第2話

 前提。

 ある時、魔王が生まれ、世界を一つ滅ぼした。


 前提。

 この世界には九つの世界がある。

 ひとつは神々が住む世界。ひとつは死者が向かう地獄。

 魔王が滅ぼした一つと、ぼくを含めたこの名もなき監獄に集められた六人が住む世界。

 合計九つの世界が存在している。


 前提。

 魔王は、そんな世界をすべて滅ぼす存在であるのだという。

 最強にして最上にして最悪。

 世界の破滅。大絶滅の具現。厄災。

 最も美しき二本角の魔人。


 他の追随を許さず、圧倒する魔王を封じるべく、神々は行動を起こした。


 汝は罪在りき、罪人は監獄へアマルティア・エクソリア・フィラキ・エルガストゥルム

 何やら長ったらしい、そんな名前があるらしき世界法則を作り上げたのだ。

 それによって魔王城は監獄へと早変わりし、魔王は罪人としてこの監獄にただ一人収監されることになった。


 だが、このまま収監し続けたとして魔王が神々の封印を破り出てこないとは限らない。

 殺すべきだと神々の中の一柱が言ったらしい。

 そうして、九つの世界からそれぞれ勇者を選出し、討伐するべく監獄へと送り込もうとした。


 それがぼくら六人であるらしい、ということを部屋から出たら理解していた。

 そんな機能でもあったのかもしれない。

 

 しかし、ぼくが勇者? 想像はしていたが、なんとも違和感しかわかない。

 ぼくはどこをどう見ても一般人。勇者と言えそうなのは半裸のスリロスくらいであろう。

 かろうじて聖女枠で、シスター・ソレラが入るかもしれないが。

 日日無敵はわからない。

 大野ヶ原は役に立つとは思えず、リリス・夢咲とかいう幼女の外見をした幼女は、まさしく幼女としか思えない。


 こんなパーティーで魔王を討伐しろというのはいかがなものだろうか。

 それにぼくらは勇者パーティーではなく、囚人パーティーである。

 偏りすぎもたいがいにしろと言いたいが、本気で魔王を討伐する気があるのだろうか。


 何かしらがあるのではないかとしか思えないわけで。

 そもそもそういう展開にするならば、もっと説明するだろう。


 などと思っている間に、ぼくは、ぼくと大野ヶ原こみみとリリス・夢咲は通路を抜けていた。

 時間にして十秒足らずであるはずだが、長い時間が経っていたようにも思える。


 通路を抜けた先も、部屋だ。五角形の部屋。扉が五つ。


「エントランスかな……」


 そう思ったのは、扉にはプレートが付いていたからだ。

 ぼくらが入ってきた面を底にして右側天井から順繰りに監房棟、広場、入ってきたところ、刑務作業場、共用棟。

 そんなプレートがある部屋はエントランスといっても差し支えないだろう。

 もちろん出口はない。

 出口があれば即出ていきたかったというのに、魔王を倒さなければ出られないというのは本当なのか。


「魔王ってのはどこにいんだ?」


 絶望するぼくにスリロスが聞く。

 なぜぼくに聞くのか疑問であったが、ぼくが知るわけないだろう。

 答えられそうなのはやはり訳知りで物知り顔なシスター。ソレラだ。


「シスター・ソレラに聞いてみたらいいんじゃないかな?」

「どうなんだシスター」

「監房にいるんじゃないかしらぁ?」

「よっしゃ、行ってみようぜ!」


 リーダー不在であるし、どこで何をしろともいわれていないぼくらはひとまず、スリロスが進む方へ一緒についていくことにした。

 主体性? こんな状況で主体性を発揮できるのは、率先して半裸になっている男くらいであろう。


 シスター・ソレラはにこにこしたままであるし、日日無敵はあちこち見て回ってこちらと行動を合わせる気がまるでない。

 それでもついてきているのは不測の事態を想定しているのか、あるいは偶然か。


 大野ヶ原こみみはといえば、ぼくと同じく彼らについていく気。

 リリス・夢咲はこんな状況だが、楽し気に後ろをついてくる。ときどきクスクスという笑いが聞こえるから楽しいのだろう。

 この状況で笑えるとはとんだ大物だ。いや、状況を理解してないのかもしれない。どちらでもいいか、幼女だし。


 そういうわけで、ぼくらは監房の扉を開ける。

 通路があって、そこを抜ければ監房棟だ。

 窓のない広々とした通路を抜ける。


 監房棟は、文字通り監房が連なる場所だった。連なるといっても八つだけ。

 どうやらぼくらが過ごす場所もここであるようで、ご丁寧にネームプレートが備え付けられていた。


 監房のネームプレートの一つには魔王と書かれている。ただしそこに魔王の姿はない。

 一応の生活感のようなものはあるが、専門家ではないぼくにはそれだけでは魔王がどのような人物なのか推し量ることはできそうになかった。

 そもそもぼくはそんなことを気にしている余裕などなかったのだ。


「うーん、こんなところで寝泊まりはしたくない」


 監房は左右の壁に連なるようにあり、前左右の相手から向かい側の房の中が見えてしまうのだ。

 イメージされるようなじめじめとして虫が多いとかそういうわけではない。

 むしろ監房というには、過ごしやすいのではないだろうかと錯覚するような環境である。


 ただぼくにとって、自由を何より愛するぼくにとって、非常にごめん被る環境だっただけだ。

 ぼくにとってプライバシーがない環境は耐え難い。愛ラブ壁。誰の目も届かない空間が欲しい。


 かといって、窓がないのも減点だ。

 狭苦しいところは好きでも窓くらいはあってほしかった。

 外が見れるだけでも変わるだろうに。いや、外を見てここがどういう場所なのか知りたかったのもあるが。


「わーんわーん、こんなところで寝泊まりしたくない!」


 大野ヶ原こみみが自分の監房を見て泣き言を言っている。


「同感だね」

「だよねだよね! よかったよかった、同じように思ってくれる人がいて!」


 同意しただけなのに、両手を握ってぶんぶんと二回振ってきた。

 距離をとってほしい。


「おやおや、いけませんよ」


 そんなぼくらのじゃれ合いを窘めたのはシスター・ソレラだった。


「これもまた神の試練です。神の試練から逃げる者は悪ですよ」


 悪といったシスター・ソレラの視線があまりにも恐ろしかった。

 まるで悪ならば殺して良いとでも思っているかのようだった。

 ふわふわわたあめが、急にダイヤモンドにでも変わったかのような感じだった。


「シスター・ソレラの前で神に関わることを言うのはやめよう」

「うんうん!」


 ぼくの言葉に大野ヶ原こみみは強く二回うなずいていた。


「いねえな!」


 そんな感じに一通りを見て回ったが、スリロスの言う通り、魔王のまの字も見えなかった。もっとも見て回るも何も監房は八つしかないのだ。見て回るも何もない。


「本当に魔王はいるのかな」


 ぼくとしては魔王の実在の方を疑いつつあった。

 経緯が経緯だけに、ぼくが超常的かつラノベ的かつファンタジー的なあれやこれやに巻き込まれていることに違いはないが、それにしたって限度というものがある。


 何せぼくはいまだに異世界という証拠を見ていないわけだし。

 いや、証拠といえば、飛び降り自殺をかました瞬間に、この監獄にいたということだけで十分なのかもしれないが。

 ともあれ、ここに魔王がいないならば別の場所を探すことになる。


「次だ次」


 スリロスについていけば、次は広場である。

 中庭みたく外かと思ったがそんなに甘くはなかった。

 広大な空間ではあるが、やはり屋内だった。ここも一面が壁。殺風景この上ないとはこのことだ。


 ただし、そのことに絶望したのは一瞬だけだった。


 そこに魔王がいた。


「――――」


 誰もが絶句した。

 誰もが理解した。

 誰もが放棄した。

 言語、状況、思考を。


 そこに魔王がいた。

 ただ一言、この事実のみが存在する。


 だが、その事実を飲み込むのに、時間がかかった。

 あるいは永遠に理解できないのではないかとすら錯覚した。


 そこにいたのは魔王だ。

 魔王だとわかる。

 理解させられる、圧倒させられる、自覚させられる。


 魔王だ。

 魔王でしかない。

 魔王としか思えない。


 自分たちと同じオレンジ色の囚人服を身にまとっていたとしても、そんなものでは魔王という存在を包むには不足であったようだ。


 そこにいたのはただ筆舌に尽くしがたいほどに美しい生物だった。

 二足歩行、頭頂に二本角。胴短足長。プロポーションはとにかく究極だとかそういわざるを得ない。

 人と同じ姿をしていながら、ただただそれを見た瞬間に幸福だと感じてしまうほどの美だ。


 それはもう最悪だと思った。

 それはもう最高だと思った。

 それはもう最強だと思った。


 そう思ったのはぼくら全員だった。

 そんなぼくら全員の前に美しく恐ろしい魔王が、佇んでいた。


「ああ、ようやく来たの」


 鈴を転がしたかのような、されどその芯に鋼でも仕込んであるかのような、よく通る億劫そうな魔王の声がぼくらにかけられた。

 それで初めて、ぼくらはようやくそれが魔王であるという事実を飲み込めた。

 いや、飲み込ませてもらった。


 ああ、これが魔王だ。

 これこそが魔王だ。

 ぼくらが倒さなければならないものだと理解した。


 きっと誰も彼もが死ぬに違いないのだと、ぼくはそう思った。

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