第4話

「よし、んじゃあ全員、ここで死んでくれ」

「うふふふ、神の名のもとに皆様、死んでくださいませ」

「ボクはこんなところで死ねないんだ。だから、死ね」


 何を言っているんだ、こいつらは。


「い、いやいやいや、どうしてそうなるんだ」

「決まってんだろ? オレ様は魔王じゃない。だから、オレ様以外が魔王だ。なら殺していいだろ」

「決まっていますでしょうぅ? 私は神に選ばれた存在なのです。そのような私が魔王であるはずがないでしょう? ですから、あなたたちの誰かが魔王なのです。それがわからないので、とりあえず全員殺してしまおうと思います。どのみち、囚人などという悪は殺すべきだと神も言っていますから」

「決まっているだろ。世界で最も優れたボクが魔王に殺されるはずがない。だから、ボク以外が魔王だ。ならさっさとボク以外を殺した方が手っ取り早い」


 こいつらは馬鹿なのか?

 いや、これこそが魔王の狙いだったのかもしれない。

 ぼくらを疑心暗鬼にさせて、争わせる。そうして良いところで全滅させるつもり。

 あるいはその争いを見世物にでもする。


「なんて最悪な」


 なんとも最悪だ。最悪に過ぎる最悪だ。

 楽観しすぎたぼくも最悪だ。

 かといって一般人のぼくにこの三人を止められるとは思えない。


 いや、彼らがどれほどの実力かだなんてぼくにはまるきりわからないのだけれど、少なくともシスター・ソレラは剣を持っているし、スリロスは自称最強だ。

 日日無敵なんて名前からして強そうだし、そんな連中にぼくと少女と幼女がどうこうできるわけもない。


 いや、もしかしたらどうこうできるのかもしれない。

 だってぼくを除く五人は魔王を監獄で殺すために用意された人材なのだから。

 ぼく? ぼくはアレだよ、何かの間違い。

 ぼくは一般人なのだから。


「ねえ、お兄ちゃん。あたしちゃんたち殺されちゃうの?」


 つらつら考えていたらリリス・夢咲がぼくの袖を引っ張った。見上げられて、不安そうに言わった。

 これは困った。彼女にもこの状況をどうにかする手段はないということだ。

 その流れで大野ヶ原こみみを見たら、無言で首を二回横に振られた。無理だということだ。


 さて、どうしよう。

 悩んだ。


 そして悩んだ結果、ぼくらは殺されなかった。

 その前にブザーがなったからだ。


『刑務作業の時間です』


 そんなアナウンスがしたと思ったら、ぼくらは別の場所に移動していた。


「刑務作業場、かな?」


 疑問形なのは、刑務作業場という場があったわけではなく、そこにあったのは学校のグラウンドと校舎だったからだ。

 そして、ぼくらの目の前にはプレートがあって、鬼ごっこと書かれている。


「これが刑務作業の内容?」


 鬼ごっこが?

 鬼ごっこっていうのはあれだ。鬼役とそれ以外に分かれて、鬼がそれ以外をタッチしたら鬼が交代する子供の遊び。


「おいおい、誰がこんなのやるんだよ。それより今忙しいんだよ」


 スリロスが不服そうに言うと、そこに雷が落ちてた。


「うぉ、あぶねえ!」

「あらあら、神罰です。神が言っているのです、刑務作業をしろと」

「チッ、あの雷、本当に神の雷じゃないか。受けるには準備が足りないか」


 どうやらあの三人も今は矛を収めて刑務作業に入ってくれるらしい。


「まったくやりたくないけど」


 などとぼくが言ったら、足元に雷が落ちて来た。

 少しずれていたら丸焦げだった位置に。


「やるしかないな! あの三人の殺し合いも止まったし!」


 正確には殺し合いではないのだけれど、もう殺し合いでいいや。


「よかったねよかったね」

「そうだね」


 まったく、一般人代表の大野ヶ原こみみとぼくは安堵するばかりだ。


「で、最初の鬼は誰だろう?」


 そういうわけで、ぼくらは鬼ごっこに興じることになる。

 やらないと神の雷とやらが落ちてくるので、強制的にやらされてしまう。

 あの雷を受けて生きていられるのならやらなくてもいいが、ぼくは雷を受けたら死んでしまう。

 まったくもっていやになるが、こんなところで死にたくないのならやるほかない。


 自殺をした人間が今更死ぬことに何をと思うかもしれないが、他者による殺害は許容外だ。

 自分の意志による自由自殺は別に構わないが、他殺だけはNOだ。

 だってそれはぼくの自由じゃない。


「さて……どうするか」


 鬼ごっこのルールはいたって単純だった。

 普通の鬼ごっこ。プレーン。追加ルールなし。

 鬼は鬼以外を追いかけ、タッチしたらタッチされた者に鬼が交代する。

 ただし、フィールドが広大であるため、鬼にはヘルプの影が二人つく。


 ヘルプにタッチされても鬼が交代したりはしないが、ヘルプの影に書かれているペナルティが課される。

 最後まで鬼だった者には何があるかは不明。


 これでモチベがあがるはずもなく。

 それどころかやりたくない度が跳ね上がる。

 最後に鬼だった時何があるのか。それを考えるだけで萎える思いだ。


「変な罰ゲームとかありそうだなぁ……」


 そもそも刑務作業で鬼ごっこというのが怪しすぎる。

 何が起きるのか、考えたくもない。


 ここが神が作った監獄だからというのもあるが、それ以上に嫌な予感がする。

 こういう時のぼくの嫌な予感は当たるものだ。


「ま、テキトーにやればいいんだろ、テキトーにやれば。こんなもんさっさと終わらせて全員殺して外に出るさ」

「ダメですよ、やるなら全力でやらなければ。神に失礼でしょう」

『最初の鬼――スリロス』


 何やらやり合いそうな雰囲気の二人をよそに鬼が決定される。


「オレ様か」


 鬼が決定したらスリロス以外のぼくたちは学校内に転送された。

 気が付けば別の場所。もうここに来て何度目だ、驚きはしない。

 バラバラに転送されて、即座に試合開始。

 視界にタイマーが表示される。少し邪魔だと思った。


 時間は二時間。

 二時間、鬼から逃げきれということらしい。

 あまりにも長すぎだろうと思うが、ひとまず、スリロスがどう動くかわからない。

 ぼくはぼくが生き残ることが大事だ。ひとまずはどこかに隠れて様子見をしよう。

 そう思った時、校舎が揺れて傾いた。


「なんだ!?」


 慌てて廊下の窓から外を見る。

 ぼくは絶句した。


 学校が浮いている。

 それも斜めに浮いている。学校の角を持って持ち上げたかのようだ。

 いや、それは比喩ではなく事実だ。

 正真正銘、まぎれもなく、偽りようもない現実の出来事だった。


 スリロスが、校舎を持ち上げていた。


「軽いなー。そーらよ! 飛んでけーってな!」


 それからあろうことかスリロスは校舎を軽く投擲した。

 ボールでも投げるような気軽さで、推定重量すらわからない軽くトンは超えているであろう建物をぶん投げたのだ。


 スリロスは嘘も偽りも誇張もなく、自称するがままに最強なのだとぼくは理解した。

 理解しながらミキサーにかけられた食材のように校舎内で攪拌されながら、ぼくらは校舎ごと投げられた。


 まったくもって生き物としてのスケールが違いすぎる。

 ただ、最強ではあっても、最高ではないし、最上でもないとぼくは思った。

 何せ、最強の前に最高を見て、最上を感じて、最悪を知ってしまっている。

 魔王という頂点を見てしまっている。

 それに比べたら、こんなものは文字通りの遊びでしかないのだろう。


 感覚の狂いっぷりに笑えてしまうほどだ。

 まあ、全身の痛みがなければだが。


 校舎投げの影響でぼくは天井に壁に、床にと叩きつけられまくった。

 こうやって命を失わず、五体も失わず、大きな怪我もなかったことが奇跡だ。

 大きな怪我がないだけで小さな怪我はたくさんあるのだが。


 正直、動きたくない。

 動きたくないが、いつまでも一か所にいるとスリロスに見つかって鬼を交代させられてしまうだろう。

 あの最強は、ぼくのような一般人を相手にはしないが、見ないわけではないのだから。こういう好機は逃さない。


 だから、痛む体に鞭打ってぼくは立ち上がる。


「ああ、痛い。くそ痛い。最悪だ」


 最悪。最悪だ。

 あんな相手にぼくの生殺与奪が握られているのが最悪だ。

 ともあれ、どこへ逃げるべきか。


 また校舎ごと投げられて無事で済む保証はない。校舎の外に出るべきだろうか。

 外に出たら出たでスリロスから逃げられる気がしない。あの最強を自負する半裸はきっと足も速いに違いないのだ。 

 そう決めかねていると、ぼくの手を引く者が現れた。


「お兄ちゃん、こっちだよ」


 リリス・夢咲だ。

 どうやらあの攪拌を無事に乗り切ったようである。

 どうやって、とか、いろいろ思うところはあれども、ひとまずついていくかと思う。

 相手は幼女である。

 いざとなれば力でなんとかできるだろうという楽観からだ。


 まったくもって愚かしい楽観主義だったよ。

 先ほどその楽観を打ち破られたというのに、まだやるのかと。

 まあ、それがぼくなのだから仕方ない。


 天地が逆転してしまっている校舎内を、リリス・夢咲の先導で進んでいく。

 どこをどう進んだのか最初の方は覚えようとしていたのだけれど、あまりにも校舎の構造が迷路じみていて曲がり角を二つ、階段を四つ上ったあたりでギブアップした。


「ここだよ、お兄ちゃん」

「ここ?」


 たどり着いたのは倉庫である。

 中には入ると後ろでカチャンと鍵がかけられた。


 はて、どうやってかけたのだろう。天地が逆転している倉庫の扉は当然、ぼくらから見て天井付近にあるわけで、ぼくはジャンプしてようやくノブに手が届くというくらいなのだ。


 リリス・夢咲は小柄で華奢でミニマムである。

 そんな彼女に鍵など閉められようもない。


 そんな疑問を感じるのだから、すぐにでも怪しいと思って振り返るなりいろいろと心の準備なりをすべきだったのだ。

 ぼくは相手が幼女にしか見えないからと完璧に完全に完膚なきまでに油断をしていたのである。

 いや、楽観か。


「おにーぃちゃーん」


 妙に甘ったるいリリス・夢咲の声色とともに、ぼくは天井――この場合は床――に押し倒されたのである。

 彼女の背から生えた四本のクモのような鋼鉄の脚に。

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