第5話
何をされているのだろう。
いや、それはわかる。
ぼくは今、リリス・夢咲に襲われている。押し倒されている。組み敷かれている。
一般的な体格と力を有するぼくであれば、リリス・夢咲程度の体躯の少女、いや幼女であれば容易く振り払えるはずだった。
けれど、それはできなかった。
やらせてもらえなかったのもそうだが、ぼくが感じる彼女の重さは、見た目通りではなかったからだ。
どう考えても重すぎる。
それに背中から生えている鋼鉄のクモの脚のような構造体に四肢を押さえられ、幼女とは思えない体重による拘束だ。
普通ではないのは明白。どうやら彼女もあちら側だったようだ。
「これは、どういうことかな……?」
詰み、と思ったけれどぼくは努めて――本当に努めて――冷静さを装いながら聞いてみた。
せめてもの抵抗。涙ぐましい時間稼ぎだ。
最悪なのは、ぼくがこんなことをしたところで、何一つ時間は解決しちゃくれないということ。
ぼくの味方はぼくだけで、助けに来てくれる者はだれもいないのだ。
「んふふふ、イイことするのよ」
そうぼくに言い放ったリリス・夢咲の表情は、あどけない幼女のそれではなかった。
獲物を見つけた肉食動物のように鋭く、それでいて咲き誇る花のように美しく、恋する乙女のように艶やかだった。
簡単に、わかりやすく、一言で言い表すならばエロい表情だった。
幼女がしていい表情ではない。
だが、前提が間違っていたとしたらどうだろう。
見た目が幼女なだけで中身はそうではないとしたら、こういった表情もできるのではないだろうか。
そもそも背中から謎の鋼鉄のクモ脚が生えている時点で、外見と中身の違いを考察するのは間違っているのだろう。
どう見たって、外見で判断するな中身はおかしな何かである。
「イイこと、って……?」
さあ、それでも少しでも時間を稼ぐべく質問だ。相手が答えてくれる間は、その分ぼくの様々な寿命は延びる。
ぼくの質問にリリス・夢咲は、機嫌よく耳元に顔を寄せてきた。彼女の呼吸が耳に吹きかかってくすぐったく、ぞわりと背中を波が上がっていくようだった。
いや、これはわざと吹きかけているのだろう。
「えっちなこと」
語尾にハートでもついていそうな声色だった。
健全な思春期の男の子には刺激が強すぎる。
思春期男子のそういう感情、いや激情、いやもう簡単にはっきりと欲というものは抑えることは不可能なものなのだ。
冷静ぶっていようとも、身体は正直に生理現象を吐き出すし、身体はびくりと震えるし、顔は赤く染まってしまうものなのだ。
たとえ相手が幼女にしか見えないとしても、まったくもって節操のなしのなかのせっそうなし。
それが男子高校生だ。
「んふふ」
当然、そんなぼくの状態は馬乗りになられているリリス・夢咲にはすべて伝わってしまう。
ポーカーフェイスもなんのその。隠そうとしても、天井に押し倒されてしまっている現状ではどうやっても隠せない一部分に気が付かれてしまう。
恥ずかしいが、ぼくにはどうしようもないのだ。
「君、そんな奴だったのか」
「そんな奴って~? あたしちゃんのことただの子供だと思ってた~?」
「まあ」
どう見ても見た通り見た目通りに幼女だと楽観していた。
楽観した結果がこれだ。
ぼくはもっと考えるべきだったのだろう、この監獄にただの幼女が収監される理由がないのだと。
ぼくらは魔王を倒すために集められたということを考えた方がよかったのだ。
まったくもって楽観しすぎたとしか言いようがない。
そういうわけで、ぼくはすっかりとリリス・夢咲というクモに捕まってしまったわけだ。
このまま何が起きるのかは明々白々。
捕食されるのだろう。それは性的なという意味合いが強そうである。
彼女の手つきと態度がそう示している。
ただ、それで終わるとも思えない予感がある。
「あまり時間もないしぃ、あたしちゃんはじらす趣味もないしぃ。やっちゃうね、お兄ちゃん」
「どうしてぼくなんだ」
もうどうしようもないし、完璧に詰みなのだけれど。
それでも足掻かせてもらおう。
ぼくは諦めは良い方だけれども、自由は諦められない。ぼくにだって選ぶ権利というものはあるのだ。
「うーん、お兄ちゃんはそこそこあたしちゃんの好みの顔だったからっていうのがひとつ。食べやすそうだったのがひとつ。だって、ほかに残ってるのって、学校を投げるような半裸の変態と、よくわからない眼鏡じゃん?」
確かに男連中の中でぼくが一番、襲いやすいという意見には同意せざるを得ない。
「だからぁ、お兄ちゃんを襲うことにしたの」
また語尾にハートがついてそうな声色だった。
甘ったるく脳を溶かしそうな声が、耳を撫でてきてゾクゾクしてしまう。
「もういい? じゃあ、気持ちよくなろうよ。気持ちよくなって、ひとつになって、バラバラになろう」
「ん?」
何か変なのが混じらなかっただろうか。
「バラバラ?」
それは一発ヤって終わりという意味ではない気がする。
「うん、お兄ちゃんを、バラバラにするの」
甘ったるい声色なのに、まったくもって甘くない言葉が飛び出してきた。
「えーっと、バラバラって?」
努めて冷静に。
頭の中にある嫌な予想は直視しないようにして、聞いてみる。
「まずね、指を一本ずつ切っていくの」
聞いたことをもう後悔してきた。
後悔の最大風速は即座に更新してしまった。ぼくはどうしていつもやってから後悔するのだろうか。
明らかにダメとわかっていてもやってから後悔するのだ。
楽観しすぎなのだ。
「なぜに」
「えー、切りたいからだよ? それ以外にある?」
困った、反論がない。
指を切る理由に、切りたい以外の理由なんていらないだろう。
「できればごめん被りたい」
「ダーメ」
「痛いのは嫌なんだよ」
「痛いのがいいじゃない。痛くしているのを見るのがいいんじゃない。その方がずーっとずーっとずーっと興奮するじゃない」
リリス・夢咲は、嗜虐的で海外のお菓子のように甘ったるい表情を浮かべる。
なるほど変態だったようだ。
こんなのが魔王討伐に選ばれるとはいったいどういう選考基準にしているんだろう。
いや、それどころではない。現実逃避もたいがいに。
といってもぼくにできるのは口を動かすことだけだ。
両手足はしっかりと固定されているし、胴は馬乗りになられているおかげでまったく動かせない。
首は動くが首が動いたところで何ができるというのかだ。
口を動かすほかない。
口八丁で乗り切れるとまでは言わないが、時間は稼げる。
稼いだところで意味のないはした時であろうとも、きっと何かが起きて助かると楽観するほかない。
「ヤるというのなら、もっとお互いのことを知ってからにしたいなー、なんて」
そうそうこういう時こそ、こういう質問が効果的だったりするものだ。
「えー? あたしちゃんのこと知りたいの~? んふふ、いーよー、冥途のお土産に教えてあげる」
冥途の土産と言われてしまった。殺されるらしい。
「あたしちゃんはね、リリス・夢咲。えーっと趣味はぁ、エッチなこと。好きなことはエッチなこと。やりたいこともエッチなこと」
ピンク色だった。脳内ピンクだった。蛍光色のピンクだ。ショッキングピンクだ。
幼女の外見でこんなこと言われているから、違和感が凄まじい。
「その脚は?」
鋼鉄製のクモの脚。
「これ? あたしちゃんの特製サイバーウェアだよ。あたしちゃんの身体は、ぜーんぶ機械なんだよ、お兄ちゃん」
サイボーグというやつか。
なんだそれ、そういう異世界から来たのか。ファンタジー異世界の住人ばかりかと思ったら、そういうサイバーパンクみたいな異世界からも人が来るのか。
なるほど、体重が外見と合わないのはそのせいか。
「じゃあ、なぜにそんな姿なんだ? ……エッチするなら、大人の方が良いだろう?」
単純な疑問だ。
エッチなことをするなら大人の方が都合がよいはず。法律が同じとは限らないが、それでも子供よりは大多数の人とヤルことやりやすいだろう。
「うん、そうだねぇ、お兄ちゃんの言う通りだよ。でもね、こっちの方が都合がいいんだよ」
都合。
はて、一体全体どんな都合が良いことがあるというのだろう。
「こっちの方が、疑われないもんね。お兄ちゃんが疑わなかったように」
「疑われない意味があるのか」
「もちろん、だってあたしちゃん、殺人鬼だし」
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