第8話
ブザーが鳴ったと思ったら、ぼくらは刑務作業場の入り口にいた。
ぼくは安堵の息を吐く。
大野ヶ原こみみが提案した、〇×ゲームでこてんぱんにされて、もうすぐ負けそうなところだったところをひっくり返すことに成功したからだ。
いや、ひっくり返していないな。ただなかったことにしただけだ。
盤面がなくなったから無効試合ということで。
調子に乗って、いや楽観して夕食を賭けてしまっていたところだから無効になって良かった良かった。
どんな夕食が出るにせよ、ぼくは三食きちんと食べなければならない派なのだ。
食べる派ではなく、食べなければならない派。決意ではなく義務だ。
「危ないところだったな」
じゃあそんなものを賭けるなという話。ごもっとも。
もう二度と賭け事はしない。そう誓っていたのを忘れていた。
ぼくってやつはいつもいつもやってから後悔する。
ついでに言えば、最強を自称するスリロスもこれに乗っていたのだが、大野ヶ原こみみという少女は意外にもゲーム事に強いらしく、彼に無敗であった。
いや、内容的に彼女が強いのか彼が弱いのかは考慮の余地があるのかもしれない。
何せ、大野ヶ原こみみがスリロスとやったゲームの大半というかすべてが引き分けだ。
勝利もなければ敗北もないから無敗。〇と×が二つずつの引き分け勝敗だ。
「神の試練も終わりですかね」
シスター・ソレラがそんなことを言うが、こんなことが一体全体どうして神の試練というのだろうか。
確かにぼくにとっては試練っぽいというか、ヤバイ場面はいくらかあったが、神がそんなお膳立てをする必要はないだろう。
「うぅ……痛い。半裸野郎、容赦なく殴りやがってェ」
リリス・夢咲も目覚めて恨み言をぶつぶつとつぶやいているが、ぼくの関心はそちらよりもシスター・ソレラと
「ところでシスター・ソレラ、その恰好は?」
なぜかシスター・ソレラはバニーガールの衣装になっている。
とてもきわどく、サイズが一サイズほど小さいらしくいろいろとこぼれそうである。
なんとも眼福な光景であるが、これはいったいどういうことなのか。
「試練です。神が私に課した試練なのです」
「はあ」
つまるところ影にタッチされてしまい、ペナルティーを受けているということらしい。
「そっちもか……」
日日無敵の方も同様で、彼の姿はメイド服である。
神の趣味はいったいなんなのだろう。
「このボクが、こんな格好を! ありえない! 見るんじゃない!」
と憤っているが、もっとひどいペナルティーを想像していたぼくとしては、姿が変わるくらいいいではないかと思う。
「ダハハハ! おもしれえ恰好になってんじゃねえか! ダハハハ!」
スリロスは大笑いだ。
「カメラ、カメラがあったらー!」
大野ヶ原こみみはなんだか悔しがっているようだった。
結構、こういうのイケる方であるらしい。
やはり、ぼくの癒しは彼女だけなのかもしれない。
「で、これからどうなるんだ?」
スリロスがだれともなく言った。
「神の試練を越えることができなかった者の末路は決まってますよぉ~」
シスター・ソレラは、確信があるように言ってリリス・夢咲から距離を取る。
ぼくの嫌な予感は最高潮だ。
流石のぼくも、いや流石のぼくだからこそ楽観なんてできなかった。
最悪に見積もって、楽観に楽観を重ねても、他人が離れているのに自分だけ残ることはできない。
「離れよう」
「え? え?」
大野ヶ原こみみの手を取って――柔らかい手だった――ぼくもシスター・ソレラに倣ってリリス・夢咲から離れる。
「おい、なんだよ、あたしちゃんに何が起きるってんだ――」
リリス・夢咲が破裂した。
内側から爆ぜた。
完膚なきまでに粉みじんに呆気なく吹っ飛んだ。
残ったのは血霧のみだ。
なんというグロスプラッタ。
「おいおいおい」
「はぅぅ……」
「おっと」
大野ヶ原こみみはあまりのあんまりな光景に気絶してしまった。
それも致し方ないことだろう。しっかりと受け止めておこう。
やはり彼女こそがぼくの癒しなのかもしれない。
もちろんぼくとて平気というわけではないけれど、他人がいるところで取り乱したりなんてできるわけがないからやせ我慢している。
それにあまりにも呆気なさ過ぎて、ぽかんとしている方が正しい。
「ただ、最悪だ」
刑務作業が今後もこんな感じだとすれば、都度脱落者が出るということになる。
そこに魔王が入れば御の字だが、絶対に入らないだろう。
そうやって潜伏しながらぼくらが減るのを待って、最後まで残る気なのかもしれない。
つまりだ、悠長に構えている余裕がなくなった。
楽観できなくなった。
ぼくらは真剣に魔王当てゲームをやらなければならないのだ。
魔王討伐させたいのか、それとも別の目的があるのか。
神々が何を考えて入るかわからなくなった。本当にやる気があるのか。
「神々は平等なのです。神々は慈悲深く魔王にも機会を与えたということ。これもまた試練なのです」
それにしたってである。
それにしたって、もっとこちらに都合のいいようにはできなかったのだろうか。
「はぁ……まあ……なんとかなるかぁ」
楽観だ。楽観しておこう。
ぼくに今できることなんてこれくらいだ。
刑務作業が終われば、次に待っているのは食事時間だった。
どんな刑務所ご飯が出てくるのかと思っていたら、見たことない料理ばかりであったが、割と豪華な料理で驚いた。
こういうところに手間をかけずにもっとどうにかならなかったのかと思うが、ご飯がおいしいことに関しては文句があろうはずもない。
食事の後は入浴だ。
男女分けられていなかったため、話し合いの結果男子が先に入ることになった。
「はぁ……」
大浴場はとんでもなく広かった。
足をどんなに伸ばしても余裕だ。ゴム人間が最大限手足を伸ばしてもきっと余裕だ。
スリロスが泳ぎ回ってもぼくにまったく影響がないくらいには広い。
下手したら風呂で遭難するのではないかと思うレベルだ。
食事と風呂がいいのは、実に素晴らしい。
神の中にも良いやつがいるのかもしれない。
魔王がこのような場所を作ったとかでない限りは。
「はー、いい湯だな。これが監獄での入浴じゃなければもっといいんだけど」
そう呟いたところで日日無敵が離れたところで湯につかっているのが見えたので、ぼくは少し情報を探るべく話しかけに行くことにした。
本腰を入れて魔王当てをするなら、コミュニケーションをとるのが一番だ。
裸の付き合い効果でそこそこの話ができるはずだと踏んだぼくは、すいーっと日日無敵の近くへ行った。
「…………」
無言で離れられた。
「…………」
無言で追いかける。
なぜぼくは、男を風呂で追っているのだという正気は必至に封じ込めて追いかける。
「…………」
また離れられた。
「…………」
追いかける。
「…………」
逃げられる。
「…………」
追いかける。
「……はぁ、何か用か」
よし、勝った。
「少し話そうと思ってさ。誰が魔王なのか当てなきゃだし」
「そんなくだらないことでボクの時間を無駄にするつもりか?」
「風呂の時間って暇だろ? 少し話すくらいいいじゃないか」
「バカなのか? お風呂の時間は誰にも邪魔されず、一人でじっくりとゆったりとまったり満たされるまで楽しむものだ」
「それには半分くらいは、いや四分の一くらいは同意できるけれど。今はそれほど楽観できる状況でもないかなあって」
刑務作業で人が削られていく前に、ぼくらが有利なうちに少しでも魔王を当てられる情報を集めておきたい。
そうしないとぼくと大野ヶ原こみみはだいぶ不利だ。
大野ヶ原こみみに彼らのような何かしらの技能がない限りは、ぼくと彼女は一般人枠として次に殺されるか、殺されなければ脱落してしまう。
この状況で楽観はさすがにできない。リリス・夢咲の末路を見てしまったからには、これに関しては楽観していられない。
これで大野ヶ原こみみに何かしら技能があれば次は確定でぼくが脱落するのだ。
それはもう必死にもなろうというもの。
ぼくは夏休み最終日に宿題を手に付ける小学生くらいは必死だ。半分諦め気味ともいう。
「貴様が何をしたところで無駄だ」
「いやいや、そこそこ意味はあるでしょ」
「ない。ボクは魔王ではないからな。貴様と話をしても何もないし、そもそも全員殺せば、貴様が何かする必要もない」
「……じゃあ、その前にぼくが君を殺したりすれば」
なんて冗談を言い放ったことを即座に公開する羽目になった。
ぼくを何かの呪符が囲んでいる。殺意が莫大な威圧感となってぼくを押しつぶしにかかる。
とにかく、なんだかわからないが、やばいことだけはわかる。
「風呂を汚したくはないが、そんなに死にたいのなら殺してやるが?」
「じょ、冗談冗談。冗談。風呂を汚すのは、次の人に悪いし」
「なら、さっさとボクの目の届かないところに行くんだな」
日日無敵が手を振れば、呪符は消え失せた。
同じく重圧も解消される。
ぼくは即座に逃げることにした。
ああ、いや。
「一つだけ聞きたいんだけど」
「聞くな」
そういわれても聞きたくなるわけで。
「なぜ、風呂でまでメイド服?」
「…………」
睨まれた。
ぼくは逃げ出した。
殺されるかと思った。
きっとペナルティーがまだ有効に違いない。風呂でも脱げないとは割と、いや、結構イヤなペナルティーだ。
バラエティー番組的だけど。
「はぁ……ほんとぼくってやつは」
こうなるとわかっているのに自制できないんだから、ぼくって奴は本当にダメな奴だ。
仕方ない、情報はまた別に集めるとして、一足先に風呂から出ることにした。
そうして男子と女子が交代する。
「さーて、寝るかー」
「フン」
スリロスと日日無敵はさっさと監房に戻っていった。
ぼくも戻ろうとしたら、脱衣所からシスター・ソレラが飛び出してくる。
「いやですうううう! 人前で、裸になるだなんて!」
そのままシスター・ソレラは逃亡した。
何事だ?
「ああああ、待って待って! わたし一人じゃお風呂に入れないんですぅ!」
シスター・ソレラを追いかけようとした大野ヶ原こみみが、手を伸ばしたままの姿勢で固まる。
それからギギギギと壊れた人形のようにぼくの方を向いた。
嫌な予感がした。
「ねえ、一緒に入って! わたしって一人じゃお風呂入れないの!」
いやいやいや、そんなこともちろんできるわけないだろ!
年頃の男女だ。そこは節度を持たなければならないはずだ。おばあちゃんがそんなこと言ってた。
だから、ぼくはきっぱりと断るのだ。
そうそう、それに年頃とは言えど、思春期とはいえど、男子高校生とはいえど、ぼくはつい先ほどリリス・夢咲からひどい目にあわされかけたのだ。
女性にそうほいほいとついていくはずがないじゃないか!
「いやいやいや、そんなこともちろん、OK!」
………………あれ?
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