第3話

 魔王がいた。

 さて、勇者パーティーならぬ囚人パーティーなぼくらがやるべきことはなんでしょう。


「死ね、魔王!」


 もちろん魔王討伐である。

 魔王を倒さなければここから出られない以上、魔王に立ち向かうのがぼくらのやるべきこと。


 そういうわけで半裸が飛び出すと思っていたのだが――。


「あれ……?」


 戦えそうな半裸が飛び出すのを見るはずが、当のスリロスは飛び出すもなく魔王を見ているだけで、飛び出していたのはシスター・ソレラである。

 その手にはいつの間にか剣を持っている。

 鬼のような形相を浮かべ。


「悪は、殺す!」


 そう宣言する。正直に言えば、ドン引きレベルで怖い。

 普通こういう時飛び出すのはスリロスなのではないのかと思ったが、シスター・ソレラの方が血の気が多いらしい。


「ふむ、血の気が多いな」


 魔王はその一撃をこともなさげに受け止める。

 指一本で。振り下ろした剣――蛇腹剣だったが――は、まるで意味をなしていない。

 さすがは魔王と関心すらしてしまう。


 というかぼくたちはこんな化け物に挑もうとしていたのか。

 なんというか、あまりに身の程知らず過ぎて、自殺したくなってしまう。

 しないが。


「まあ、待て待て。少し話をしよう」

「懺悔ですか? 懺悔ですね? 懺悔懺悔懺悔!」

「こいつ怖いな、なんだこれ。本当に聖職者なのか? そこの半裸とキャラ間違えてないか? もしかして召喚の手違いで中身が入れ替わっているのか?」


 魔王は想像以上ではあったが、想定外というか埒外で、狂気はなく正気でフランクな感じであった。

 威厳と威圧と威光は魔王そのままであるために、脳が軽くバグりそうだ。


「我を倒す、殺す、まあどちらでもいいが。とにかく類することをしに来たわけだろう? 君らは」

「はあ、まあ、そうですね?」

「そうです! 神の威光の前にひれ伏してください!」


 誰も答える人がいなかったので、ぼくが代わりに答えることになってしまった。


「だが、正直に言おう。不可能だ。貴様らに我は殺せんし。我を殺せる勇者がいたとしてこの監獄には入れない」

「いいえ、殺します! 神が殺せと言っているのですから!」


 ふわふわはどこへ行ったのか。

 いまや尖ったダイヤモンドなシスター・ソレラが血気盛んに荒れ狂っているところであるが、何をしても無駄なのは変わらない。


「なー、こいつ誰か止めてくれよ。我が話せないだろ。なあ、そこの呪術師」


 日日無敵に魔王が求めるが、彼がそんなことに乗ってくるはずもない。


「いやですよ。あなた魔王なのでしょう? その力でどうにかしたらいいじゃないですか。むしろボクとしてはその力が見てみたい」

「それができれば苦労はないんだがな。まあ、良いか。仕方ない」


 魔王が何かやるのかとシスター・ソレラが身構える。

 次の瞬間、シスター・ソレラは地面と熱いベーゼを交わしていた。

 魔王はただ拳骨を握ってそれを凄まじい速度でシスター・ソレラに振り下ろしたのだ。

 というのは状況が告げる証拠のみの推論で、実際は何が起きたのか誰も見ることはできなかった。


「良し、静かになったな。誰か後でこいつに我が話したことを話せよ。我は二度、同じことは説明しない」


 魔王はそう言ってぼくらの前へやってきた、無防備に。

 あるいは防備する必要もないのかもしれない。

 力量差、なんてものぼくにはわからないけれど、生物的本能からして、目の前の生き物に勝てるわけないのだと断定できてしまうから。


「うぅうぅ」


 大野ヶ原こみみがぼくの袖を両手で掴む。

 震えているから怖いのかもしれない。ぼくとしても怖いのだが、こうして普通にしていられるのはほかに見ている人がいるおかげだ。

 そういう意味では、怖がってくれる人がいるというのはありがたい。


「改めて、わかりきっているだろうし、理解しきっているだろうし、悟りきっているだろうが、魔王だ。それじゃあ、さっそく本題と行こう。監獄はスケジュールに厳しい」


 魔王はそう言って指を二回鳴らした。

 仕切り直しの合図らしい。


「前提。まず君たちに我は殺せない。だが、それはフェアじゃないよな?」

「はあ、まあ、そうかもしれませんね」


 しかし、フェアにする意味が、意義が、意図が魔王にあるだろうか。

 それこそフェアではない気がする。

 魔王からしたら、この監獄に閉じ込められていること自体が公正ではないのだから。


 ただ、魔王がいうからにはフェアではないのだろう。

 少なくとも生物として種が違いすぎて何一つ敵う気がしないのだから、ハンデをくれるのならもらいたい。


「そこでだ、我はこれから君らのうちの一人を殺すことにする。それも気が付かれないうちに、誰にも知られないように、殺して入れ替わる」


 殺す。

 簡単に言ってくれる。

 もちろんぼくを殺すことは簡単だろう。大野ヶ原こみみを殺すこともきっとそうだ。

 リリス・夢咲だって小指でKOかもしれない。


 魔王にとっては、名前からして強そうな日日無敵だろうが、シスター・ソレラだろうが、スリロスだろうが、ぼくらと変わらないということだった。


「完璧に、完全に、一部の隙もなく入れ替わる。そうやって入れ替わった我を見つけるゲームだ。最後の一人になる前に見つけることができたのなら、我はそいつに殺されてやろう。もちろん入れ替わっている間は、入れ替わっている奴と同じ能力になってやる。当てられたらすぐにでも殺せる。な、簡単でフェアなゲームだろう?」


 犯人当てや、人狼ゲームのようなものだと、魔王はパンパンと手を二回叩きながら言った。

 確かにやることはそうかもしれない。


「でもなんで?」

「ここに閉じ込められて我は長い。退屈を、退屈に、退屈が、退屈で殺されそうなのだ。それこそ神も望む通りなのかもしれにないが、それじゃあ我は面白くない。送られてくる囚人どもと戦うにも飽きた。飽き飽きだ。だから、ゲームをしよう、囚人」


 公正で公平なゲームをするのだと魔王は言った。


「…………」

「どうしたどうした? 不満なのか? フェアなルールだろう? 殺せない我を殺せるチャンスを与えてるし、ただ我を見つければいいだけだ。大丈夫大丈夫、簡単簡単」

「最初に、殺される方はフェアじゃない気もするけどね」

「そこは仕方ない。ほらほら、人狼ゲームだって必ず最初に一人は死ぬのだから、仕方ない。ゲームにするためのやむにやまれぬ犠牲というものさ」


 自分でなければいいな。ぼく以外の誰ともいまだに接点は薄いから、誰が死んだところでぼくは気にしないけれど、ぼくが死ぬのは嫌だ。

 自殺したぼくが言うことでもないけれど、自殺は自分の意志で自由意志で、行われた殺害なのだから許容できる。

 でも他人の殺意で、他人の意志で、他人に殺されるだなんてぼくは許容できない。

 ふざけるな、だ。


「殺すのはダイスを振って決める。運否天賦だ。祈っておけ」


 このゲームに乗る意味はあるのだろうか。


「まあ、乗るしかねえんだろうなぁ」


 スリロスがそう呟く。


「スリロスでも勝てない?」

「いいや? オレ様は最強だぜ? 勝てる勝てないじゃなく、勝つ。それが普通だ。それがオレ様だ」


 何が普通かはさておき、魔王を見てもなおそれが言えるのはすごいと思う。


「じゃあ、さっそく戦ってほしいんだけど。それで勝てばこんなゲームしないで良いわけだし」

「そりゃあだめだな。だってありゃ、偽もんだ。偽物喰ったところで、オレ様が強くなれるわけねえからな、手ェ出すわけねえだろ、あぶねえし」

「は?」


 偽物? アレが? あのどう見てもどこから見ても、どんな風に見ても魔王にしか見えない、思えないアレが?


「おや、バレたか」


 魔王はぺろりと舌を出た。


「そうだ、これは虚像でね。実はすでに君たちのうちの誰かと入れ替わっている。君たちが目覚めた時から、ゲームは始まっていたのさ」


 なんということだ。

 つまりすでにもう魔王はぼくらの中に入り込んでいるということか。

 というか、それならこの演出いらなかったのではと思ってしまう。

 言わなければ自分の勝率が上がっていたのではないか。


 そんな僕の思いはたやすく見透かされたようで、虚像の魔王がククと二回喉を鳴らして笑う。


「それはフェアじゃないだろう? そういうわけだ諸君、さあゲームを始めよう」


 魔王の虚像が消え失せる。

 確かに偽物だったらしい。

 そして、ぼくらが残された。


「えっとえっと……どうしましょうどうしましょう」


 大野ヶ原こみみが混乱したように言う。

 確かに、どうしたものだろう。

 ぼくら六人の中に魔王が一人紛れ込んでいる。


 この状況は非常にヤバイのではないかと思う。

 思うけれど、特に何かすべきとは思わなかった。


「いや、何もしないでいいんじゃないかな?」

「えっ、えっ?」

「いや、考えてみなよ大野ヶ原さん。魔王はぼくらの中に紛れているんだよ?」


 まぎれている、紛れ込んでいる、溶け込んでいる。

 見つける方法はわからないし、そもそもぼくらは出会ったばかりで本人と魔王の違いなんて判別できるはずもない。


「だから、何もしない方がいいんだよ」

「でもでも、それで魔王が誰かを殺していったら……」

「それはないと思うんだよね」


 魔王はぼくらに紛れ込んでいるから。

 ここから一人減っていけば魔王の確率は五分の一。もう一人減れば四分の一。


「魔王を当てられる可能性が高くなるでしょ」

「そっ、そう、ですか……?」


 大野ヶ原こみみは不安そうに二回、首を傾げた。


 これは人狼ゲームではない。

 魔王当てゲームなのだ。

 いや、そうかは知らないけれども、少なくとも魔王は自分を見つけろとしか言っていない。

 だから殺しまわらないんないかなって。


 うん、まあ、楽観だ。

 でも、少なくともぼくらが何もしなければ、向こうも何もしないのではないかと思ったわけだけれど、楽観したわけだけれども。

 ぼくはそう思ったわけだけれど、まさしく楽観しすぎたと言わざるを得ない。


「よし、んじゃあ全員、ここで死んでくれ」

「うふふふ、神の名のもとに皆様、死んでくださいませ」

「ボクはこんなところで死ねないんだ。だから、死ね」

「は?」


 何せスリロスと、いつの間にか目覚めたシスター・ソレラ、日日無敵が、自分以外を殺そうと構えだしたから。





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