第18話 潔白のダイヤモンド

「陛下!恐れながら、申し上げます。エリザベス様が裏切りました。む、謀反です!」


興奮する密偵だが、

スペイン王フェリペ2世は反応せず

黙々と書類に目を通している


「続けよ」


「エリザベス様ですが、枢密院の者が邸宅ハットフィールド宮殿を家宅捜査したところ、」


「・・・」


「サー・キングストン議員からの手紙を押収致したのであります。」


「・・・」


「陛下、驚いた事に、その手紙には、

ロンドンを攻撃の上

恐れ多くも女王陛下を拉致する計画が!」


「・・・」


「そして、そ、その手紙の宛先が、、、エリザベス様なのです!」


その後も密偵は捲し立てていた。


「・・ハットフィールド宮殿の使用人バーニー以下3名をひっ捕らえ、白状し・・。」


フェリペ2世がこの報告を受けたのは

1556年6月初旬のブリュッセルでの事


父カール5世からスペイン王を譲り受ける為、

英国を離れてから一年近く経過した頃だ。


一連の報告を聞き終えると、フェリペ2世は目を閉じ密偵に聞こえぬよう呟く。


「謀反か・・」


・・だから、妻には言い含めたのだ。俺が戻るまでは騒ぐなと・・


密偵は、ここで咳払いをし、

ゆっくりと話した


「陛下!エリザベス様は完全に“クロ”でございます。しかし、メアリー女王陛下からは、

陛下の承認を得てからエリザベス様を逮捕せよと、女王陛下から仰せつかっております!」


「・・・」


「陛下、どうか、逮捕のご命令を!」

・・


さて、同じ頃英国では、


メアリー女王は異端裁判所を復活させ、

片っ端からプロテスタントを処刑していた。


民衆は泣き叫び、逃れた者は復讐を誓う。

打倒メアリーの炎が英国中に燃広がり、

その炎の中心には女王の妹エリザベスがいた。


フェリペが英国を去って2ヶ月後の

1555年10月


エリザベスは女王の側に仕えていたが、


・・ロンドン(女王の近く)は危うい・・


エリザベスは、ロンドンを出ると

居城ハットフィールド宮に戻り、

反乱勢力と接触し始める。


・・女王を止めねば!私がやるのだ・・


その同志の1人がサー・キングストン議員。

女王提出の2法案に反対した議員の筆頭株だ。


エリザベスは、議員に指示する


ロンドンには大国のスペイン軍が常駐する。

故に、、、


「慎重に行動せよ。

2年前のワイアットと違いスペインが相手だ。

時期を待て。チャンスは必ず来る」


しかし、こうしてる間にも、

友人が、家族が、親が、幼い子供までも、

悪魔と罵られ、多くの生命が失われているのだ。


・・猶予は許されない・・


キングストン議員は待てなかった。


そして

エリザベスを無視し、

フランスの英国大使

アントワーヌ・ド・ノエイユに相談。


これが浅はかであった。


1556年4月 ノエイユ大使は

議員に色良い返事をすると

すぐさまフランス本国に報告する。


フランスの最高権力者は、

この時代を代表する傑物、

フランス王妃カトリーヌ・ド・メディシス。


この数年後、

英国女王に即位したエリザベスと戦う運命にあるフランス王妃は


この時、双子を孕っていたが、意に介さず、精力的に仏外交を支えていた。


カトリーヌ王妃の返信は


「フランスの事情も複雑なのだよ、ムッシュ ノエイユよ・・」


カトリーヌ王妃は

単純に敵国だからスペインを攻撃

とは考えていない。


・・去年秋、ローマ教皇パウロ4世から同盟要請を受けだが、このジジイは信用ならぬ


“フランスヴァロアの王よ!

ハプスブルグ家をイタリアから追放せよ!

さすれば神の御名において、

ミラノとナポリを、ヴァロワの息子に進ぜよう”


って、何が“神の御名”だ、罰当たりが!・・


・・それに戦争しようにも金庫は空っぽだし、

教皇は78歳だ。この狸ジジイ、いつ昇天するか分かったものではない・・


カトリーヌは、教皇を無視し

スペインとの和平を取った。

1556年2月ヴォーセルの条約である


その2ヶ月後にサー・キングストン議員がフランスに応援要請。


間抜けとしか言いようがない。


カトリーヌはすぐに

フェリペ2世に事の次第をリークした。


なので、フェリペは密偵の報告前には、既に全てお見通しであったのだ。

・・


そしてフェリペ2世は、このフランス王宮からの情報を、エリザベスだけに伝える。


「ベス(エリザベスの事)よ、女王の追っ手が来る。しらを切り通せ。良いな」


エリザベスはフェリペの手紙を一読後、暖炉に放り投げた。


程なくして、枢密院の者が到着する。

フェリペ2世の言葉通りだ。


議員からの反逆計画の手紙は押収され、使用人も逮捕されたが、

エリザベスはフェリペ2世を信じ、舐め切った嘘でしらを切り通しきった。

・・


さてロンドンのメアリー女王は、

夫フェリペ2世から何も聞かされ無かった


カトリーヌ仏王妃からの情報も

ましてや

エリザベスと通じている事も


しかし女王の捜査網に

フランス大使ノエイユの関与と、

サー・キングストン議員が引っかかる。


女王はノエイユ大使を呼び出したが、

既に英国を去っていた。


女王は舌打ちする。


・・これでフランスは完全に“クロ”だ。

王妃カトリーヌめ、抜け抜けと!・・


一方、王妃カトリーヌは、しれっと証拠を揉み消していた。


サー・キングストン議員は、何者かの招きで仏に亡命後、謎の死を遂げる。

・・


1556年6月

シーンは再びブリュッセルの宮殿に


密偵が再度確認する

「陛下、エリザベス逮捕のご命令を!」


フェリペは答えた。


「おい、貴様、何を勘違いしておる?

エリザベスは何に関与しているのだ?」


密偵は、少し驚く。


フェリペは立ち上がり大声を張り上げた。


「そちに命令する。良く聞くのだ!

要件は3つ!


①エリザベスへの調査は即刻中止せよ

②エリザベスは濡れ衣だと発表せよ

そして

③メアリー女王は、全てお見通しであり、親愛なる妹の言われ無い災難を憐れんでいたと発表するのだ」


③の命令は、メアリーを傷つけないフェリペの配慮であったが、それはポイントではない。


フェリペ2世は、

プロテスタントの長エリザベスを

何の躊躇もなく守った。


宗教ではなく、国益を取った事が

驚きであった。


だからと言って

フェリペ2世にエリザベスへの愛はない


英国を乗っ取る為、

スペインの子を戴く為、

エリザベスの若いお腹が具合が良いだけ・・

・・


1556年6月下旬

ロンドンホワイトホール宮殿


女王は、夫の返事を受け取った。


・・エリザベスを庇ったんだ・・


女王は地面に伏し泣き叫びたかった。


・・何やってんだ、もう大勢殺しちゃったヨ、フェリペ・・


・・もうエリザベスしかないの?あなた・・


女王は、分かっている。

自分には子供を産めない事・・

だから若いエリザベスが必要な事・・

それは決してフェリペが心変わりし、エリザベスを愛しているからではない事、・・


女王はふとお気に入りの宝石を取り出した。

その名は“潔白のダイヤモンド”


ダイヤモンドの中でもひときわ透明度が高く、

くっきり遠くまで見通せる特別な一品。

この潔白のダイヤモンドを手のひらに乗せ

女王は誰にも聞こえぬよう呟いた


「エリザベス、あなた、裏切って無いわよね」


謀反に対して?

それとも

夫との・・?


女王は、エリザベスに

潔白のダイヤモンドを贈ることにした。

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