第9話 急げ!

ここのところ毎晩

イケメンの肖像画を眺めては

何度も溜息をついている。


メアリーよ、どうしたのか?


優れた決断力で

大勢の荒くれ者どもの前に

敢然と1人で立ち向かい

堂々と正統性を訴え

道を切り拓いた

女王らしからぬではないか?


メアリー女王は

十字を切り、

ロザリオを握りしめ頬を濡らす・・

「私はもう37。彼の子を産めるのか?」


メアリー女王は過去を振り返る。


17歳の時

結婚話しが全てぽしゃってしまった。

転落の人生の始まりだ


「男とは言わん!せめて役にたつ女を産めぬのか!この役立たずめ!」


母キャサリンを怒鳴り散らす父ヘンリー8世の怒声が隣から聞こえてくる


「あの時は、悔しくて泣いたものだわ」


娘に絶望した父は、

しばらく姿を見せなくなる


すると、しばらくして

父は若い侍従アン・プーリンと浮気

いや、まさかの結婚と聞かされる


「母は大国スペイン王家の公女だぞ?

それが再婚相手に単なる侍従を

何故父は選んだのか・・」


・・何たる屈辱!・・


「私は神の怒りに触れたのだろうか?」


それから母と娘メアリーは庶子に落とされる


それだけではない


父ヘンリー8世は

メアリーに

新妻アンの娘エリザベスの

侍従として仕えよと命令したのだ


・・主よ、どこまで私に試練を・・


「あの時は自分を恨んだものだ。

何故私は男でないのか?何故結婚できなかったのか?と」


こうしてメアリーの青春は終わった


あれから20年

時代は移ろい

今や自分は英国王で

母の実家のスペイン王太子との

結婚が実現するのだ


しかも

「肖像画の王太子フェリペは中々に美男子ではないか」


フェリペは当時26歳で、

他に子供を作った実績もある。


しかし、

「世継ぎを産むには私はもう若くはない」


メアリーは十字を切り、

心を込めロザリオを握りしめた


・・急がねば・・


神聖ローマ皇帝カール5世は

苦痛に顔を歪めていた。

痛風が原因だけではない

度重なる敗戦に精神的に参っていたのだ


ザクセン選帝侯モーリッツに裏切られ

北ドイツ諸侯に異端(ルター派)信仰を

許してしまった


これでローマカトリック教会の

莫大な収入源が喪失。


更に

フランスの大元帥ギーズ公フランソワに

メッツで大敗し、

祖父マキシミリアンが獲得したブルゴーニュの多くの所領が

フランスに獲られてしまう


その上、

「何! 裏切りモーリッツと

仏王アンリ2世が同盟だと!

では、この帝国は東西で挟まれたのか」


カール皇帝は窮地に陥っていたのだ


このタイミングで

英国に放ったスパイ、シモン・ルナールから

息子フェリペと英国女王の結婚の

話がきたのだ


これはまさかの形勢逆転のチャンス!


「縁談を進めていたポルトガル王女マリアは

あいつ(息子フェリペ)の従妹。


この近親婚で呪われた子が生まれるやも知れぬ

マリアとの縁談は断ろう」」


皇帝はニヤリとした


「英国女王との結婚!

良いではないか!英国と連携、

いや、英国を乗っ取り、

今度こそ仏を叩きのめしてやる」


皇帝カール5世は

英国女王と我が息子との結婚を

この目で見ておかねばと切に願う。


瞬間、痛風で腫れ上がった右足が叫んだ

「くっそ、痛っぇ!」


何しろカール皇帝はもう53歳だ

もう時間がないのだ


・・急がねば・・


1553年11月某日

エリザベスの元に、

フランス大使アントワンヌ・ド・ノエイユが

内密に参上する。


この男は頭が切れるが

狡猾で決して信用は置けない


そんな男がズカズカと

エリザベスの執務室に入り

脈絡も無くいきなり切り出した


「エリザベス様、

事は慎重に運ぶ必要があるんです」


「突然、何の事じゃ?意味が分からんが」


「分かる必要はないのです。

私めが勝手に話すのですから」


このフランス人は

帽子の跡がついた髪を何度も後ろに掻き上げながら、エリザベスと目を合わせぬまま話し続ける。


エリザベスは嫌悪感を覚えながらも

表情に出ぬよう留意し聴く事にした


「もう既にご存知かと思われますが、

メアリー女王とスペイン王太子フェリペが結婚する模様です」


「もう存じて居るぞ、姉上メアリー王の縁談。

めでたいではないか」


ノエイユ大使は気色張る。

この男は同じ大使でもスペイン大使シモン・ルナールと違い顔に表れるタイプだ


「そのまま、話を聞いて下さい。

エリザベス様は何も知らない。何も関わってはならないのです。」


「・・・」


「よおく聞いて下さい。既に我がフランス王アンリ2世陛下はご存知です」


「な、アンリ2世陛下とな!」


(仏王アンリ2世は、

実は彼はこの数年後若くして死ぬ。


そして、フランスに巨星が現れるのだ。

その名は”カトリーヌ・ド・メディシス“

アンリ2世の正妃だ。


彼女は、アンリ2世の死後、

フランス宮廷を牛耳り

将来エリザベスと相対する事になる


“カトリーヌ”は、いずれこの物語に登場する。

この名を覚えて欲しい)


そしてノエイユ大使は核心に迫る


「トマス・ワイアット殿と連絡をとりました」


トマス・ワイアットは

エリザベスが信頼する

若く優れた騎士ではないか


エリザベスは驚く

・・ワイアットよ、いつの間に!・・


そしてエリザベスが声を出そうとすると

ノエイユ大使は右手をエリザベスに伸ばし

左手人差し指を立て

ノエイユ自身の口に当てるポーズをとった


黙れと言う事だ。


ノエイユは続ける


「このままでは貴国(英国)はスペインに絡めとられてしまいます。」


「・・・」


・・フランスも本腰を!?

そしてワイアットはフランスと接触したのか?

何故こんな大それた事を私に言わぬのだ・・


エリザベスは沈黙を続けた


「そうなっては我が国(フランス)にとっても脅威・・」


そう言うとノエイユは下を向き、

そして突然大袈裟にエリザベスに向き直り

大声を上げた


「エリザベス様あ!」


「・・」


「恐れながら、エリザベス様と我が国との利害は一致して居ると考えて居ります」


・・確かに、スペインと対抗するにはフランスを巻き込むのは手だ。

しかし、これは危険な賭け・・


ところが、エリザベスは躊躇わず静かに頷いた。


ノエイユ大使は小さく、しかし鋭い口調で


「何も御発言されない。正しいご選択です。そう、この会合ではエリザベス様は何もおっしゃってはいけないのです」


「・・・」


「我が海軍は、ノルマンディーに兵を集めて居ります。トマス・ワイアット殿は

英国内で反メアリー勢力を集めて居ります」


「・・・」


「決行される前に、ロンドンから立ち退いて下さいますよう」


ここで動かねば

エリザベスは姉メアリーに殺され、

英国はスペインに乗っ取られるであろう。


だから、エリザベスよ


・・急げ!・・






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