しているのでもない限りはだが。


「うーんうーん……困ったね。はぁ……どうしてこんなところに召喚されちゃったんだろ……」

「本当にそうだね。神様って奴は本当に困ったものだね」

「あはは……シスターに聞かれたら怒られちゃいそうだねだね」

「聞かれてないことを祈るよ」


 たぶん聞かれていないだろう。

 シスター・ソレラは他人に裸を見られるのが嫌だったっぽいから逃亡した。

 ぼくと大野ヶ原こみみが風呂から出ない限りは遭遇しないだろうし、隠れて入ってくるということもないはずだ。

 そう楽観する。


 これで入ってきていた場合は、せめて殺される前にガン見しておこう。


「さてさて、そろそろあがろっか」

「お先にどうぞ」

「え、一緒に来てよ。一緒じゃないとダメダメなんだよ」

「そうだ、聞こうと思ってたんだった」

「何々?」

「なんで一人じゃダメなの?」

「うーん、寂しいから?」


 寂しいからって今日初めて会ったばかりの異性と風呂に入るものだろうか。

 ぼくだからよかったものの、他の普通の男子高校生だったら勘違いされて大変なことになっていたに違いない。


 まあ、そんなこんなで再度服を着て監房に戻る。

 ごく当然のように大野ヶ原こみみはついてきた。


「大野ヶ原さんの監房は向こうだと思うけど?」

「えっとえっと、一人じゃ眠れないので」

「……全寮制って聞いたけど、相部屋だったの?」

「いえいえ、一人部屋でしたけど?」


 一体全体どうやって生活していたのだろうか。

 一人じゃ風呂に入れない。一人じゃ眠れない。

 一人を嫌い、一人を忌避する。


 共同生活をしている相部屋だったならばそこそこ問題はないのだろうけれど、一人部屋だったということは彼女、結構他人に迷惑かけていたクチなのだろうか。

 まあ、ぼくが言うことじゃないかもしれないけれど、彼女も結構おかしな子なのかもしれない。


「それでよく生活できてたね」

「えへへ、そうですよね。不思議です」


 大野ヶ原こみみは本当に不思議そうに笑った。

 そこに嘘は感じない。本心から、根っこから、心底不思議そうに大野ヶ原こみみは首を二回傾げた。


「でも、こうなったのはここに来てからなんですよね」

「そうなの?」

「はい。不思議ですね。本当に不思議です。ここに来る前は、全然寂しいとか、思わなかったのに。今は、とっても寂しいんです」


 やっぱり不思議そうにしながら大野ヶ原こみみはごく自然にぼくの監房のベッドに横になって寝息を立て始めた。


「…………」


 ぼくもごく自然にベッドに入れるわけもなく、ベッドわきに体操座りして寝むった。

 まったくひどい睡眠だったと言わざるを得ない。


「まったく、最悪だ」


 最悪のまま二日目の朝が来た。


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