第7話

 見てろと言った最強が、ぼくを置いて先ほど穿った大穴から外に出て行った。

 そして、リリス・夢咲と対峙する。


 壁をぶち破るほどのパンチを受けたリリス・夢咲は、ぼくの想像よりも無事であった。

 無事ではあったが、大丈夫とはいいがたいようであるが。


「つぅ……アァ、もう最悪! あたしちゃんの顔を殴るだなんて!」

「おう、戦いだからその辺の釈明はしねえんだけどよォ……」


 明後日の方向に顔を背けているスリロス。


「とりあえず服着てくんねえ? 目のやり場に困るんだよ。やっぱ全裸は恥ずかしいってもっと慎みって奴を持てよ」

「い、やだ、ね! あんたがあたしちゃんに着せればァ!」

「そうか。じゃあ、目を閉じて戦うしかねえか」

「は?」


 は? と口にしたのはぼくだ。いや、ほぼ同時にリリス・夢咲も言っていたのかもしれない。

 ともあれ、スリロスは目を閉じて戦うと宣った。


 言外に、おまえなんてこの程度で良いのだと言っているようなものだ。

 現にそれでいいのかもしれない。

 最強を自称する男にとっては、目の前のサイボーグなんてものは理解の外だろうが実力の内なのだ。


 目を閉じれば確かに、その差は少しは狭まるだろう。

 狭まりはするが、その差が狭まるということなどありはしない。


「ふざけるなよ! 見ろよ、あたしちゃんをよ!」


 そんなスリロスの態度にリリス・夢咲はキレた。

 今まで彼女を無視できた者はいない。

 そのテクで、そのコトバで、そのカラダで、男の視線を釘付けにして、磔にして、貼り付けにして、殺してきた。


 自分を見ない相手などどこにもいない。いてはならない。

 それこそリリス・夢咲の存在自負。

 幼き身体で数多の男を襲って犯して殺してきたらしい殺人鬼の誇りであり、道理だ。


 そのすべてが砕かれた。

 そんなことリリス・夢咲が許せるはずもなく。

 さりとて、スリロスが許すはずもない。


 リリス・夢咲が砲を撃つ。

 ぼくに見せていたからすでに展開は終えている。

 それで狙えばすぐに撃てる。


 これはぼくが後々にリリス・夢咲の資料を読んだから知っていることなのだが、彼女が使っていたのは対ミュータント用内蔵レールカノン九十九式というものだった。

 サイボーグが躯体に内蔵できる最大最高最悪の代物で、一発撃てば地球に穴を二つ空けられるらしい。

 一発一つではない一発二つ。貫通させて穴二つ。


 埒外の威力を放つそれをスリロスは目を閉じたまま迎撃する。

 拳を握り、真っ向から弾丸に向けて己の拳を放った。

 普通ならば拳どころか身体が吹っ飛ぶ以前に、木っ端みじんを通り越して粉みじんも通り過ぎて、一足飛びに消滅するような威力であるのに、押し負けたのは弾丸の方だった。

 押し勝って、吹き飛ばして、なかったことにした。


「ん? なんだ、ずいぶんと軽いな」


 そうして放つのは余裕の一言だ。

 まったくもって最強というものをまざまざと見せつけてくれる。


「これは勝ったな」


 楽観できるほどにスリロスは最強だ。

 それがぼくに向くという最悪を考えずに楽観すれば、これほど安心なこともない。


 最も強いという男に、誘惑し、誘引し、誘愛することで男を襲い殺す殺人鬼が勝てるはずない。

 幼女に擬態して追跡を逃れるような女に、何も憚ることなく最強を自称できる男が負ける道理はない。


 最強とは最も強いからこそ成立する公式だ。

 相手より弱ければ成立しない。

 自称であるがゆえに、いや自称だからこそ、自称しているからこそ最強の公式は強固に成立する。


 成立させなければそれは詐欺であり、嘘であり、偽りだ。

 スリロスという男は詐欺師でもなく、嘘つきでもなく、偽物でもなく。

 正しく自称最強だった。


「ふざけんな! なんで九十九式を素手で防げんのよ! あたしちゃんの最大火力なのにィ!」

「そりゃ、オレ様が最強だからに決まってんだろ」

「そんな理屈が通るわけないでしょうが!」

「通るんだよ、最強だからな!」


 通らないと思う。

 この目で見なければぼくだってそう思う。誰だってそう思う。


「だったら、これでどう!」


 大火力による一撃必殺が成らないのならば、次なる一手を。

 リリス・夢咲は、疾走を開始した。

 クモ脚を使い、高速機動でスリロスの周囲を回る。


 速すぎてぼくには何が起きているのかまるで見えない。


「目を閉じてる傲慢で死ね!」


 超高速機動からの首一点狙い。

 超高速で通り抜けざま、すり抜けざまにクモ脚で少し傷をつける。

 それで終わりと思い描く。

 自分は今まで男には負けたことなどないのだから。


 その自負は最強を打ち負かすには到底足りない。


「まだ足りねえよ」

「は?」


 ぼくには見えない速度でも、スリロスには見る必要すらない速度だった。

 首に向けて放たれたクモ脚が指二本で掴まれる。

 たったそれだけでリリス・夢咲はまったく動けなくなった。


「ちょ、なんで、動かないの、あたしちゃんのクモ脚!」

「指で挟んでるからな」

「そんな指二本なんかで動かせなくなるわけないでしょ!」

「できるんだよ、最強だからな」

「だから、そんなことできるわけないでしょ、ありえない!」

「見たものを信じれないようだとダメだぞ。あ、オレ様は今見てないんだったか。まあどうでもいいだろ。結果がすべてさ。オレ様が最強。理解したか?」

「んなわけ、ない! あたしちゃんが男に負けるわけないんだよ!」


 動けないならばその一本を捨てる。

 まだクモ脚は七本残っている。そのすべてでスリロスを殺さんと蠢かせる。

 クモ脚は中央から割れて八分割されて、そのすべてが鋭い針となる。


 人間の手は二本。指は十本。

 いくら最強だろうが、人間であるならばあるはずの手数の限度。


 このうちの一本でも届けばいい。

 リリス・夢咲はそう考えていた。

 針には毒があり、リリス・夢咲のいた科学の発達した世界でしか解毒できない。


 一本でも刺されば勝てる。

 少しでも刺されば勝てる。

 届きさえすれば勝てる。


「だから学べよ。何したって同じだ。オレ様は最強だからな」


 リリス・夢咲の針は、一本も刺さらないし、少しも刺さらないし、届きはしない。

 最強に対して相対できるのは最強だけ。

 その点でいえば、リリス・夢咲にも分というものはあった。


 彼は最強ではあるが、無敵ではないし、万能でもなければ、まして全能を有するわけでもないのだ。

 彼は強いだけだ。

 だから、同じ土俵でなければいくらでも膝をつかせることはできた。


 リリス・夢咲が最も得意とするフィールドは、スリロスにとっては鬼門であったから、彼女がそちらで攻めていれば少なくともここまで一方的ではなかっただろう。

 一方的ではないだけで結果はさして変わらなかったかもしれないが。


「この化け物!」

「言う言葉が違うぞ。化け物じゃなくて、最強って言えよ。そら、言ってみろ」

「ペッ!」

「そうかい。なら、刻んでやるよ」


 再びスリロスがリリス・夢咲の顔面に拳を叩き込んだ。

 拳を叩き込まれたリリス・夢咲は地面を何回もバウンドし、バウンドし、バウンドして刑務作業場の壁にめり込んでようやく止まった。


「ま、こんなもんだろ。どうだ、オレ様は最強だろ」

「まあ、うん、最強だと思う」

「鬼もちょうど切り替わったし、あいつしばらくは起きねえからゆっくりできるな」


 鬼が気絶しているのなら、確かにそれ以上鬼ごっこを継続しようもない。


「すごいすごい音がしていたけど、大丈夫大丈夫?」


 終わったタイミングで大野ヶ原こみみがやってきた。

 彼女も校舎シェイクを生き延びていたようだ。


「大丈夫。あとついでに鬼ごっこも終了」


 吹っ飛んで壁にめり込んでいるリリス・夢咲をぼくは指さす。


「え、リリスちゃん!? え、何? 何があったの?」

「話せば長いし、あまり話したくない感じなんだけど、彼女殺人鬼だったんだ」

「ええぇぇ!?!?」


 良いリアクションだ。二回も飛び上がった。

 ぼくの癒しは彼女だけなのかもしれない。


 そう思っている間に、鬼ごっこは平和に終わりを告げた。

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