第16話 Good Nightも解せぬ者へ

1555年4月下旬


エリザベスは女王の呼び出しを受け、

急いでロンドンに到着したのに、

それから3週間も待ちぼうけを食っていた。


その間、ハンプトン宮殿に軟禁された挙句、


もう2年も前になるワイアットの乱の件を

失礼極まりない乱暴な口調で

蒸し返される。


「全てお見通しなのです!エリザベス様。あなたが反乱の首謀者ですね!」


まるで被告人扱いだ


・・やはり突然のロンドン召喚は罠?・・


そうかもしれない。

しかし、エリザベスは希望を捨てていない。


・・私がまだ処刑されていないのは、きっと女王にまだ子供が産まれていないから・・


女王が子を産めねば次の王はエリザベスだ。


取調べが続いていると言う事は

子供が産まれてないという事、

そして

流産する可能性もあると言う事。


しかし4月30日

エリザベスの希望が崩れてしまう。


ロンドン中に鐘が鳴り響き、

祝いの曲”テ・デウム(Te Deum)“が

あちこちで演奏された。


ロンドン市民からは口々に


「メアリー女王様は、出産されたそうだ!

英国の世継ぎだ!万歳!」


と祝福の言葉、

そしてそれはエリザベスへの死刑宣告。

・・


数日後

夜遅くエリザベスが就寝中に激しいノックが。


「エリザベス様、謹んで申し上げます。

私は女王の護衛を仰せつかってる者です。

女王の命令です、至急部屋を出て下さい」


・・ついに来たか・・


死を覚悟したエリザベスは

項垂れ、護衛兵に素直に従う。


エリザベスは尋ねた

「どこへ連れて行くのだ」


「女王がお呼びなのです。エリザベス様」


エリザベスは驚く。


・・ロンドン塔ではないのか?

まさか、女王と面会できるのか?・・


しかも護衛兵は酷いスペイン訛り


間違いなく

女王の夫フェリペ子飼いのスペイン兵だ。


なのに意外にもこのスペイン兵は

エリザベスに敬意を表している。


・・何故だ?・・


エリザベスは

プロテスタントの英国の長である。


カトリックを盲信するこのスペイン兵に

容赦なくこの場で乱暴されても仕方ないのに。

・・


エリザベスは護衛兵に従い寝室を出た。


向かったのはホワイトホール宮殿

そして正門からでは無く、裏門から入り、

秘密の地下通路を案内された。


真っ暗な通路途上、エリザベスは殺される覚悟で歩みを進める。


10分ほど歩いたであろうか?

何事も無く女王の部屋に到着。


・・ここで殺されるのか?・・


護衛兵がドアを開ける、

部屋の中は気味悪いほど薄暗い。

その奥にぼんやり照らし出されたメアリー女王を見つけ、エリザベスは少し安心する。


「我が妹よ、そこに座りなさい。」


「女王陛下、お久しぶりです」


エリザベスは冷静さを取り戻し、

女王をまじまじと見る。


・・あれ?・・


エリザベスは違和感を感じた。


・・女王はどこか余所余所しい・・


エリザベスは、敢えて明るい口調で

気になる事を切り出し、沈黙を破る。


「女王陛下!おめでとうございます。

ロンドン中で、鐘の音が・・」


すると、女王はエリザベスの言葉を遮った


「誤魔化すでない、エリザベスよ! 

そちは、不当な扱いに憤ってるのであろう! 

正直に申せ!姉妹の中であろうが!」


女王の攻撃するこの言葉に覇気がない。

まるで棒読みの台詞だ。何故だ?


「女王陛下、

私にとって陛下は子供の頃から尊敬する

姉君様でございます。

誓って申し上げます。

私はずっと陛下の忠実なる僕でございます。」


「上辺など聞きとうない!

なあ、何故、白状せぬのかエリザベスよ?

ワイアットに命じたのはそなたであろうが!」


その時、女王の背後で何かが動いた・・!


エリザベスはギョッとした。

間違いなく男が居る。


・・部屋には女王一人ではないのか?・・


エリザベスは女王を見たが、女王は動じない。


・・誰だ?誰が居るのだ?

そうか、あの抜け目ないスペインのスパイ、

シモン・ルナール大使なのか?・・


女王が口を開いた


「エリザベスよ。よおく聞きなさい。

私の可愛い妹よ」


女王は間を置く。

そして目配せをしたかのように見える。


「そなたが気づいた者は、英語を喋れず

"Good Night"すらも解せぬ男、

そして、生涯で私が初めて心から愛した男だ」


・・はっ、まさか!・・


エリザベスは驚いた。


・・スペイン王太子フェリペか!

しかし、夫ならば、

スペインの王太子ならば、

何故忍ぶように座ってるのか?・・


「何も口に出す事は許さぬぞ!エリザベス。

黙って聞きなさい!」


女王は声を荒げた。

エリザベスは姿勢を正す


女王が続けた

「愛する夫はな、エリザベスよ、、

朕は子供が出来てないんだと、、

もう産めないんだと、、

そう思い込んでいるんだ。」


女王は大きい自分のお腹をさすりだす


「だから夫は、

エリザベス、お前を呼び出せと、そして朕の後ろに居て見てると、

こう言いはるのだよ」


女王の声は震えている。泣いているようだ。

エリザベスは、予想外の告白に混乱している。


・・ちょっと待て。確かに、、

子供が産まれた筈なのに、

女王の腹は大きい。

まだ生まれていないのか?


しかし何の為に、フェリペがこの部屋に?・・


女王は続ける

「エリザベスよ、ここからが重要な点だ。

もし、私が子供が産まねばどうなる?

次の王は誰だ?」


エリザベスは、

思いもよらない質問に唖然とした。

自分、エリザベスでなければ誰だというのだ?


そして気付く。


・・そうか、そうなのか。

私が継承するとは限らないのか!

王位はフランスに!・・


メアリー女王は

エリザベスをじっと見つめている


エリザベスも見つめ返した。


2人の姉妹は互いに通じたと確信し、

声に出さず、その名を頭で叫んだ


“メアリー・スチュアート”


彼女は産まれながらのスコットランド女王で

13歳の少女


7年前の1548年にフランス王太子フランソワと婚約し、今はフランス宮廷に居る。


この婚約を決めたのは

後にエリザベスと戦う事になる

フランス王妃カトリーヌ・ド・メディシス。


カトリーヌ王妃は英国を狙い

着々と準備しているのだ


だから、もし万が一、

メアリー女王が子供がないまま死亡し、

エリザベスが廃嫡されれば、

この13歳のスコットランド少女が

英国王の有力候補となる。


エリザベスと比べてみよう、


メアリー・スチュアートは

前王ヘンリー8世の姉の孫であり

名門スチュアート家一門


方やエリザベスは

母は不義密通で処刑された卑しい侍女


圧倒的にメアリー・スチュアートが英国王冠に近く、このままでは英国はフランスに飲み込まれてしまうのだ。


だからフェリペは

若いエリザベスに眼を付ける。


そして今まさに妻の背中に隠れて、

エリザベスが産める身体か値踏みしているのだ。


英国をフランスに掻っ攫われる事なきよう、

スペインに英国を引き寄せるよう。


暗闇からこっそり

若いエリザベスの胸を尻を太腿を

舐めるように・・

・・


長い沈黙後、女王は続ける

「分かるな、エリザベスよ。

私は必ず子供を産む。

この意味を考えて行動せよ。慎重にな・・・・

さあ、要件は以上だ、この場を去れ!

我が愛する妹よ」


・・そうか、フェリペは、姉を見限ったのだ。もう子供を産めぬと!・・


エリザベスが立上り、部屋を出ようと、ドアに手をかけると、女王が近寄り、エリザベスの耳元で囁いた


「Good Night」


英語を解せぬ夫フェリペ。

優しい姉の想いを全て理解するエリザベス。


エリザベスはゆっくりとドアを開けた。

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