第14話 Verbum Dei(神のことば)

ロンドン塔に収監されたエリザベスは、


2ヶ月後には既に

ロンドン塔を去っていた


メアリー女王の命令で

ロンドン塔から100km程南西の

オックスフォードシャーにある

ウッドストック宮殿に移され幽閉、、、


幽閉?


とんでもない。

ここは王家所有の狩猟用カントリーハウス。

粗末な造りであったが、


庭園が

東京都JR山手線内側の4倍もの広さ!


なので監視の目を盗むのはいとも容易で、

エリザベスは自由に外部と連絡を取れていた。


この難しい監視役にメアリー女王が抜擢したのはヘンリー・ベティングフィールド卿。


このヘンリー卿は

1年前の1553年7月に、

メアリーが東の端フラミンガム城で窮地に陥っていた時、真っ先にロンドンから駆けつけた忠臣。


裏切る心配は本来無いのだが

愚直なだけが取り柄の男であり、

この困難な任務を遂行する知恵も工夫もなく


おまけに宮殿の維持費、生活費、

加えて

エリザベスに仕える侍従達の給金も、

全てエリザベスが負担。


財布を握られているヘンリー卿は

エリザベスに逆らえず、


メアリー女王には

エリザベスの指令のままに


「エリザベス様は、日曜日は必ず教会でカトリック式のミサをされて居ります。また、何度も紙とペンを所望されますが、私が断固拒否してます。監視は順調です」


と定期的に報告する


このように

このウッドストック宮はエリザベスの居城と

化し、エリザベスは逃亡どころか挙兵すらも可能であったが、


密偵から時を経ず入って来るロンドン情勢は日に日に緊迫度が高まって居り慎重にならざるを得ない。


スペイン王太子フェリペの英国上陸予定が

あと2ヶ月後と迫り、ロンドンには、スペイン兵、フランドル兵、ドイツ兵が続々と入城、


加えて王太子フェリペ自身も1万人近い兵を率いて上陸すると言うではないか!


これでは、エリザベスが挙兵してもメアリー女王の政府軍に勝利する事は難しく、

それどころか英国そのものがスペインに飲み込まれてしまうであろう。


「今は見るのだ・・」


エリザベスに迷いは無い。

手記にラテン語でこう記した

「Verbum Dei(神のことば)」


・・

一方でロンドンのメアリー女王も

追い込まれていた


「外国人と結婚せぬ」とロンドン市民に宣誓したにも関わらず、


実はワイアットが叫んだ通り

最初っからスペイン王太子フェリペと結婚予定であり、


なのにロンドン市民はメアリー女王の宣誓を信じてワイアットを捉え処刑してしまった


女王に騙されたと知ったロンドン市民は

プロテスタント教徒を中心に

オックスフォードシャーに居るエリザベスに続々と力を寄せている。


・・しかし・・


とメアリー女王は訝しむ


・・何故、エリザベスは動かぬ?・・


もし今エリザベスが動けば、

ロンドンは混乱に陥り、乗じて

スペインとハプスブルグ帝国軍が英国を攻め込むとも限らない


・・となると、もう結婚どころではないであろう・・


メアリーは付け焼き刃だが慌ただしく法律を制定していく。


女王が外国の男と結婚しても、

① 夫は妻の同意なくばあらゆる署名は不可能

② 夫には人事権は無く

③ 夫に同行して女王が外国に行く必要もない

等々、新郎フェリペの権限に制限をかけ


④2人の子供は英国だけではなくネーデルランドをも継承する

という条項を加えた


・・豊かなフランドルも含む

あのネーデルランド17州が我が国に?・・


これはロンドン市民への懐柔策。

スペインとの結婚は、こんな良い事があるぞとの大盤振る舞いだが


そんな紙切れの約束ではロンドン市民を納得するには足りない。


・・はあぁ、この結婚がロンドン市民から祝福される。そんな妙案はないものか・・


メアリーは就寝前、いつものようにフェリペの肖像画を眺め、うっとりしていた。


・・あゝ、良い男だ、背がすらっとして、

まるで、英国男のよう。

比べて私は、背が低く典型的なスペイン女・・


ここで、女王は気付いた


・・うん?プリンスは、英国男?そうか!・・

・・


あっという間に2ヵ月が過ぎ7月中旬。


王太子フェリペが予定通り、スペイン北西の港ラ・コルーニャ港を出航すると


メアリー女王は、新郎フェリペを出迎える為、ロンドンから南の街ウィンチェスターに向け出発


その道中でメアリー女王は仕掛けた


寸劇をしながら進むよう命令したのだ


テーマは英国歴史絵巻


ナショナリズムをくすぐるパフォーマンスに市民は拍手喝采し女王の行進に群がる。

まるでスペイン王太子との結婚をあたかも祝福してるようだ


女王の演出はそれだけでない

最後に役者は叫んだ


「偉大なる英国王の父ジョン・オブ・ゴーントの末裔は、海を越え、輝く偉業を成し遂げ、

今日ここに、200年の時を経て、我が英国に戻って来られる。

そして我が偉大なるメアリー女王を求めるのだ」


フェリペはスペイン人ではなく、

英国人だと、すり替えたのだ


そして役者は、最後の口上で

「こうして英国は神の祝福に約束される。」


と横断幕を開き、

「Verbum Dei(神のことば)」

と大きく掲げた

・・


1554年7月中旬

プリンスフェリペは船上の一室で

物思いにふけていた


この時代の船は

帆が掲げられているものの

数百名の漕ぎ手で推進する

2千年前の旧ローマ帝国時代から進化していない

ガレー船


フェリペは、数千人もの威勢の良い漕ぎ手に加えて、5千人の兵の大艦隊を率い英国を目指す。


これだけの規模の軍は決して大袈裟では無い。


“英国に巣食うプロテスタント共を根絶やし“

にする


確かにそれもあったが、

ロレーヌ地方でフランス軍に苦戦する父カール5世への援軍が必要だったのだ。


フェリペの気掛かりは、スペインに残した妹ファナ。ファナには摂政を任せたが、未だ18歳で統治能力は未知数・・


「さあ、メアリーとの子作りを済ませて、フランスを倒し、スペインに早く戻ろう」


フェリペ専用の船室の壁にこう彫られていた

「Verbum Dei(神のことば)」


しかし、

その文字にフェリペは気づいて居ない。

騒々しい漕ぎ手の掛け声にかき消されたように

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