第10話 風は何処に?

「愚か者!私を見て分からぬか!」


普段感情を表に出さないエリザベスが、思わず声を荒げる


1553年12月未明

将軍クロフツが突然エリザベスを訪ね

あろう事か無神経にこう尋ねたのだ


「エリザベス様、我らが守ります故、我がドニントン城に移って頂けますまいか?」


・・何を言っているのだこの男は?

反メアリー女王のクーデターだぞ!

計画は隠密でなくてはならぬのに、ましてや白昼堂々と・・


・・

そう、メアリー女王廃位のクーデター計画が

進められていた。


エリザベスの腹心

トマス・ワイアットが中心となり

フランス大使アントワンヌ・ド・ノエイユと共謀


計画はこうだ


ロンドン近郊の

西に2か所、東に2か所の計4か所で

反メアリー、

反カトリック、

反スペインの同志を集め

4カ所から進軍し同時にロンドンを攻撃


その西の大将がこのクロフツ


この戦闘で

大国スペインと戦争に発展するやも知れず

信頼は置けないがフランスを巻き込んだ


かくの如く極めてデリケートな計画であるにも関わらず


そのクロフツ大将自らが

体裁を重んじるばかりに

あろう事か不用意にエリザベスを

迎えに来てしまったのだ

しかも真昼間に

・・

エリザベスはとっさにクロフツに言い返す


「私は、身体を動かす事ができぬほどの痛みを腹に抱えて居る。分かるか?」


腹は痛くない。


周囲に誰が聞いているか分からぬから

適当な理由を取り繕ったのだ


しかしエリザベスは怒りのあまり

腹痛の演技もする気はない。

要は、“クロフツ出ていけ!”という事だ


・・ああ、これで、クーデターは失敗だ・・


半月前に遡る。

1553年11月末

エリザベスはフランスのノエイユ大使から

計画を知らされるとすぐに

ロンドンから抜け出し

ハットフィールド宮に移る


12月中旬

ワイアットの計画は順調に進み

想定以上のスピードで

4か所全てに兵は充分集まった


そしてフランスも

ノルマンディーに軍艦を集結


ここまで僅か2週間で達成した


そこでエリザベスは声を振るわせた

「メアリー女王はまだ気付いていない。今のうちに間髪入れず叩くのだ」と


しかし

「スペイン特使が到着する年明けの1月まで待つ」とワイアットは譲らない


「エリザベス様、我らにはフランスもついています。」


・・フランスが信頼できないからこそ時期を逃してはいけないのだが・・


エリザベスが反論を発しようとしたが

ワイアットは制して言葉を続ける


「スペイン特使を血祭りに上げ、メアリー女王を捕縛するのです。

エリザベス様、いいですか、

この国からカトリックもスペインの血も根絶やしにするには、1月まで待つべきです」


この計画は

エリザベスが首謀者ではない。

この計画が失敗するリスクも考慮し、

エリザベスは深入りはやめて

ワイアットを中心とした

だからエリザベスは引き下がったのだ。


しかしエリザベスは納得していない

クロフツの言動で不安が増す

・・やはり今日にでも挙兵すべきなのだ、なのに・・


人数が大勢が関わると情報保持は難しい。


クロフツのように不注意な輩も多いだろう。


ところが数日後、思わぬ知らせが来た

トマス・ワイアットからの手紙だ


「ここロンドン南東のケント州では兵が続々集まってます。反カトリック、反メアリーの民の声が益々大きくなって居ります」


トマス・ワイアットは、メアリー女王軍と正々堂々と戦えば勝てると確信する。


一方で、エリザベスの予想通り

クロフツの軽率な行動から、

スペイン大使シモン・ルナールは

クーデター計画を嗅ぎつけた。


ロンドンのホワイトホール宮殿で

ルナール大使は

余裕綽々とメアリー女王に報告する

「メアリー陛下、反乱が計画されて居るようですが、ご安心下さい。陛下の御婚儀はつつが無く進めます」


その言葉通り

ルナール大使は

1月20日までにクロフツ始めクーデターメンバーを続々と逮捕し、ロンドン塔で即斬首に処した


クーデターメンバーは壊滅した

残るは首謀者トマス・ワイアットのみ


ルナールはワザとワイアットを残した

ワイアット軍は大きく結束力も固く侮れないと

判断したからだ


フランス大使ノエイユは

クーデターは失敗と諦め

知らぬ存ぜぬを決め込んでいる


ここもやはりエリザベスの読み通り

フランスは当てにならぬのだ


ルナール大使は

実はノエイユ大使の手紙をも押収

文面にはエリザベスの関与を仄めかす内容も


ルナールは呟く

・・動かぬ証拠ってやつだ・・


しかしルナールは敢えてノエイユを泳がす。


・・フランスを怒らせれば、スペイン王子の婚儀日程に支障をきたすだろう

それこそフランスの思う壷だ・・


なのでルナール大使は追求の矛先を

エリザベスに向けた


メアリー女王署名の1月22日付召喚状

エリザベスにホワイトホール宮殿ヘ出頭命令が下る。しかし、エリザベスは病気を理由に動かない。


エリザベスが時間稼ぎをしてる間に


ルナール大使は1月28日に

遂に首謀者トマス・ワイアットの討伐を開始する


・・最後の仕上げだ。これで反乱分子は一網打尽、チェックメイト・・


しかし、ルナール大使は最後の詰めを誤った。

反乱軍は西が既に瓦解した故に、東のワイアット軍も混乱していると読んだのだ


なのでルナールは傭兵代をけちって

派遣した討伐兵は僅か800名のみとした


ルナールはほくそ笑む

・・これで残りはプロテスタントの長エリザベスのみ・・


しかし、とんでもない事が起こった


この800名全員が、

トマス・ワイアットに寝返ったのだ


ワイアットの言う通りだった。

追風は反カトリック、

反スペインに、

そして

トマス・ワイアットに吹いている。

正々堂々とメアリー女王に

勝負すれば勝てるのだ。


ワイアットは

1万人近くに膨れ上がった兵士の前で

声を上げた

「エリザベス様を女王に!

スペインを追いだすのだ!

カトリックに死を!」


「Ohhhhhhh!」

兵士達の雄叫びはロンドン市内にも響く


ワイアット軍はもうロンドン目前だ


ロンドン市民は動揺する

「メアリー女王か?ワイアットか?」


事態は風雲急を告げていた


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